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8話 夜明け

リニアモーターカーの終着駅。暗闇のプラットホームで、ユージの持っているフラッシュライトと、浩太のライトがお互いを照らす。浩太はいつもの制服姿ではなかった。ユージの目の前に現れた浩太は、戦闘用のスーツを着て表情も真剣で、別人のように見えた。それでも今のユージは、誰でもいいから美咲の言ったことを「うそだ」と言って欲しかった。

ユージは、美咲を振り返る。


美咲は自分が否定されても、それに動じているようではない。むしろ、ゆったりとユージを見ているだけで黙っている。それはまるで、「どっちを信じるの?」と問いかけているようだ。


「ユージ、帰ろう」

浩太はそう言って、手を差し出しながらユージに近付いた。


「帰る?」とユージは思った。

そして「自分は、何も確かめていない」と気付く。

ユージは言った。

「浩太、俺は、お前が『月面のようだ』と言った外の世界を見てみたい」


美咲は、それを聞くと口元を緩めた。そして、何も答えない浩太を見ながら、ゆっくりと左手を上げる。その手には携帯電話があった。


浩太は、とっさに後ろの美咲が積み上げた箱の山を振り返る。浩太は透視して箱の中の発火装置を確認した。そして叫ぶ。

「美咲! 止めろ!」

美咲はふっと笑い、携帯電話のスイッチを押した。


大きな音と共に、箱の山が破裂し火を吹いた。それは、浩太がホームからガイドウェイへ飛び込むのと同時だった。飛び火は他の箱をも燃やし始め火の海になる。


「美咲! 何をしたんだ!?」

ユージが怒鳴る。

美咲は、そのユージの手を掴んで走り出した。

「美咲!?」

「焼け死ぬわよ!」

美咲は走りながら言った。


火と煙はスピードを上げながら駅の先へと広がっていく。その中を美咲と走りながら、ユージは遠い記憶が開いていくのを感じた。爆発音、火の海、振りかかる火の粉。


「火事だ、火事が起こって、こうやって逃げたんだ!」

ユージが叫んだ。


「浩太を助けなきゃ!」

ユージはそう言って振り返り、美咲の手をほどこうとする。

美咲はユージの手を離すどころか強く握り、走り続けながら言った。

「浩太は、すぐ後ろにいるわよ!」


ユージが斜め横を見ると、浩太は二人のすぐ後ろを走っていた。火の海の中を走る三人。それはユージの中でよみがえる、自分と両親との最後の光景と同じだった。


ホームの行き止まりには二枚の大きな扉があった。ユージは、激しく咳きをしながらそこに倒れ込む。


「美咲!なんて馬鹿なことをしたんだ⁈」

浩太が怒鳴る。

「トンネルの中で火事を起こすなんて自殺行為だ!」

美咲はドアに手を掛けて言った。

「このドアが開いたら助かるわよ!」


浩太は美咲を睨む。

「図ったな⁈だから俺に居場所を知らせたんだ!」

美咲は「そうよ」と言わんばかりに浩太を見る。


「電流を切られたから私には開けられない。あなたはできるでしょう。早くしないとユージが死んでしまうわよ」

ユージは息が苦しそうだ。


浩太はドアの横のパネルを取り外し、手のひらより大きい二つのサクショングリップを美咲に投げながら言った。

「これを両方のドアに付けてくれ」

そして自分はパネルの中のドアのロックを解除し手動に切り替える。ドアはプシュッと音を立て、小さな隙間を開けた。浩太は美咲が付けたサクショングリップの一方を握り引っ張りながら言った。

「横へ引っ張るんだ!」


二人は力の限り右と左へ引っ張る。火は、すでに彼らの周りを取り囲んでいる。重く厚いドアが動き、やっと一人が通れるほどの隙間ができた。


美咲が先に入り、浩太がユージを起こして美咲に渡す。ユージが無事にドアをすり抜けると、浩太はドアの向こうで言った。

「こっちからしかドアは閉められない」

美咲は煙に包まれている浩太を見る。


「分かったわ」

「借りを作ったからな」

「分かってるわよ。あなたが嘘つきだってのは許してあげるけど」

浩太は笑みを浮かべると、両方のサクショングリップを握ってドアを閉じ始める。


「ちょっと待て」

ユージが、苦しそうに言った。

「浩太がまだこっちへ来てない」

「いいのよ」

美咲が言った。

「浩太!」

ユージが叫んだその時、ドアが閉まった。二人は、また闇に包まれる。


美咲は、ユージが握っていたフラッシュライトを取り周りを照らす。そこは洞穴だった。外からの冷たい空気が入って来るのを感じるから出口は近い。


「ユージ、大丈夫?」

美咲はユージの顔を覗き、唇から血が出ているのを拭こうとする。口の中が切れていた。ユージは、美咲の手を強く振り払った。


「なぜ浩太を見捨てたんだ!」

そして自分の袖で唇を拭く。まだ口の中には血の味が残っている。


「浩太は生きているわ。解体されない限りね」

美咲が言った。ユージは美咲を見る。


「浩太はアンドロイド、私はアクトロイドよ。あなたの言ってたテクノロジーの所産よ」

その時洞穴のライトが点いた。


「ライトが点いたってことは、向こうはスプリンクラーが作動したのね、次期に火事も収まるわ。他のアンドロイドたちも、すぐにここへやって来るわ。こんな風に、私たちは人間の代わりに危険な任務に就くのよ。さ、行きましょう」

美咲はそう言って、座り込んでいるユージの肩に手を掛けようとする。


「そんなの信じない!」

ユージは美咲の手を払った。


「私たちは、とても良く出来ているのよ。だから浩太は大丈夫」

美咲は、ユージの息づかいを手で感じながら優しく語りかける。この状況で、ユージが自分たちの正体を知ったことはショックなのは分かる。ユージは、自分が、二十一世紀初頭に生きているのではないことを知ったばかりだ。それでも、ユージには決めなければならないことがあった。


「どっちにしても、人間も私たちも、生き残るための戦いをしているのよ。あなたも戦うの?」

ユージは座ったまま膝を抱いて貝のように閉ざしてしまった。


美咲は、携帯電話を叩き割ると、とがった破片を取って自分の腕を切りつけた。

「何をするんだ!?」

ユージが顔を上げて叫んだ。


「ほら」

美咲が、腕の切り口をユージに見せる。

「血が出ないでしょ?」

皮膚の下には機械が詰まっていた。


血と聞いて、ユージは、蓮がわざと怪我をしたのを思い出した。

「蓮さんは人間?」

ユージは言った。

「そうよ」

美咲が答える。


「蓮は、あそこまで怪我をする必要はなかったと思うけど、あなたへの思いの強かったのね。すべての人は生き残るため戦っている。あなたは、どうするの?議会が言うように記憶を操作されて生きる?どちらにしても、今のままでは、あなたの思いは強すぎて、インプリンティングが上手くいかない。蓮は、あなたにどうするのか決めてもらいたいのよ。自分もそのように決めたのだから」


ユージは、しばらく膝を抱いていたが、その腕を解き、立ち上がった。

「外を見に行こう」


洞穴の終わりが見えてきた。そして、まだ暗い夜明けの深い青の空が見えてきた。ユージは洞穴から出て崖の淵に座った。空には一つだけ、明けの明星が残っていた。


空が明るくなっていくと、暗かった地面も明るくなっていく。眼下に広がったのは、何もない、色のない広大な土地だった。

浩太の言った月面のような世界だ。そして、遠くに黒っぽい残骸が見える。


「あそこが、あなたの救出された場所」

美咲が言った。


ユージは自分の記憶が戻っていくのを感じた。

「俺の両親は、数人の科学者たちと何かの研究をしていたんだと思う」

そして話し始める。


「よくは覚えていないけれど、子供は俺だけだった。古い飛行機があって、俺はその周りで遊んでいた。飛んだのは見たことなかったけどね。父は飛行機の修理をしながら色々な事を教えてくれた。そして火事が起こったんだ。自然災害だったのかもしれない。すべては燃えてしまい、飛行機で母と脱出した。父は格納庫の出口を開けるために飛行機には乗らなかった。浩太のようにドアを閉じてね。そして、俺に言った。『ユージ、生き延びろ』って。ドアが開くと飛行機は走り出し、格納庫は父を巻き込んで崩れてしまった。ほとんど同時だった。母が操縦していたから、もしかしたらあそこで死んだかもしれない」


「それに乗って、ここまでやって来たのね?」

美咲が言った。

「うん、ここに都市があるらしいことは知っていたから。海を超え、日本上空へ来た時に思ったよ。月面みたいな所だなって。こんな所で、どうやって生きるんだとも思ったね。そして日本も、あの月のように、生物のいない所になるんだって」

ユージは美咲を見て虚しそうに笑った。


「コンピューターで月面の映像を何度も見たよ。いつか行ってみたいなんて思ってた。可笑しいけど、色々なデータもあったから想像は膨らんだんだ。コンピューターなんて何千年も前の古代から存在しているし、作ることも出来たんだ。ここみたいにテレビはなかったけど」


「お母さんはどうしたの?」

ユージは美咲を見た。

「『さようなら』って言ったんだ。飛行機が落ちる時、微笑みながらね。俺を脱出ポッドに入れて、扉を閉める直前だった。丁度、美咲が、あの駅で『さようなら』って言ったように」

「そう・・・」


「美咲も浩太も人間じゃなかったんだ」

ユージがぽつんと言った。


美咲は、ユージの気持ちには触れず冗談交じりに言う。

「だから、あなたとゲームセンターには行けなかったのよ」

「どうして?」

ユージは美咲を見る。

「だって、私は機械だから計算が早いし、負けるなんていやだから」

「ずるいんだ」

ユージはやつれたような顔で笑うと、美咲も笑って見せる。ユージは美咲の瞳を見ながら、美咲の顔に触れようと手を伸ばして、止めた。

「私の瞳は冷たい?人間じゃないから?」

美咲が聞く。

「分からない。疲れた、もう、どうでもいい」


二人は、徐々に明るくなっていく空を見上げ、それから目の前に広がる世界を見下ろす。

太陽の光が背後からくるのか、背後の山の峰々が、遥かかなたの何もない土地にくっきりと影を落とす。


「夜明けよ」

美咲が言った。そして二人は沈黙し、風の音だけを聞く。


突然、後ろからアンドロイドたちの足音が聞こえてきた。彼らはやって来るとユージの腕を掴み、支えて立たせて連れて行こうとする。


「ユージ」

美咲も拘束されながら言った。

「人間は一人では生きていけない。生き延びるのに誰かに助けてもらいなさい」


ユージが何も言わなかったので、美咲には、ユージにそれが伝わったのか、そうでなかったのかは分からなかった。ユージは連れ去られながら、外の景色が見えなくなるまで後ろを振り向いていた。おそらく、二度と見ることのない世界だ。




朝が来た。目覚まし時計が鳴る。ユージは鳴るのを止めた。


「ユージ、起きてるの?」

階下から母親の声がする。

「起きたよ!」

ユージは、ベッドの中で答える。


そして起き上がると、カーテンを開け、窓の外を見た。明るい青い空を見ながら、「今日は天気がいいな」と思う。


ユージの記憶は朧げで、美咲と何かを見たような気がしていた。それは夢だったような…とにかく、この世界で生きていくのだと思っている。


その時、携帯メールの着信音が鳴った。浩太からだ。


「今日、学校帰りにゲーセンに行かない?ちょっと生き抜きしたい美咲も行くって」


ユージはふっと笑うと、冗談交じりの返信をした。


「月面着陸なんてゲーム、あるかな」


                        END

皆様、最後まで読んで下さり、どうもありがとうございました。

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