「ねぇ、婚約破棄ですって」と隣国の五歳王女が声を上げました
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豪華な国際パーティーでは、歓談の時間が訪れた。
近隣諸国の要人が集まり、正式な挨拶と形式的な言葉のやり取りをしていた。
それもようやく一区切りとなり、緊張の糸が張り詰めていた雰囲気が少し柔らかくなる。
招待客は各々の国ごとに集まっているところもあった。
「私はヴィオレットと婚約を破棄してエレナ・ミルフォードと婚約する」
そんな話を始めたのは、カシアン・エーデルハイム──この国の王位継承権を有する王子だ。
今まさに横で物議を醸し始めた。
その近くにいたシルヴァーナ・オルフェール・ヴァレリアは、隣国からの招待客である。
「ねぇ、婚約破棄ですって。よくこんな場所で行えますわね」
純粋無垢を体現したような大きな目に愛らしい姿をしたシルヴァーナは、甲高い声で隣の姉に話しかけている。
シルヴァーナは五歳の幼女である。
「シル、声が大きいわ」
「だって、お姉様、隣にいらっしゃるヴィオレット様は正式に王子妃教育を受けている公爵家のご令嬢ですよ。それなのに反対側の方はわたくし存じ上げませんもの」
周りがざわめき始めた。
ただでさえ王子が婚約破棄などと言い始めたのに、その近くでシルヴァーナは爆弾発言を連発している。
まだ王子たちの耳にシルヴァーナの声が届いていないようで、話は続いている。
艶のある蜂蜜色の髪の毛を綺麗にまとめ、品の良いドレスに、装飾品が調和しているヴィオレットの姿。
その隣のエレナはひと言で表すと派手。
場に馴染むというよりは、目立っている。
「エレナに会ってから自分は変わったのだ。それに彼女にはとても魅力がある」
王子はシルヴァーナたちのことに気が付かずに話を進めている。
「王族教育もほったらかして、婚約者とは別の女性がいるなんて、わたくしびっくりしてしまいましたわ」
「シル、声を落として。教育を放棄しているとは、どういうことかしら?」
止めようとしていた姉はシルヴァーナの話が気になってしまった。
「だってこんな近隣諸国の招待客がいらっしゃる場で、あんな発言をしてしまうなんてマナーとして⋯⋯いえ、お父様はそんなことを絶対にしてはいけないと言ってらしたの」
シルヴァーナの周りの人々は声を落として、奥のエーデルハイムの王子たちの会話とシルヴァーナたちの会話に聞き耳を立て始めた。
「シル、たしかにそうかもしれないわね」
「あんな方が王位継承権を持っているなんて冗談ではないのでしょうか」
ようやく王子もシルヴァーナの声が耳に届いたようだ。
大股で王子が歩いてくる。
「カシアン・エーデルハイムと申します。そこの美しい小さなご令嬢、少し口が過ぎる気がするのですよ」
明らかに喧嘩腰でやってきた王子。
「シルヴァーナ・ヴァレリアと申しますわ」
ヴァレリア王国は大国なので、王女もたくさんいる。そのうちの一人だと思っているようだ。
「王族として婚約とは大事な責務だと思うのですが、それを破棄なさるんですよね」
王子の雰囲気が変わった。
耳まで赤くして眉を吊り上げている。
「一国の王子のことに、外交も通さず、首を突っ込むなんて、このままでは国際問題にもなりかねますよ」
王子の牽制であろうか。
王子は企んだ顔で口の端を上げた。
そうすればシルヴァーナに不利だと印象付けられると思ったのだろうか。
「えぇ、十分国際問題になると思いますわ。貴方のような方がいるのが隣国だなんて怖いですの。一大事ですわ」
「そのような言葉が事を荒立てるんです。漏れ聞こえてきた言葉は、度が過ぎるようにも感じました。そんなことを仰って、そちらこそ、教育がなっていないのではありませんか」
腕を組んでふんぞり返る王子は威圧的な態度を取っている。
「あら、同じ王族教育でも随分と違いますのよ。それに五歳のわたくしと同列に比べられても困ってしまいますわ」
「ヴァレリアの王女だとしても、いきなりこんな話を直接されるなんて、外交上の礼を欠いてはいると思いますがね」
(『抗議なら、その手順をちゃんと踏め』──そう言いたいのかしら)
「一応、父の代理で来ましたので、対外的には大丈夫かと思っているのですが」
「父の代理⋯⋯? 失礼ですがもう一度、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
王子の顔から血の気が引く。
いつしか会場中の注目を浴びているシルヴァーナ。
水を打った静けさだった。
「シルヴァーナ・オルフェール・ヴァレリアと申しますの。おそらくオルフェールの名の方が有名かと」
ヴァレリア王国は近隣諸国の中でも、特に力を持った国だった。
それもここ二年余りで更に強大になりつつある。
国は安定し、発展も目覚ましい。
その発展を支えた輸出入制度の基盤を作った“賢人・オルフェール”という人物の活躍が噂されていた。
だが、その人物が誰であるのか知るものは少なかった。
なぜなら正式な場に出てくることは今までなかったのだ。
だが今回、シルヴァーナの父がシルヴァーナに懇願し、初めて公式な場に出てきたのだった。
人だかりを掻き分けて走ってくるエーデルハイムの王。
なんとかシルヴァーナの隣にやってくると頭を大きく下げる。
「この度の騒動につきまして、大変失礼いたしました」
「エーデルハイムの王様、お初にお目にかかりますわ」
「我が国は、オルフェール様の輸出入制度により豊かな物品が入ってくるようになりました。またこちらからも輸出がしやすくなり、大変感謝しております。まさかこれほどお若い方とは存じ上げず、非礼をお詫び申し上げます」
「いえ、ご挨拶は大丈夫ですわ。ですが、わたくしとてもがっかりしてしまいましたの。こんな方を国際交流の場に出すなんて、こちらも少し考えさせられます。しかも王位継承権をお持ちの方だなんて、今後の関係を見直さなくてはいけません」
幼女らしい大きな瞳で頬を少し膨らましているように見える。
「オルフェール様、どうかお待ちください」
王は深々と頭を下げたまま、声が震えている。
「待つのは得策ではありませんの」
ヴァレリア王国の王位継承権第一位のシルヴァーナは父の代理としての発言権を持つ。
「絹布と魔法石の輸出量はもう一度考え直さなければなりませんわ。明日、父が参りますのでその時にもう一度検討いたしましょう」
五歳のシルヴァーナに合わせて腰を大きく曲げて挨拶をする王と別れる。
そして鷹揚に歩くシルヴァーナは、姉と近隣諸国の要人に丁寧な挨拶をした。
(そろそろ時間ね)
そしてホールから立ち去ろうとした時、後ろから声をかけられた。
「シルヴァーナ・オルフェール・ヴァレリア様、先ほどはありがとうございました。私はヴィオレット・アシュベリーと申します」
お手本のようなカーテシーにシルヴァーナは思わず溜め息が出そうになった。
(このような素晴らしいカーテシーは少しやっただけでできるものではありませんわ。おそらく幼少の頃から徹底して淑女教育を受けたのでしょう)
シルヴァーナは今日ヴィオレットに会う前から彼女のことを知っていた。
(徹底した淑女教育だけなら、まだしも柔軟な発想はとても興味深いですわ。)
「実はヴィオレット様のことは以前から存じ上げておりました。非公式の報告書で、ヴィオレット様がご令嬢方の歓談の場となる“カッフェテリア”をご発案されたと知りまして、わたくしもとても気になっておりましたの。後ほど、詳しくお話を伺ってもよろしいかしら」
「も、もちろんでございます。いつでもお申し付けくださいませ!」
ヴィオレットは頬を紅潮させて大きくお辞儀した。
(ヴィオレット様は、なんとしてもヴァレリアに来てほしいわ。“カッフェテリア”は今まで活躍されてこなかったご令嬢方の情報を上手く集められるいい機会になりそうね。将来、国を大きく変えることになるかもしれないわ)
シルヴァーナは今までにない柔らかい表情で微笑んだ。
「今日はもう少ししたら寝る時間なのです。続きは明日でお願いしますわ」
時計の針は午後八時を指していた。
天才幼女みたいなお話が書きたいなと思って書いたらジャンル迷子になりました。
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