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留守番

作者: 乱世
掲載日:2026/02/01

毎晩、娘が階段の上から僕を呼ぶ。


「パパ」


時計を見ると、決まって午前一時三十分。


最初の頃は普通に返事をしていた。仕事で帰りが遅くなることも多かったし、寂しくなって起きてくるのだと思っていた。


でも、ある日気づいた。


娘はもう、この家にいない。


半年前、妻と別れてから、娘は妻の実家で暮らしている。引っ越しの日、泣きながら手を振る姿を、はっきり覚えている。


なのに、声だけが残っている。


「パパ」


階段を見上げると、暗闇しかない。


怖さより先に、胸が締めつけられた。


疲れているんだ、と自分に言い聞かせた。幻聴だ。ストレスだ。そういうことにして、酒の量を増やした。


それでも声は消えなかった。


ある夜、意を決して二階に上がった。


娘の部屋は、引っ越した日のまま。カーテンも机も、小さなベッドもそのまま残してある。ぬいぐるみだけが、きれいに並んでいた。


クローゼットを開けた瞬間、スマホが震えた。


元妻からのメッセージ。


明日そっちに行くね。

娘も一緒。久しぶりだから楽しみにしてる。


その時、背後で小さな足音がした。


振り返ると、廊下の奥に娘が立っていた。


パジャマ姿で、笑っている。


「パパ、まだ?」


心臓が凍りついた。


じゃあ、ここにいるこの子は何なんだ。


声が出なかった。


娘は首をかしげた。


「だってパパが言ったじゃん」


一歩、近づいてくる。


「ママはいらないって」


その瞬間、思い出した。


別れ際、感情的になって吐き捨てた言葉。


——お前たちなんかいなくても生きていける。


娘の笑顔が、ゆっくり歪んだ。


「だから私、残ってあげたよ」


背後で、玄関の鍵が開く音がした。


現実の娘と、妻が帰ってきたのだ。


目の前の“娘”は、安心したように微笑む。


「よかった。これで交代できるね」


次の瞬間、視界が暗転した。

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