5話 スカイスクレイパー
ユージと浩太は、相互スカイ・スクレイパーと呼ばれる二重の超高層ビルの前に立っていた。そして、上を見上げる。その二つのビルは自分たちに覆いかぶさってくるように感じる。高校生の自分たちがなんて小さいのだろうとさえ思ってしまう。
「本当にここなの?」
浩太が聞いた。
ユージは、住所を書いたメモを見て確かめる。
「そうみたい」
「ここって、政府関係のビルだよね」
「う・・・ん、とにかく、入ってみよう」
ユージはそう言って、入り口へ向かう。すでに、心はくじけそうだった。
ドアを通り抜け、先ずセキュリティーチェックを受ける。それをすませ、広いロビーを横切り、向かい側のインフォメーションへ行く。壁には、二つの黒くて長いパネルがあり、たくさんの行政名称や様々な会社名がある。その名前に手をかざすと、相手からの連絡があり、こちらの用件を言うらしい。ユージは、おそるおそる自分が調べた会社名に手をかざそうとする。
「ユージ? 浩太?」
その時、後ろから美咲の声がした。二人は振り向く。
「どうしたの? 二人そろって、こんなところで」
美咲は、驚きつつニコニコしながら近付いてきた。驚いたユージは、何て答えていいのか分からない。
そして、「何で美咲はここにいるんだ?」と思う。
「あ~、いや、ユージが、蓮さんの怪我を心配して」
浩太が、慌ててそれに答えた。
「え~? ユージが? どうしてそれを学校で言ってくれなかったの?」
「いや・・・」
と浩太は言って、ユージを見る。ユージは黙っている。
「ほら、昨日のことが、気まずいらしくって」
浩太は続けた。
「ああ、あれはユージのせいじゃないのに」
美咲は大きな目を瞬きしながら答える。
「美咲、何でここにいるんだ?」
とユージは、考えていたことを思わず口にしてしまった。そして、すぐに後悔する。
自分の方が変なのに「この質問はないだろう?」とも思う。
美咲は黒いパネルを見ながら答える。
「今朝、お兄さんが出かけた後で郵便物が届いてね。学校が終わった後でいいから、会社へ届けてくれって」
そしてパネルに手をかざす。
ユージは「まただ」と思う。
…昨日も、連が都合よく家へ戻ってきた。
そして今日も、こんな所に、しかもこのタイミングで美咲が現れた。
自分は学校を出るまで、浩太にすら、ここへ来ることを言ってなかった。
美咲から浩太へメールはあったけど、浩太は返信をしていないから美咲が知るはずはない。
また偶然なのだろうか。
それにしては都合が良すぎないか?
ユージは、そう考えながら美咲の横顔を見つめる。とてもきれいな横顔だと思う。それはまるで、人形のような横顔だ。
「やったー。 42階の会議室Ⅳにいるんですって。 一緒に行きましょう」
美咲は、嬉しそうに言った。
「会議室?」
ユージが聞く。
「ええ、今、会議が終わった所だから、そっちへ向かってくれって。ユージと浩太が来てくれたおかげかもね」
「え? 俺たちが来たことを言ったの?」
ユージがそう言うと、美咲と浩太はユージを見る。
「今、美咲が言ってたじゃない」
浩太が言った。
「え? そうだっけ?」
ユージは、自分が考え事をしている間にそう言う話になったらしいと思う。
美咲は、心配しつつ少し笑いながら言った。
「大丈夫? ユージ。 昨日も変だったじゃない?」
「そうだよ」
浩太が言った。それから浩太と美咲は歩き出した。
「それで、そこは眺めがいいんだろ?」
「そうなの。 なかなか、あそこへは入れてもらえないのよ。私たち運がいいわね」
楽しそうに会話する美咲と浩太の後を、ユージはついて行く。ユージは、気が重かった。
二人は人々の間を縫うように歩き、エレベーターが並ぶ三番目の通路に入る。そして、その一番奥のドアの前に立った。
「こんな奥のエレベーターなの?」
ユージが聞く。
「普通は乗り換えをするんだけれど、このエレベーターは直通なのよ。VIP用ですって」
そして、美咲はふふっと笑う。
「今日は特別にこれに乗っていいって。私も始めてよ」
美咲は嬉しそうに話す。そしてドアが開いた。
そのエレベーターに乗ったのは、3人だけだった。ドアが閉まると、エレベーターは上昇し始め、スピードを上げる。
ユージは、自分が蓮に聞こうとしていたことをどうするのか迷っていた。美咲の前で、どうやって聞こうかと考えている。それに美咲がいるのでは、蓮が自分に会いたいのか、それとも美咲に会いたいのか、もう分からなくなってしまった。とにかく、会ってみるだけでもいいかもしれないとも思う。
その時ユージは、少し変な感じがした。体の中を、何かが通るような気がしたのだ。
そしてエレベーターは減速し、ドアが開くと、先ず美咲が外に出た。そこは、ロビーの雑踏とはまるで別世界の静かな通路だった。通路はカーペットで覆われていて、歩く音をさえ吸収してしまう高級感のある通路だった。
美咲は、そのままユージと浩太の前を歩き、会議室の一つのドアを開けた。突然、明るい光が入ってくる。
一瞬、目がくらんだけど、すぐに目が慣れる。その会議室はかなり広く、長いテーブルとたくさんの椅子が並んでいた。いかにもVIPが使いそうな会議室だ。そしてユージは、その部屋のワイドスクリーンになった窓に目を見張った。
遠くに、山脈のように連なった山々が見える。かなり高い山らしく、頂上にはうっすらと雪が被っている。これから冬になれば、この山にはかなりの雪が降るのだと分かる。
都市は、この建物の周りを囲むように中心にあった。ビル街がその周りにあり、住宅街、そして田園や畑に変わっていき、それは遠く山のふもとまで繋がっている。反対側には海があるので、三方を山に囲まれている美しい都市だった。
その都市の上には、空に秋の薄い雲が所々に白く高く広がっている。それは限りなく青い空で、空気も澄んでいる。ユージは、それをしばらく見ながら、ふと、足りないものに気が付いた。
「飛行機雲がないね。
これだけの都市だったら、飛行場が近くにあるんじゃないの?」
美咲と浩太はユージを見る。
「ビルの反対側だから、ここからは見えないんじゃないかしら」
美咲が答えた。そしてチラッと部屋の隅にある小さなカメラを見る。その顔はもうこれ以上無理という表情をしていた。
ユージは会議室を見渡す。そこには三人の他には誰もいない。
「蓮さんは?」
会議をしていたはずの蓮がいないのだ。それどころか会議を終えたばかりの形跡もない。
「やはり、あの残骸は、飛行物体だということだね。ユージにはその知識がある」
智之が言った。
「それ以外は考えられないでしょう」
蓮が答える。
智之と蓮は、暗い部屋で大きなスクリーンを見ていた。
そこには、会議室Ⅳにいる三人が写っている。
「あれだけ粉々に砕けていたら、彼らがどの程度のテクノロジーを持っていたのかなんて分からない。いや、予想は付くけれど、こちらで利用できるほどの情報は得られなかった」
智之が口を開く。
「情報を得たとしても、資源を使い過ぎるのなら役に立たないですよ」
蓮の答えに智之はため息をつく。
「そうだね、とにかく、ユージがどこから来たのか、何をしていたのかさえ分からないんだ」
「意識をもう少しはっきりさせれば分かるんですけれど」
「そうしたいのは山々なんだけどね。議会は、ユージの身体の回復を優先していて、リスクを負いたくないんだ。彼らが、一番心配しているのはユージのDNAで、彼個人は後回しになっている。もちろん、彼の感情も心配はしているんだ。まあ、それも分からんでもないけどね」
「そうですね、我々の生き残りは、彼に係わっていると思っているみたいですしね」
「う~ん、とは言え、それくらいでどうにかなるってもんでもないとは思うけどね。だから、ユージにどんな過去があるにしろ、普通にここで人生を送ってもらいたいんだ」
「とにかく問題は、インプリンティングが上手くいっていないということです」
「議会は、修正する決定を下したんだろ?」
「そうです。ただ、再びやっても、同じように失敗するかもしれない」
「ああ、そうだね。 彼らには、脳と意識の関連の難しさが分かっていないからね」
蓮は、智之を振り向くと聞いた。
「では、どうしますか?」
智之は、スクリーンの三人を見ながら答える。
「君の思うようにしたまえ」
美咲の携帯電話に着信音が入った。彼女はメールを確認する。
美咲の脳に声が入った。
「美咲、議会の決定だ。 ユージの記憶を修正する」
美咲は頭の中で答える。
「え、今から? 大丈夫なの?」
「エレベーターの中で、ユージの体をスキャンした。議会は、ユージの体が耐えられると判断したらしい。彼らは、ユージがこれ以上混乱すれば、問題を起こすかもしれないと思っている」
「まあ、分からないでもないわね。でもなんだかユージがかわいそう」
「仕方ないさ。こちらからユージにショックを与えるから、君と浩太はユージから離れてくれ」
「分かったわ」
美咲は携帯電話のENDのスイッチを押しポケットにしまう。数秒の間のことだった。
「お手伝いさんからよ、帰るって連絡」
美咲が言った。
「ねえ、浩太、こっちから見たら、あなたの家が見えるかもよ」
と美咲は言って、浩太を誘い、ユージから離れようとする。
ユージは、美咲が携帯を開いた時、彼女の目が一瞬光ったのに気が付いていた。その光り方が普通ではなかったので何だろうと思っていた。
そして次の瞬間、ユージは意識を失い床に倒れた。