錆びた鉄と休息の音
雨が降った。
と言っても、水ではない。
空から降り注いでいるのは、酸化した粒子と金属の粉だった。
この世界で雨と呼ばれるそれは、腐敗の音を撒き散らしながら地表を濡らしていく。
「……天蓋の補修装置、完全に死んでるね」
ネイルが、細い指で空を指した。
その声はかすれていて、それでもどこか優しい響きがあった。
「こっちも、足の補助ギアがもう限界だってさ。走って逃げたの、わたしにとっては奇跡」
「……無理はするな。次に何か来ても、お前が動けなきゃ詰む」
「それでも、あなたを置いてはいけなかった」
静かに、確かにそう言った。
塔の廃墟の奥。
崩れた床材と、焼けた布の残骸。
そこに二人で身を寄せ、しばしの静寂を過ごしていた。
「……これ、飲めるのか?」
「うーん、たぶん毒じゃないと思うよ?」
瓦礫の奥から見つけた、透明に近い液体を詰めたポッド。
トワは慎重にそれを傾け、金属の蓋に注いだ。
口に含むと、わずかに甘みと……微弱な電気の味がした。
「……悪くない」
「でしょう? これね、ユララって言うの。再構成水。廃液を分子レベルでろ過したやつ。まあ……だいたいの人類には向かないけど」
「だいたい?」
「つまり、あなたがだいたいじゃないってこと」
「……なるほど。ろくでもない世界だな」
ネイルが少しだけ笑った。
「ねえ、トワ」
「なんだ」
「さっき、あのとき……あなた、すごく怖い顔してた」
「……」
「誰にも、渡さないって顔だった」
トワは答えない。
ただ、掌に刻まれた銀の文様を見つめていた。
「俺には、もう何もない。家も、名前も、過去も。けど……お前を見て思った」
「なにを?」
「ここで、お前が機能停止したら、きっと後悔すると思った」
ネイルが一瞬だけ目を見開き、そして目を伏せた。
「わたし、もう二度と人として扱われないと思ってた」
「違う。お前は……もう仲間だ。少なくとも俺にとってはな」
「……ありがとう」
それだけの会話。
でもその一言が、確かにこの地獄に、小さな火を灯した。
トワは眠りに落ちた。
目を閉じるわずか直前、ネイルのささやき声が耳に残った。
「ねえ、トワ。
世界統一って、たった一人でやるの……?
それとも……誰かと、肩を並べて、やるのかな……?」
その問いに、返事はなかった。
ただ、金属の雨音だけが、夜をつないでいた。