灰骨と鎚の戦場
焼け焦げた空気が肺に刺さる。
腐食した金属がひび割れた地層を走り、地の奥から絶えず低いうなりが響いていた。
トワは、鉄と熱の混成地帯へと足を踏み入れていた。
ここはオルドネクの熾地。
灼熱の骨を鍛え続ける、熾骨族の戦域。
噂では聞いていた。
この地の者は、生まれながらにして火と闘争の中に在る。
強き者だけが生き延び、弱きは灰となる。
「……場違いもいいとこだな」
トワは汗すら蒸発する空気の中、地を踏みしめる。
「貴様、どこの骨を捨ててきた」
声が響いた。
地を割るような重低音。
そして、歩いてきたのは、灰色の巨人。
否、人ではない。
骨のように白く剥き出しの肢体。
背に巨大な戦槌。
片目に焼印のような紋様。
「……熾骨族か」
「俺はゴラド=ザン。熾骨第五集落の戦担だ」
その背後、さらに数体の熾骨族が、黙って鎚を地に突いていた。
「異界より来たる灰の血脈か。面を上げろ。試す価値があるか否か、見極めてやる」
「俺とやり合う気か?」
「違う。お前は、俺と火打ちする。殺し合いではない。証明だ」
ゴラドが戦槌を振り上げた。
その一撃は、空気を裂き、地面を弾き飛ばした。
「これがこの地の礼法だ。火打ちとは、生き様の殴り合い」
「……なるほど、わかりやすい」
トワは構えを取った。
右腕に刻まれた銀の血が、うっすらと熱を帯びる。
「なら、お前の生き様、その鎚で見せてみろ」
衝突した。
熱風が爆ぜ、鉄屑が跳ねる。
ゴラドの鎚がトワの間合いに落ちる寸前、彼は一歩踏み込み、腰のパイプから伸ばした再構成鎖で衝撃を受け流した。
「……軽い。もっと重いもんだと思ったが」
「口の軽さは、死への招待状だぞ、小僧」
第二撃。
地を割りながら鎚が旋回し、トワの肩を掠める。
服が裂け、火花が舞う。
だが、彼の目は一歩も引かなかった。
「お前の火は、ただ燃えるだけの炎だ。
だけど俺の火は……創るための火だ」
「創る……だと?」
トワの手が、空中の浮遊鉄片を呼び寄せる。
刻印が走り、再構成が始まる。
閃光とともに、鋼の大剣が彼の手に現れた。
「革命の火だよ。
お前らが喰ってきた火と、次元が違う」
しばし、鎚と剣がぶつかり合う。
だが、徐々に戦況は変わっていく。
ゴラドの鎚が鈍り、トワの動きが研ぎ澄まされていく。
そして
最後の一撃。
剣が地に突き立てられ、周囲の鉄屑を巻き上げて爆ぜた。
「ここまでだ」
沈黙のあと、ゴラドが笑った。
「ふは、ははは……なるほどな。お前の火は、ただの炎じゃねぇ」
仲間たちが鎚を地に伏せる。
「革命の核を名乗るなら、その火を消すなよ。熾地は、お前を見た。
好きに燃えろ。ただし、覚えとけ。次は信で試す」
「上等だ」
その夜。
熾骨族の残火炉のそばで、トワはひとり目を閉じる。
火の民に認められたわけじゃない。
でも、彼らに名を刻ませた。
それはきっと、遠くない未来、別の火種となるだろう。
それが、初めての種族との火打ちだった。
そして、この世界が少しだけ、彼を覚えた瞬間でもあった。