18話目 一雫の好奇心、小さき世界で幾多の惨劇。前編
▽▽▽《月白のうさぎ視点》
「キュー、キュー」
甲高く、されど他を刺激しないような、そんな声を上げながら撫でられる。
私が不快になるところだけは避けるよう、丁寧に、小さな手で撫でてくる。
(心地よい……)
何故その部分を初めてながらにして避けれるのか、疑問には思うけれど、撫でられるにつれ忘れていく。
観察されるような、把握されていくようなおぞましい目線を感じたのは、多分勘違いだったのだろう。
最初にこの子供を見つけたのは、単なる偶然で、なんの意図も意志も介在していなかった。
ただ偶然に、それらが集まるにつれ、その集団につられてまた集まり、少しばかりの時が経つと、その子供の周りには、数百にも及ぶ数がたむろしていた。
最初は、いつものように、時折この森に探検をしに遊びに来る子供達の1人だと、そう思っていた。
だけれど、数百といる動物達の集団に怯えるどころか、包み込み受け入れるような、優しい笑みを浮かべながら、その子供は私達と触れ合っていた。
そんな、月明かりに照らされた神秘的な姿に、危険な存在ではないということと、普通とは違う、特別な存在なのだと、魅せられたように感じた。
目元が隠れるほど長い髪をそのままにして、夜風に揺られて時折見える黒宝玉の瞳が不思議な魅力を感じさせ、その魅力に、恐怖と似たようなものを魅せられた。
その子供は、自由奔放でマイペースな子のようだ。
最初に見つけた時は、隠れていたのかと思うほど突然と姿を現した癖に、その数秒後には、もうやりたい事が変わったのか、私を肩の上に乗せて森の中を動き回っている。
森の中を自由に動き、段々とその速度が上がっていくと、木の枝の上や樹木の側面にも足をのせ始め、肩に乗せられていた私は、今まで感じたことの無い感覚を味合わされた。
森を、舞うように動き回り、一度も足場に詰まることの無いその動きは、月明かりに照らされていたことも相まって、妖精が羽を広げ宙を舞うような、幻想的なものにも見えた。
ゆっくり動いてるようにも見えるし、素早く動いているようにも見えるその踊りは、本来私たちが一生かかっても見るこが叶わなかったものだろう。
踊りをやめてその足が地に落ち着いたと思ったら、今度は鹿に乗り始めた。
突然乗られたことに、鹿自身も最初は戸惑っていたようだが、その子供が落ち着かせるように撫でて走ることを促すと、気が良くなったようで、勢いよく走り始めた。
鹿の走りに抵抗する風が私を落とそうとすると、この子供は私を囲うような何を施したようで、落ちそうになることは無くなった。
驚いて子供の方を見るが、その眼は私を映しさず、鹿の方に視点を合わせていた。
その姿を見ると、何故か、怖気が全身を這うような、恐れを感じてしまう。
鹿を、理解していくかのような眼で見ているように見える。
どうやらこの子供は、私たち獣の毛皮を好んでいるようで、鹿から降りた後は、魔力を使って私達の毛並みをより綺麗にしていた。
この子供にやられるまで知らなかったのだが、本来の私達の毛並みは、こんなにも綺麗でふかふかとしていたらしい。
これならば、この不思議な子供が執拗に、私達の毛皮を触ろうとするのもうなずける。
私自身も、このふかふかとして夜風にたなびくくらいには柔らかくなった毛皮に、感動を覚えてい───
───ッ!? 突如として、身の毛がよだつような違和感がする。
何故? 何かダメな気がする。
今すぐここから離れなければ、そう私の本能が訴えかける。
恐怖が、体を動かし、すぐに辺りを見渡す。
(あれ? なんでこんなに少ないんだ?)
確か、最初は200匹くらいいたはずなのに。
あれ? なんで誰も気づいてすらいないんだ?
これは、私がおかしいのか?
この子供は何故こんなにも溶け込んで………。
あぁ……そうだよな、皆がおかしいのではなく私がおかしいのか……だから、そんな目で見ないでくれよ、そんな……もう理解しきったかのような、飽きたからもう用済みとでも言いたいような……別のことに興味が移ったかのような………おぞましい程に玲瓏な、黒に塗りつぶされた様な眼を向けないで───
(あぁ……呆気ないものだな)
呆気ない、実に呆気なく死に至る………そんなものだった。
──シュルサッ
独特な音を奏でて、『月白のうさぎ』の頭部から引き抜かれたナイフの姿を最期に、それは眠るかの様に息絶えた。
「さて………」
そう呟いた少年は、手のひらを夜空へと向けて………魔の力を、実践へと流す。
「《天蓋》」
髪の毛と同等か、それ以下か………とてつもなく細く乱れの無い魔の力を紡ぎ、構築し、辺り一帯は、蓋を閉じるかのように、目に映ることは無くなる。
◇
▽▽▽《動物達視点─残っている者達─》
「さぁ、もう君たちのことは大体"理解"できてしまったよ?」
嬉々としているのか、悲しんでいるのか分からない声色で、小さな体躯の人型は呟く。
(な、なんなんだ……なんでこんなことに……)
脳が理解を拒む。
皆一様に、周囲を佇むそれらは、言いようのない恐怖に駆られて、その場から動くことすら出来なかった。
もしかしたら、元から動かせる気なんて無かったのかもしれない。
「あぁ、理由がわからないのかい?」
「予行練習と言うやつさ。君たちだって、初めてやることを完璧にこなす事なんてできないだろう?」
「ここは外敵の多い世界なんだ魔物が沢山いるんだ。だから、まずはあまり強くなさそうな君たちで練習しようと思ってね」
「あとは、そうだな………」
目の前の子供は、少し思案するかのようにして、ひとつの悪意もない、純粋な頬笑みを浮かべ、口を開く。
「ちょっと……興味が湧いたんだ♪ それだけ」
『月白のうさぎ』から引き抜いたナイフに付着した血液を、丁寧な所作で拭き取りながら言葉を発しているのは、先程から笑みを崩さず、微笑ましくも、動物達の相手をしていた人型だった。
わかるはずがないはずなのに、その言葉の意味がわかってしまうのは……そして、これから彼が何をするのかが分かってしまうのは、なぜなのだろうか。
本来の私達ならば、目の前の人型が害を与えてくる存在だと認識した時、すぐに処理するか逃げるかしただろう。
本来ならば、今目の前にいる存在は、小さな体で、見るからに、私達より強く在る者では無いと断言出来る見た目をしているのだから、すぐにでも処理していたはずなのに、無防備に喋る存在を相手に──
「なんでぼーっとしているのかな、まぁどうでもいいのだけれど。そろそろ行くよ!」
──何故か呆然と立ち尽くしていた。
シンプルな、ナイフの刺突により、1匹が死んだ。
ウサギに続き、また1匹殺された……。
側頭部からの刺突による大量出血だ。
ただ目の前で起きた出来事を理解しようとする。
その間もなお、私たちの仲間、この森に生きる生命が、刻一刻と、減らされていく。
時間が経つにつれ、私達が殺されていく恐怖から来るのか、私達森の動物は、鳴き声をあげることすらもまともに出来なかった。
人型の姿を視認して、より混乱してしまう。
動きは遅く、体躯は大人には程遠く、力は私達より数段下で、ただ手元に短い刃物があるくらいなのに、何故倒せない? 何故殺せない?
そう考える間にも、私達の急所を正確に狙って、ナイフを振り下ろし、突き刺し切り刻んでていく。
怖い、怪我なんてしたくない……。
痛いのなんて嫌だ……ッ! 生きられなくなるなんて堪え難い。
恐怖が募っていく。
動きは遅いのに、喉を切り裂かれた仲間達は刻一刻と増えていく。
おかしい、動きの速さと、切り裂かれた仲間達の、数の比率が。
(そんな速さで、ここまでの数を殺せるはずがない……。なのに、あの子供はどこからともなく現れて……)
おかしいのだ。力が無いはずなのに、毛皮に覆われた私達の体躯には、いとも容易くナイフが突き刺されていく。
体が小さく、足も短いはずなのに、1歩が長く見える。
ようやく、まともに動けるようになった頃には、私達の体の一部、特に喉は破壊され、この場に生きる仲間達も、声をあげることは叶わなくなってしまった。
意思疎通の方法が、絶たれた。
あぁ……痛い、痛い痛い辛いよッ!
何故こんなことに………でも、でもやっと分かった気がした。
死の危機に瀕したことで、感覚がより鋭敏になる。
目が、鼻が、触が、より鮮明に、目の前の外敵を捉える。
本能が、そう感知したんだ。
この目の前の存在は、"巧い"のだと。
とにかく巧いのだ。
足に使う力の量や、歩幅とリズム、刃先の向きや、目先の方向によるフェイク。
突き刺さし、切り裂く時の体の使い方や、効率よく敵を処理できるルートの構築。
音をわざと鳴らすことによる誤認や、視点を誘導するため、服の一部を切りとって、視界を遮り、囮へと昇華させたり。
全てが予測されているのかと思うほどに、巧く、周りを取り巻く環境すらも利用して。
だが、だからといって………私たちが何も抵抗しない理由にはなり得ない。
野生を生きる私達が、いつまでもいいようにやられる訳もなく、自分達より弱いはずの相手だと言う認識を改め、バラバラに攻撃するのではなく、連携して攻撃しようと、学習した。
その行動が、反撃への第一歩になり得ると信じて。
オオカミ型の動物を主体に、ネズミ型の小動物達を囮に陣形を組みながら攻撃した。
それを見て、看取って………更に恐怖は加速する。
その子供は、オオカミ型の動物が、ネズミ型を囮に外敵に噛み付こうとしたら、その外敵はフェイクを交えて、先に連携作戦の本命であったオオカミ型の、動物の目の前まで小さな身体を駆使して滑り込み、オオカミ型の視界外まで潜り、そこから近くの樹木を足場として利用して、オオカミ型の頭部まで気づかれないように駆け上がり、オオカミ型の耳から脳の付近までに、か細い腕を刺し込んだ。
数秒にも満たないこの行動の連鎖を少し離れたところで視認していた動物達は、もはや恐怖を通り越して美しさを感じてしまうほどに、最適化された行動だった。
そして、刺しこんだ左腕を、魔力の性質付与と肉体の変形によって、外から見たらただ手を入れただけの行為によって、貫き殺した様に見せた。
これで動物達はその外的である少年の手腕に、より一層集中しなければならなくなったのだろう。
「今のは、もう少し腕に回転をかけても良かったかな。」
「あぁ……そんなに急いで来なくてもいいのに、どちらにせよ私は君たちを殺すのだから」
オオカミ型の動物が殺されたところで、少年の首に飛び付き、噛み付こうとする小動物を少年は、右手に持っていたナイフで、オオカミの頭部に刺しこんだ腕を支点に逆立ちをしながら切り裂き、刺しこんだ腕を引く抜くついでに、残りの小動物をも殺そうとする。
左手を引き抜いた後すぐにしゃがみ、今まさに噛み付ことしていた、空中に浮かび身動きが取れない状態こ、小動物の内の1匹を、すれ違いざまに目潰しをする要領で、地面まで垂直貫き落された。
残りはナイフによって、一振で簡単に首を落とされる。
ナイフに付着した血液を振り落とし、顔面に飛び散った血液を手で拭い、払い除ける、そんな外的であり殺戮者である存在の姿を見て、恐怖を感じないなんて、できるはずもなかった。
「空中に浮くと安易には移動できないからね、次があったら気をつけるといいよ」
──グシャァ、ジュドスッ、ザシュッ
言葉にしたら多いが、実際に起きた出来事は、わずか数十秒のうちに起きた事で、呆気ない様な、苦しい様な血しぶきと金属の音を奏でながら、さらに数匹の動物達が殺害された。
グロテスクで耳を塞ぎたくなるような音で殺され、けれど、目に焼き付けたいほどに華麗な動きで、息も合わない、連携もままならない内に、次々と動物達が襲いかかる。
それはまるで陣形を崩したように混雑して、されど目の前にいる外敵は何がなんでも倒しておかなければ、今ここにいる森のルームメイト達が、自分達の巣に残した家族までもが、この外敵に敵意を向けられてしまいそうだから、そんな一種の強迫観念のようなものに縛り付けられるように、何年もの時を生きた動物達が、齢5歳に行くかも怪しいくらい幼い少年《悪魔》に、襲いかかる。
「あ〜、こうなるんだね。まあいいや、予行練習にこれほどピッタリなイベントも、そうないだろうし」
「欲を言えば、何匹かは統率側に回って欲しかったのだけどね」
今も尚、後方で恐れおののき蹲っている動物たちをも巻き込みたかったのか、余裕を醸し出し、私達を煽るかのような声で。
「あぁ、そんなに心配しなくてもいいよ。極力魔法は使わないから、多分」
「もしかしたら負けるかもね、私。どれだけ肉体を改造しようと、所詮は5年くらいしか生きてない弱者なのだから」
少年がお喋りに気を割いているうちに噛み付こうとするが、いつの間にか誘い込まれていたようで、ちょうど向かい側に居たカエル型の三兄弟を噛み殺してしまった。
標的である少年を噛み殺せていないことに気づいた時には、既に少年は移動していて、木々の隙間から移動し飛び移られ、そのまま身体の下に潜り込まれて内蔵を切り裂き、殺害された。
「やっぱり、この世界でもある程度は変わらないのかな?」
少年はナイフで切り裂き、殺害したイノシシ型の腹の中にあった、肝臓を握りしめ、数秒もかからない程度で肝臓を何か球状の物にして、動物達が密集している地帯へ、機械的なまでにぶれることの無いフォームで投げ飛ばした。
「哺乳類の生物で1番血液を含んでいるのは肝臓なんだとか、そしてそれはこの世界でもあまり変わらないらしい」
「血液爆弾という訳さ、目潰し用だね」
投げ飛ばされた丸い肝臓は、よく見ると、即席であるにもかかわらず器用に作られたと思われる、均等に編み込みの入れられた紐で、破裂寸前の状態で縛られてあった。
一部には木の枝を削って作られたような小さな杭を差し込まれて、血液爆弾が投げられた軌道上に生えていた木の枝に引っかかり、破裂して、それを推進力に血液の他、木の杭も勢いよく飛び出した。
(何故あそこまで大きな爆発が!? 何故あんなにも血液の量が多いんだ!?)
破裂した肝臓の中心に見えたのは、高音になり煙をあげている、『月白のうさぎ』の爪の姿があった。
──まずい、視覚が潰された。
破裂により飛び散った血液で、私達の内3割ほどの動物達の目が使えにくくなり、囮役として少年の邪魔になるであろう小動物には、的確に頭部へと木の杭が突き刺さっていた。
「もう少し爪に注ぐ魔力は増やしてもいいかな、次使う機会があれば改善しよう」
ただ起こった事象を淡々と理解して、冷静に次を思案するその姿勢に、憤りを感じさせられた。
そう、"感じさせられた"のだと思う。
叫び声をあげたい衝動に駆られるものの、あげることは叶わなく、何もかも上手くいかない現実に、恐怖と怒りが入り交じり、残りの感覚を頼りに少年を殺すために、地を駆ける。
「いいね、質の良い練習になりそうだ♪」
血液により視覚の潰されなかった動物達は、それから起こることを見て畏怖の感情を覚えたのだろう。
その少年は、右手に持っていたナイフを軽く素振りし、そのまま自分に突撃してくる動物達と交戦するかのようにナイフを構えて、ぶつかる瞬間に、飛び上がった。
空中で身動きが取れるような羽も無いくせに、ある程度囲まれていようと、まだ地上で避けられる余地があったにも関わらず。
もちろん、それだけで動物達の鋭い嗅覚から逃れられる訳もなく、少年の着地点を本能的に予測し、狼が、猪が、兎が、梟が、鼠が、鹿が、空中に浮かぶ一点をやや掠れた視覚と、極限まで高められた嗅覚で見つめていた。
特に、羽を生やし、空を移動する動物からしたら絶好の的だったのだろう。
同時に、空を制してくる動物は、少年からしたら、第一に取り除きたい動物だったのかもしれない。
私達の中の、空を制する動物の中で1番強いだろう梟が飛び上がり、背後をとってその大きな羽を振りかぶりながら、鋭い足の爪で切り刻もうとした時、その時には──
──既に少年の姿は消えていた。
▼▼▼《作者視点─あとがき─》
5000文字以上になっちゃったから後半作りますね。初めての後半です。
増やしていいのか減らした方がいいのかは分かりませんが、備考は作りたいので作り続けます。
誤字脱字の報告やコメント、よろしくお願いいたします。
▽▽▽《備考》
・森の動物達の種類について
前世の常識では、森に生息する上で環境的に問題がある生物は生息することが出来ないはずだが、異世界であるこの世界では、前世には無かった多くの要素によって、前世の世界では考えられないような種類になっており、生息できる範囲も広がっているらしい。
異世界なのに前世と似たような生物がいるのは偶然なのだろうか。
・ナイフ
刃渡りは10cm程で、前世使っていたナイフと大きさだけは似ている。
光をできるだけ反射しないように黒色で作られており、刃先だけが変に湾曲していて、非力な力でありながらも貫通能力を高めることに成功している。
魔法で作ったはいいものの、機能は普通のナイフと遜色なく、ただただシンプルな黒色のナイフという認識でいい。
・《天蓋》
自身の魔力を使い最低三箇所のポイントを記録しておくことで扱える、幻術系統の結界魔法。
今回では、動物達を結界に押しとどめるのと、元々いなかった動物達にこちらの存在がバレないようにするために使用した。
中に居る結界の対象とされた存在は、ミラーハウスの要領で制限された範囲内しか知覚することは難しく、違和感はあれど結界内に留まることしかできなくさせる。
結界外からは、周囲の環境に則した光景や匂い、感触や音が伝わるようになっており、知能の低い動物達では突破することが困難だと思われる。
設定した最低三箇所のポイントの中央部から、地面を垂直に10mの位置からポイント数に応じて頂点を取るように魔力の糸が垂れ、その糸と糸の間を薄く拡がった布が繋ぐような形になり、三角錐見たいな形の結界となる。
元々は野宿する時のことを想定して作った虫除け用結界で、可視化して少し形を整えると本物の天蓋のような見た目になる。
・【血液爆弾】
月白のうさぎの爪、魔力の放出がしやすい部位であり、その素材を肝臓の中に埋め込み、いつ作ったのかも分からない、精巧に編んだ紐で綺麗な球場にまとめた物。
魔力操作の応用で、血液量と爆発力を高めた、即席で作られた粗悪品。




