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1話 目覚め

遠くで何かの音がする。

何の音だろう?

音が近くなってくる。

騒々しい音だ。

目が覚めるじゃないか。

ああ、そうだ、目覚まし時計の音だ。

そして、誰かが呼んでる。

誰だ?


「ユージ! 起きなさい!」


ユージはベッドの上で目を開けた。カーテンが閉まっていて、部屋の中は薄暗い。それでも天井と壁には薄い光と影がゆらゆらと揺れていた。少し開いた窓から風が入り、カーテンを揺らしていたのだ。そのぼんやりした光と影は、水面で反射した光のようにも思える。外に池でもあって、その光は窓を通り、この部屋の中に入っているのかもしれないとユージは思った。


不意に、ユージの横を誰かの腕が伸び、目覚まし時計のベルを止めた。

「起きなさいって言ってるでしょ? 学校に遅れるわよ」

「おかあさん」

ユージは、そう言った。そして、額に手を当てる。そこには絆創膏が張ってあった。


「どれどれ?」

と母親は言って、その絆創膏を剥がす。

「いたっ」

ユージはそう言うと、母親の手を跳ね除けた。その腕にも痛みを感じる。


「そんなに元気なら、もう大丈夫のようね。さ、早く起きて学校へ行きなさい」

「学校?」

ユージは言った。

「そうよ。まさか、こんな怪我ぐらいで、ずる休みするつもりじゃないでしょうね?」

「怪我?」

ユージは体を起こしながら何がどうなっているのか思い出そうとする。母親は、布団を持ち上げユージの足の方にたたみかけた。


「昨日、学校の階段から落ちたのよ。

美咲ちゃんと浩太君が連れて帰ってきてくれたんだけど、覚えてない?」

「ああ」

とユージは言った。そういえばそんな事があったな、と思う。


「とにかく、早くして、今日、私は忙しいんだから。あ~あ、また窓を開けて寝てたの?もう寒くなってきてるんだから、風邪を引くわよ。しょうがないわね」

母親はそう言って窓を閉め、ユージの部屋を出ると階段を下りていった。


…二階? ここは、俺の家なんだ。とユージは思った。

そして、顔を荒いに洗面所に行くと、鏡の前に立って自分の顔を見た。その眠そうな顔の額には、絆創膏の後と、うっすらとした傷が残っている。


顔を洗い、タオルを取ろうと手を伸ばした。ところがそこにはあるはずのタオルが無い。ユージは、濡れた顔を上げる。タオルは、自分の上げた手とは反対の方にあった。そのタオルを取り、顔を拭く。そして、制服に着替えると、階下へ降りていった。


…いつもの朝ごはんだ。

夕べの残りのおかずもー、と思ったところで思考が止まった。

…夕べ、こんなもの食べたっけ?


「早く済ませてね。」

母親が急かせるので、ユージは何も言わずに茶碗を取り箸を動かす。


ふと、目を庭にやる。そこには、池があった。「ほらね」とユージは思う。「やっぱり、あの光は水面で反射した光だったんだ」そして「池?」と思う。「庭に、池があったのを覚えてなかった?」ユージは、おそらく、昨日の怪我で頭を打ち、少し記憶があやふやなのかもしれないと思う。


「さっき病院から連絡があってね。」

と、台所で洗い物をしていた母親は振り返ると言った。

「軽い脳震盪だけど、しばらくは運動を控えるようにって、学校の方にも連絡しとくわね。」

ユージは、仕方が無い、と言う風に笑って見せた。


いつもの通学路。季節は、秋に変わっているらしい。朝の空気が気持ちがいい。その空気を感じながら、ユージの足取りは軽かった。学校に行く、ということが、なぜかユージの心を弾ませている。それはまるで、大きなランドセルを背負った新入生のような気持ちだ。もう高校2年なのに「自分は学校が好きだったっけ?」とも思う。


学校が近付くと、歩いている生徒の数も増えてきた。知らない顔ばかりの様な気がする。そして急に名前を呼ばれた。

「ユージ」

ユージは声のする方を振り向いた。


「浩太」

ユージはそう言うと、嬉しそうに笑った。浩太は、幼馴染で、高校も一緒の仲良しだ。気のいいやつで、よく一緒に遊んだりする。


「ユージ、大丈夫?」

「大丈夫だと思うよ。まだちょっと、変な感じはするんだけど」

「そう、もし具合が悪くなったら言ってよね」

「ありがとう、それで、昨日、俺はいったい」

と言いかけたところで、浩太はそれを遮った。

「ユージ、急いだ方がいい、学校に遅れる」

二人は、急ぎ足で学校へと向かった。


ユージは、その日の授業に集中出来ないでいた。生徒たちは聞いているものもいれば、しゃべっているもの、さらには隠れて携帯電話を見ている者もいる。「いつものことだ」とユージは思う。それなのに、興味深いとも思う。そして目を外にやった。


木々が、秋の色に変わってきている。黄色のもの、赤いもの、それらが、まだ名残惜しそうに残っている緑の葉の中で鮮やかな色を見せている。ユージは「美しいな」と思った。「こんな風景、今まで何度も見てきたはずなのに…」


「この問いを解けるものはいるか?」

ふいに先生の声がした。

黒板に書かれているのは、物理の流体力学の応用問題だった。ユージは「なんだ簡単じゃないか」と思い、手を上げる。その瞬間、教室は静かになり、生徒の目がユージに集まった。


「え?何?」とユージは思う。

先生は、苦笑いしながら言った。

「本当に解けるのか?」

ユージは、黒板を見た。

すると、今まで分かっていたはずの答えが頭から消えている。


戸惑っているユージを見て先生は言った。

「だろうね。これは、大学レベルのものだ。ユージ、クラスの注目を集めるのには成功したな。」

クラスの皆はドッと笑った。ユージは恥ずかしさのあまり、なぜ一瞬でも自分がその答えを知っていると思ったのかさえ考えたくもなく忘れてしまいたい気持ちでいっぱいだった。先生は、集中してない生徒たち注目させるために黒板いっぱいに書いて出した問題だったので、意外な展開だとは言え、目的が達成されたことに満足している様だった。


昼休みになり、ユージは浩太や何人かのクラスメイトと弁当を食べる。いつもの通りだ、と思う。しゃべる内容も、いつもの通り、他愛のないことだ。そして食べ終わったころ、教室に、別のクラスの女の子が入ってきた。


「美咲」

と、ユージは呼んだ。


そうだ「美咲だ。結構、可愛い子じゃないか」とユージは思う。ちょっと日本人離れした顔をしている。お爺さんはアメリカ人だと聞いているし、小さい頃、父親の仕事の関係で外国に住んでいたそうだ。その割には外国に住んでいたという雰囲気はなく、どちらかと言うとお嬢タイプの子だ。こんな可愛い子が自分の彼女だなんて嬉しいけれど、この高校は可愛い子が多いから、さほど珍しいわけでもない。この地区は、インターナショナルディストリクトと言って、外国人が多く住んでいて、外国人の生徒も多い。浩太も、少し外国人の血が入っているそうだ。美咲と浩太の父親は、会社は違うけれど貿易関係の仕事をしているらしい。


「ユージ、私は、今日の午前中は来れないって言ったじゃない。どうして携帯に出てくれなかったの?心配してたのよ。」

「携帯?」

ユージは、何のことだと思う。

「ほら」

と美咲は言って、ユージのカバンの中から携帯電話を出す。そこには、かなりの着信履歴が残っていた。

「学校内では、使っちゃいけなかったんじゃない?」

そう言ったユージに、美咲は少し困った表情をする。


「まあまあ、俺が大丈夫だって、連絡しといたからいいじゃない」

と横から浩太が美咲を助ける。

「とにかく、大丈夫なの?」

彼女は、気を取り直して言った。

「ん」

ユージは、そう答えながら違和感を感じている自分に気がつく。


…自分は、美咲のことが好きなのだ。だから、付き合ってくれと告白した。そして、彼女も自分を思っていてくれていたと分かったのがとても嬉しかった。彼女の家は、ちょっと堅いらしく、そう自由には会えないのだけれど、浩太や他の連中と一緒だったら遊びに行く許可が出やすい。今まで、何のためらいもなく付き合っていた。なのに釈然としない。なぜだ。


「まだ、少し具合が悪いんじゃない?いつものユージじゃないみたいよ」

ユージは美咲がそう言うのを聞いて「いつもの?」と思う。そして、やはり、自分はいつもの様ではないのかと思う。


午後の授業を何となく終えたユージは、美咲と駅まで帰ることにした。浩太はクラブがあるらしく、一緒には帰れない。


駅に着くとユージが言った。

「美咲、今日はこのままどっかへ行かない?」

「お腹が空いたの?コンビニ?それともファミレス?ゲームはだめよ。今、両親は仕事の関係で外国へ行っているから、許可を取れないし。蓮がいるけど、あの人はとても許してくれそうにないんだから」

…そうだ、蓮だ。

とユージは思った。


…あいつは苦手だ。美咲より10歳年上の兄貴で、宇宙開発何とかの会社で働いているエリートだ。そして、まるで美咲の保護者か、と思わせるほど美咲の行動に煩い。とは言え、そうして守られてきたので、美咲はこんな娘に育ったのかもしれないから、良かったり悪かったりだ。


「もういいよ。俺はこのまま帰る」

ユージは言った。

「その方がいいんじゃない?帰って休んだら?」

美咲が言った。

「ん・・・そうした方がいいのかもな」

ユージは憂鬱そうに答える。


「さようなら」

美咲がにっこりしながら言った。

その瞬間、ユージの中にある何かがはじけた。


…さようなら?そう、誰かが、さようならと自分に言った。誰だ?どこでだ?そしてそれは、とても大切な。


ユージは美咲を見る。美咲も微笑みながらユージを見つめている。

ユージは思った。


…美咲、お前は誰だ?

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