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7話 うそ

ユージと美咲を乗せたリニアモーターカーは、チューブの中を走っていた。オレンジのライトが、やって来ては通り過ぎていく。自動操縦の計器を見ていた美咲は、顔を上げ、そして黙り込んでいるユージを見た。美咲の携帯電話はすでに鳴るのを止めていて、沈黙が二人に重々しくのしかかってくる。


「このチューブは、都市からの避難通路で、山脈の向こうに抜けることが出来るのよ」

美咲が沈黙を破って話し出すと、ユージはそれを無視するかのように切り出す。


「インプリンティングって刷り込みのこと?」

美咲はそれを聞くと、口元を緩めた。


「そうよ。 やっぱり私たちの会話を聞いていたのね」

「それって、俺の記憶を操作したってことなんだ」

ユージの問いに、美咲はあっさりと答える。

「そう言う事になるわね」

ユージはやっと美咲を見た。


「あなたの場合、再インプリンティングってことかしら。21世紀には、すでにあったテクニックで、それをシステム化したものよ」

「なぜ俺にそんなことをしたんだ?」

「あなたが、ここで生きていくためよ」

「何のことか意味が分からない」

ユージは表情を変えずに言った。


美咲は、ふーっと息を吐く。

「そうね・・・百聞は一見にしかずなんだけど・・・どう説明したらいいのかしら」

少し間を置いて、美咲は口を開いた。


「絶滅危惧種って知ってる?」

それは、唐突な質問だった。


「ああ、絶滅の危険のある動植物の種のことだろ?」

ユージは、「今度はまた何を言い出すんだ?」とでも言わんばかりに答える。

「そうね、じゃあ、絶滅危惧種の保護施設は?」

「その種を保護し、自然界へ返すための施設だ。 それが、俺と何の関係があるんだ?」


美咲は思いを切り捨てるかのように言った。

「それは、ここがその保護施設の地区で、あなたは絶滅危惧種として保護されたって言う関係よ」

ユージは、一瞬、息を飲んだ。


「何を言ってるんだ? 今は、21世紀初頭だろ?」

「そう、21世紀初頭、それがずーっと長い間続いているわ、ここではね」

「ここでは?」

「あなたも相互スカイ・スレイパーから見たでしょう? 

あそこから見たすべてがその保護地区なの」

「人間の?」


 美咲はユージの目を見て言った。

「そう、人間の」


ユージは、馬鹿馬鹿しいと言う風に笑う。

「信じられない」

「そう思うのは、あなたの記憶が入れ替えられているから。」

「じゃあ、世界はどうなっているんだ?」

「当の昔に滅んでしまったわ。」


「ちょっと待った」

ユージは、あきれるように言う。

「冗談はよせよ。そんなことある訳ないだろ?

それに、俺のおばさんはハワイ旅行から帰ってきたばかりだし」

「それは、行ったと思ってるだけ。旅行中は眠っていて、そうね、人工日焼けもして、ハワイでの記憶を入れてもらった。ここに住んでいる人すべては、そうやって、21世紀初頭の生活を続けているの。21世紀のヨーロッパにだって行けるわよ。頭の中でだけど」


「いったい今は西暦何年なんだ?世界はどうやって滅んだんだ?世界戦争?それとも核爆弾?」

そのユージの質問に、美咲は寂しそうな笑みで答える。


「そんなことをする必要はなかったのよ。二十世紀で人類社会は、すでにその終焉の兆候を見せ初めていたわ。社会主義は、あっけなく崩壊してしまったし、資本主義も時間の問題だったわね。二十一世紀に入った時は、ほとんどの先進国の経済は破綻状態に達していた」

「それは聞いたことがあるけど、解決策はあったんだろ?」


「そうだったら良かったのにね。他にも解決しなければならない深刻な問題が、幾つもあったのよ。一つは汚染問題、土地の砂漠化、そして人工増加に伴う貧困問題、食料不足や疫病の蔓延。資源不足も大きな問題だったわ。その問題の一つだけでも、人類社会を滅ぼすだけの危険性は十分にあったのにね。誰もそんな話を聞きたくなかったのよ。事前に警告した経済学者や専門家たちもいたんだけど。それを聞いても、ほとんどの人たちは、自分たちがこのまま存続していくんだって思ってた」

美咲は、 運転席の計器に目をやると、ルートを変更する。


「ユージ、あなただったらどうする?何かをしようとしたかしらね。とにかく、時代は続くかのように思えて、ある日突然、世界は混乱し、滅んでしまった。それから各々は、生き残るための戦いを強いられた。最も、その戦いは以前からあったのだけどね。私たちの都市は、生き残った地区の一つで、完全な自給自足よ。海と山脈が城壁の要塞都市のね。兵器はないけど」


「なぜ今は二十一世紀初頭なんだ?」

「それが、人類が自分たちの終わりを知る直前の世界で、まだ日本人が希望を持っていた最後の時だから」

「みんな、そのことを知っているのか?」

「知っている人もいるし、そうでない人もいる。考えたくない人は、記憶を操作されている。それが、私たちのインプリンティング。生き残るのが目的の。だから、この都市では二十一世紀初頭の生活を続けることが出来てるわけ。秋が終わり、冬が来ると、すべての人は、その年の初めに戻るのよ」


「そんなうその世界を作らないで、テクノロジーの進歩とか、他にも出来ることはあったはずだ!」

美咲は、ユージの問いに首を横に振った。

「それだけの資源の余裕があればね。今、私たちに出来ることは、この社会を運営し、存続させることだけ。それだけで精一杯なの。持っているものは、できるだけ再利用しているわ。対策を考えて、吟味し、決定して、無駄を極力避ける。今は、資源が枯渇するのを防ぎながら生き延びることが最優先されている。例えば、スペースシャトルだって、掛かった費用に見合うだけの見返りはなかったって言うじゃない。それが分かってるから、テクノロジーの進歩のために無駄遣いはしない。それが出来る時代は、もう終わってしまったの」


「他には、どんな都市が残ってるんだ? 中国とか?」

「中国は、汚染と砂漠化の問題が深刻だって聞いたけど、それ以上の情報は入ってないわ。存続しているとしても、ここまで来れないってことでしょう。ヨーロッパも頑張っていたらしいけど、周りの貧困に喘ぐ人たちが流れ込み、今はどうなっているか分からない。アメリカは、財力と資源が他の国よりあったから生き残れたらしくて、東海岸に都市が残っているそうよ。アメリカ大陸西海岸は、カナダが、ぎりぎりで温帯雨林の砂漠化を防いで生き残れたって言うし」


「じゃあ、どうやってお互いに連絡を取り合っているんだ?」

「無線で出来る範囲よ。 もう、人工衛星も海底ケーブルもないもの。飛行機なんて作る余裕はないし、船は帆船と太陽電池で動くものだけ。それでも実際に行くには危険が伴うから難しいわね。どこも自分たちの生き残りが精一杯で、助けを求められても、余裕はないから他所へは行かない。自分の所に連れて来る以外はね。だから、私たちの都市にはインターナショナルディストリクトがあるのよ」


「本当に、どこからも、誰もやって来ないのか?」

「そうよ。 それに日本は、前にも似たような経験をしているじゃない?」

「どういうこと?」

「江戸時代の鎖国よ」

「あ・・・」

「世界は、そんな前の時代に戻ってしまったってこと。日本人は経験済みだから、早く立ち直ることが出来たのかもしれないわね。そして今回は、いくら待っても、黒船が来ることはない。そんなことができる豊かな国家が存在しないのだから」


「じゃあ、他の国からの侵略もないのか?」

「侵略なんて資源の無駄遣いだって歴史が証明してるじゃない。まあ昔は盗賊や海賊とかもいたんだけど自然消滅したらしいわよ。日本は、山は多いし、周りを海に囲まれているから、自然が要塞都市にしてくれた。おまけに山の雪解け水は田畑を潤すし、海も境界になるだけじゃなくて海洋資源が取れるから一石二鳥だわ。日本国土から採掘できる鉱物だって量は少ないけど、種類は多いのよ」


「じゃあ、俺が育った世界って?」

「外の世界のどこかだってことしか分からない。まだ日本には、別のグループがいるのかもしれないわね。数週間前に遭難信号が出されて、残骸の近くに脱出ポッドが転がっていた。そうして、その中にいたあなたは救出されたのよ。だから、あなたがどこから来たのか、何をしていたのか、あなたの記憶の中にしかないわ。覚えていたら、だけど。それすら、今はもう分からない。議会が言うように、あなたにとって記憶が無い方がいいのかもしれないけれど」


 「美咲は、外を見たことはあるのか?」

「私はないわ、蓮は見てる。そして、浩太もね。浩太は、あなたを救助した隊の一員だったのよ」


「浩太は、外の世界がどんなのか何か言ってた?」

「月面のような所って」

「え?」


「ううん、月面よりはましかも。夏には、草原になるらしいから。秋になった今は、その草も枯れ、すべてが茶色になっているはずよ。草以外、何も生えない所だって。まだ砂漠になっていないだけましかもね。ほら、中東の砂漠。あそこって、何千年も前は、広大な森林だったんですって。そして、森林が伐採された後、再生することはなかった。その砂漠も、今は、ユーラシア大陸のほとんどに広がってしまったし、アマゾンも砂漠化したらしいから、南アメリカ大陸も同じ道を歩んでいるわね。オーストラリアは、とっくの昔に砂漠になってるわ」


その時、リニアモーターカーが上昇し始めた。チューブが上に伸びている。

「山脈に入ったみたいね。幾つかの出口はあるんだけど、私たちは、あなたが救出された場所が見下ろせる出口に向かってるのよ」

美咲が言った。


「この感じ」とユージは思う。それは、飛行機が上昇していく感じだ。体がそれを覚えている。自分は、それに関係していた。美咲が言うあの都市にはない飛行機。ああ、だから、自分は流体力学を知っていたのかもしれないとも思う。



しばらくすると、リニアが減速し始めた。そして、チューブの壁のライトが消え、リニアも止まる。二人は、全くの暗闇に包まれてしまった。


「タイムリミットだわ。すぐそこが終点だったのにね」美咲はそう言いながら、携帯電話を取り出し開くと明るくなった。携帯の小さなライトは、驚くほど周りを明るく照らす。美咲は、座席の下からフラッシュライトを取り出すとユージに渡した。


「ここからは歩きましょう。 歩ける?」

美咲はユージを見ると言った。

「うん・・・」

再び無口になっていたユージは、気の無い返事をする。


ユージは、リニアのガイドウェイを上りながら、まだ美咲の言ったことが信じられないでいた。違和感があったのは事実だと思う。とは言え、美咲の話は、あまりにも現実離れしているようで、ユージには簡単に受け入れられなかった。


上の方に、コンクリートの台のようなものが二人に見えてきた。

「終点のホームだわ」

美咲が言う。


二人は、そのプラットホームに上がった。

そのホームは片側だけにリニアが着くようになっていて、反対側は壁で、倉庫のように色々な資材が置かれている。美咲は、幾つかの箱をホームの終わりに積み上げ、ポケットから出した小さな発火装置をその中に隠した。


「さあて、そろそろなんだけど・・・」

と言って辺りを見回し、歩き出した美咲に、ユージが聞いた。


「もし、美咲の言っていることが正しいのなら、俺のお父さんとお母さんは?」

美咲は、何て答えようかと考える。そして口を開く。


「あなたの本当の両親ではないわ。それでも、お母さんは、あなたを自分の子だと思っている。智之さん、あなたのお父さんは事実を知っているけどね。彼らには子供はいなかったし」

「俺の両親じゃない・・・?」

考え込むユージに、美咲は伝えようとする。

「ユージ、あの二人は、あなたが息子になってくれたのが嬉しいのよ」


「ユージ!」

その時、浩太の声がトンネル内に響いた。ユージと美咲が振り向くと、美咲が積み上げた箱を後ろにして、浩太が立っている。


「ユージ、だまされるな!

美咲の言ったことは、全部うそだ!」

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