虚羽の使者、空より降る
風が、鳴いていた。
腐った空のはるか上、かつて都市だった空中回廊の裂け目から、冷たい気流が降りてくる。
トワは廃都の縁部、崩れた階段状の構造体に身を潜め、眼下の霧を見つめていた。
「……来る」
昨日から続く違和感。それは空からの干渉だった。
見えない眼に監視されている。
声なき声が、空気を振るわせている。
何かが、上から降ろうとしているのだ。
そのときだった。
ドッ。
低く、鈍い音。
鉄の塔の残骸に何かが着弾し、黒煙が巻き上がる。
「っ……!」
トワは即座に物陰へ跳び、目を凝らす。
そこにいた。
白銀の翼を持つ異形が、静かに着地していた。
その姿はヒトに近く、しかし細部が明らかに異なる。
重力を否定するかのような身のこなし。
足元が地に触れても、風の音すら変わらない。
全身を包む布のような外殻には、目のような紋章が浮かんでいた。
「……虚羽族、か」
トワがその名を呟いた瞬間
その存在が、ぬるりとこちらを見た。
目ではない。認識が向けられた感覚。
「創界の継承者……トワ・ミル=ネイム」
初めて聞く声だった。
だが、なぜか知っているような響きを持っていた。
「君を迎えに来た」
「……迎えに?」
「ヴァニフローの空は、無関係ではいられない。
君の存在は、均衡に歪みを与えた。
それを是とするか否とするか……我らが測定しに来た」
「測定……?」
虚羽の使者はゆっくりと右手を挙げた。
その指先から浮かび上がったのは、幾重にも重なった環状の記録装置。
記録ではなく、未来の可能性を視る装置だった。
「君の決断が、七種族の構図を塗り替える。
だが、その先にあるものは、革命か、再汚染か」
「どっちでも構わない。
選ぶのは俺だ。
この腐った世界を、俺が塗り替える」
言葉が交錯した瞬間。
風の流れが反転した。
その異形の使者は、ふっと笑ったような気配を残し、空へと跳躍する。
「では、見届けよう。
その腕に、リユニオン・コードを託す」
トワの右腕に、また一つ新たな刻印が浮かぶ。
それは、再構築の鍵。
風が止み、静寂が戻る。
トワは、右腕を見つめた。
そこに今、確かに新たな力が灯っていた。
だがそれは、喜びでも希望でもない。
「見ていろ。
お前らが測るまでもない。
この世界の終わりと始まりは、俺が決める」
遠く、空に走る金属の閃光。
それは、次なる戦場の幕開けだった。