『「え、カメラ回ってたんですか?」深夜のダンジョンで鼻歌まじりにS級ドラゴンを解体していたら、世界一の配信者になっていた件』
ダンジョン配信 × 無自覚 × 清掃員 サクッと読める短編です。
「勘違い」と「無双」がお好きな方はぜひ。
「……はい、これ燃えないゴミ、っと。あーもう、上級ポーションの瓶はキャップとラベルを分別して捨てろって、何度言えばわかるんだあいつらは」
ダンジョンの薄暗い通路に、俺のぼやきだけが虚しく響いた。
ここは東京第3ダンジョン『奈落の顎』。
深層第90階層。
世間では「Sランク探索者のみが立ち入りを許される死の領域」とか、「人類未踏の魔境」なんて呼ばれているらしいが、俺にとってはただの**「職場」**だ。
俺の名前は、相沢レン。24歳。
職業は、ダンジョン専門の清掃員だ。
俺は手にした業務用のトングで、地面に転がっていた『聖騎士の欠けた剣(時価数億円)』を無造作に拾い上げ、背負った黒いゴミ袋へと放り込んだ。
「……重っ。ったく、装備を現地で捨てるなっての。回収するこっちの身にもなれよ」
ヘッドライトの明かりを頼りに、俺は黙々と作業を続ける。
服装は、ホームセンターで買った灰色の作業用ツナギに、安全靴。頭には黄色いヘルメット。
そして顔は――まあ、鏡を見るまでもなく自覚している。
どこにでもいる、特徴のない顔だ。
10人いたら10人が素通りするような、クラス写真の背景に溶け込むような、そんな平平凡凡な顔。
華やかなSランク探索者たちのような、「英雄のオーラ」なんて欠片もない。
「まあ、いいけどさ。俺は裏方だし」
誰に褒められるわけでもない。
探索者たちが派手に暴れまわった後始末をして、安全な通路を確保する。それが俺の仕事だ。時給はそこそこ良いし、危険手当もつく。文句はない。
と、その時だった。
通路の奥、巨大な扉(ボス部屋)の手前に、何かがプカプカと浮いているのが見えた。
「ん? あれは……」
俺は目を細めて近づく。
それは、小さな機械の塊だった。プロペラが一つ欠けているが、微妙に上下しながら浮遊している。
「ドローンか? ……ああ、そういえば今日、有名配信者の『スターライト』がここに来てたっけ」
ニュースで見たことがある。アイドル探索者の星川キララちゃんだったか。
どうやら緊急脱出した際に、置き忘れていったらしい。
「かわいそうに。高かったろうな、これ」
俺は親切心から、そのドローンを拾ってあげようと近づいた。
レンズの奥で、赤いランプが小さく点滅していることになんて、全く気づかずに。
***
**【Wtubeライブ配信:『【緊急】深層アタック! Sランク昇格試験!』】**
**同接数:3,200,581人**
その時、配信画面は「絶望」に支配されていた。
国民的アイドル探索者・星川キララ率いる『スターライト』が、深層の主であるドラゴンのブレスによって壊滅寸前まで追い込まれ、命からがら転移クリスタルで脱出。
残されたカメラ(ドローン)は、主を失い、自動ホバリングモードで虚しく通路を映し続けていたのだ。
画角の奥は、闇。
時折、死角から響く魔物の唸り声だけが、高感度マイクを通して拾われる。
『キララちゃん無事かな……』
『装備全部ロストか、きついな』
『てかカメラ残ってるのすごくね?』
『あそこで生きてる人間なんていな』
『おい、なんか来たぞ』
コメント欄の流れが変わった。
画面の奥、暗闇の向こうから、ヘッドライトの明かりが揺れながら近づいてくる。
カツ、カツ、カツ……と、無防備な足音がマイクに響く。
『救援か!?』
『トップランカーが回収に来たのか?』
『いや……あの格好、ツナギじゃないか?』
『清掃員??』
ライトの光の中から現れたのは、灰色の作業着を着た男だった。
片手にはコンビニの袋のようなもの。もう片手には、長い棒のようなものを引きずっている。
男はカメラの方へ――つまり、ボス部屋の扉へ向かって、散歩でもするかのように歩いてくる。
『おいおいおい! 逃げろ!』
『後ろおおおおおおおおお!!』
高精細の4Kカメラが、男の背後の異変を鮮明に捉えた。
闇が揺らぎ、炎を纏った巨獣――災害指定モンスター『ヘル・フェンリル』が姿を現したのだ。
男との距離はわずか数メートル。
フェンリルは音もなく跳躍し、その巨大な爪を男の背中へと振り下ろそうとしていた。
カメラのアングルは特等席。
これから起こる惨劇を、特大のアップで映し出そうとしていた。
『あ』
『終わった』
『グロ注意』
誰もが男の死を確信し、目を覆いたくなったその瞬間。
**「――作業の邪魔だ。どいてろ」**
ボソリと、男の不機嫌な声がマイクに拾われた。
男は振り返りもしない。
ただ、右手に持っていた「デッキブラシ」を、背中の虫を払うような手つきで、無造作に裏拳の軌道で薙ぎ払っただけだった。
だが、その速度は異常だった。
カメラのフレームレートですら捉えきれない、残像ごとき一閃。
**ズガアアアアアアアンッ!!!!**
鈍く、重い衝撃音が深層に轟いた。
斬撃ではない。圧倒的な質量と速度による、理不尽な打撃音だ。
空気が破裂し、強烈な衝撃波がカメラを襲う。
映像が激しく乱れ、ドローンが錐揉み回転しそうになるのを、自動制御ジャイロが必死にこらえる。
ようやく安定した画面に映ったのは――
男のすぐ脇を、砲弾のような速度で「かっ飛んでいく」フェンリルの姿だった。
巨獣はそのままカメラの横をすり抜け、十メートル後方の岩壁に激突。
ズズ……ン、とダンジョン全体が揺れる。
岩盤に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、フェンリルだったものは、岩にめり込んだままピクリとも動かない。
内臓まで粉砕された即死ダメージであることは、画面越しでも明らかだった。
『は??????』
『え、今なにが起きた?』
『飛んだぞ、フェンリルが』
『ブラシ……だよな? 今振ったの』
『合成? CG?』
『バグだろwww』
コメント欄が滝のように流れる中、男は何事もなかったかのようにブラシの先をトントンと地面で整え、あろうことかカメラに向かって歩み寄ってきた。
ドローンの至近距離。
魚眼レンズいっぱいに、男の顔がヌッと入り込む。
「ん、こんなもんか? よし、綺麗になった」
そこに映っていたのは、歴戦の英雄でも、猛々しい戦士でもなかった。
どこにでもいる、少し眠そうな、**死んだ魚のような目をした平平凡凡な青年**だった。
『うわっビックリした!』
『誰だよこのおっさんwww(※まだ24歳です)』
『顔が地味すぎるwww』
『モブ顔の極みwww』
『待って、こいつが今フェンリルをワンパンしたの?』
『いやいや、たまたま死体が転がってただけだろ』
『そうだよな、清掃員だし』
『でもブラシ持ってるぞ』
混乱する視聴者を置き去りに、男はドローンをひょいと掴むと、自分の肩に乗せた。
まるで迷子のペットでも保護するかのような手つきだ。
「よし、お前も一緒に来い。ボス部屋の掃除が終わったら、地上で交番に届けてやるからな」
『は?』
『ボス部屋?』
『おい待て、そこは入っちゃダメなとこ!!』
『死ぬぞ兄ちゃん!!』
『ドラゴンいるって! さっきキララちゃんが半殺しにされたやつ!!』
画面の向こうで数百万人が絶叫する。
しかし、レンには届かない。
彼は鼻歌交じりに――世界最強の生物が待つ扉を、業務用のカードキーで「ピッ」と解錠してしまった。
プシュッ。
無機質な音と共に、高さ10メートルはある巨大な鉄扉が左右に開いた。
熱波が吹き荒れる。
そこは、ダンジョン最深部。煮えたぎるマグマの池に囲まれた、円形のフィールドだ。
その中心に、絶望の象徴が鎮座していた。
深層の覇者――**『ヴォルカニック・ドラゴン』**。
全身が溶岩のような赤黒い鱗に覆われ、吐く息だけで鉄を溶かす、食物連鎖の頂点。
ドラゴンは侵入者に気づき、ギョロリとした巨大な金色の眼球を入り口に向けた。
**『GROOOOOOOOAAAAAAA!!』**
鼓膜を破壊せんばかりの咆哮。
カメラのマイクが限界を超えて音割れし、視聴者たちが一斉にデバイスの音量を下げる。
誰もが、この地味な男が瞬きする間に炭化すると確信した。
だが。
スピーカーから聞こえてきたのは、悲鳴ではなく、心底うんざりしたような男の声だった。
「うっわ……また散らかしてるよ」
『はい?』
『散らかしてる?』
「鱗ボロボロ落としやがって。これ一枚拾うのに腰曲げなきゃいけないんだぞ? 重いし。腱鞘炎になったら労災下りるのか?」
レンはドラゴンの咆哮を完全に無視して、ブツブツと文句を言いながらポケットから何かを取り出した。
それは武器ではない。
軍手だ。
ホームセンターで10双300円で売っている、あの白い軍手だ。
「よし、やるか」
彼はキュッキュと軍手をはめると、デッキブラシを構えてドラゴンの方へ歩き出した。
まるで、ちょっと庭の草むしりに行くようなテンションで。
『正気かこいつ』
『ドラゴン相手に軍手www』
『なめプにも程があるだろ』
『あ、ドラゴンが息吸い込んだ! ブレス来るぞ!!』
『終わった』
『逃げろおおおおおお!』
ドラゴンが大きく息を吸い込む。
喉の奥で、全てを溶かす超高熱の炎が圧縮されていく。
Sランクパーティの魔法障壁すら一撃で蒸発させた、必殺の『獄炎ブレス』だ。
**カッッッ!!!!**
閃光と共に、極太の熱線がレンを直撃した。
カメラのホワイトバランスが崩壊し、画面が真っ白になる。
『あーあ』
『南無』
『骨も残らんな』
コメント欄が弔いの言葉で埋め尽くされかけた、その時。
「……あー、熱っ。あっぶね、眉毛焦げるとこだった」
煙の中から、レンが平然と現れた。
彼の手には、薄汚れた銀色のシート――清掃用の『耐火ビニールシート』が広げられている。
「ったく、これ支給品だから焦がすと始末書なんだよな……。おいトカゲ、火気厳禁って張り紙が見えねえのか?」
『はあああああああああ!?』
『防いだ!?』
『あのブレスをビニールシート一枚で!?』
『いや、あれ多分、ダンジョン産の伝説素材『飛竜王の皮膜』だぞ! なんで清掃員がもっとんの!?』
『てか無傷!?』
『シートの後ろで涼しい顔してんぞコイツ』
レンは不機嫌そうに眉を寄せると、シートを畳んでポケットにねじ込み、デッキブラシを逆手に持ち替えた。
「掃除の邪魔だ。――退場」
レンの姿がブレた。
次の瞬間、彼はドラゴンの頭上にいた。
物理法則を無視した跳躍。
そして、空中でデッキブラシを大上段に構え、ドラゴンの脳天目掛けて振り下ろす。
**ズガァァァァァン!!!!**
それは、打撃音というより爆発音だった。
ドラゴンの巨体が、まるで見えない巨人の拳に殴られたように地面にめり込む。
マグマが津波のように舞い上がった。
『え』
『うそ』
『ワンパン?』
『デッキブラシって打撃武器だっけ?』
『Sランクボスだぞ!?』
『ポカン(口を開ける音)』
レンはピクリとも動かなくなったドラゴンの頭上に着地すると、巨大な首筋にトントンと手刀を当てた。
「ふぅ。さて、鮮度が落ちないうちに解体して、分別処理するか。燃えるゴミ(内臓)と、資源ゴミ(素材)にな」
彼は鼻歌を歌い始めた。
ちょっと音程の外れた、日曜朝のアニメの主題歌を。
『歌うなwww』
『恐怖映像すぎる』
『ドラゴンをゴミ扱いwww』
『手刀で……皮を裂いたぞ!?』
『解体の手際がプロすぎる』
『これ、RTA記録更新だろ』
こうして、世界中の人々が見守る中、前代未聞の**「Sランクドラゴン解体ショー」**が幕を開けたのである。
レンが楽しそうに(実際は早く帰りたいだけ)作業を進める間、同接数はついに1000万人を突破。世界各国のニュース速報が流れ始めた。
***
数十分後。
「よっし、綺麗になった! これで明日の探索者たちも気持ちよく使えるな」
レンは額の汗をぬぐい、満足げに頷いた。
ボスの死体は綺麗に素材ごとに分けられ、現場には血の一滴も残っていない。完璧な仕事だ。
彼は再びドローンを肩に乗せると、転移陣(クリア後に現れる帰還魔法陣)の上に乗った。
「じゃあな、アギト。明日は休みだから、汚すんじゃねーぞ」
光が彼を包む。
***
地上、ダンジョン入り口広場。
転移の光と共に、レンは現世に帰還した。
時刻は深夜2時。
いつもなら静まり返っているはずの広場が、なぜか昼間のように明るい。
「……ん? なんだ、祭りか?」
レンは眩しさに目を細めた。
そこには、無数のパトカーの回転灯と、報道陣のカメラのフラッシュ、そして軍隊のような重装備の集団が待ち構えていた。
その数、数千人。
広場の巨大モニターには、先ほどの「鼻歌まじりの解体シーン」が大音量でリプレイされている。
「え、なにこれ」
レンは呆然と立ち尽くす。
肩に乗せたドローンが、まだ赤いランプを点滅させていることに、彼はまだ気づいていない。
群衆の中から、ボロボロの装備を身につけた美少女――Sランク探索者の星川キララが、涙目で駆け寄ってくるのが見えた。
「あ、あのっ! 貴方は一体……!?」
マイクを向けられ、カメラに囲まれ、キララに詰め寄られるレン。
彼は状況が飲み込めず、ポカンと口を開けて、一言だけ漏らした。
「……え、俺、なんかやっちゃいました?」
その間の抜けた顔が、全世界に配信され――
翌日、彼の名前が世界中のトレンド1位を独占することになるのは、また別の話。
(……続く?)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「デッキブラシ最強!」 「続きが読みたい!」 「ざまぁ展開も見てみたい!」
と少しでも思っていただけましたら、 【ブックマーク】や、 ページ下部(スマホは上部)にある【評価(★マーク)】 を押していただけると、執筆の励みになります!
皆様の反響が大きければ、連載化して「地上に戻ってからの大騒ぎ」や「キララちゃんとの絡み」を書いていこうと思います。
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