遺構の中の侵入者たち
ネイル=クレルの覚醒から、わずか数分。
研究施設の奥から、明確な気配が近づいてきた。
金属靴の接地音、わずかな衣擦れ、無呼吸のような沈黙。
「誰かが来る。二人、いや、三……」
ネイルが囁くように告げた。
その声は機械的なものではなく、かすかに震える感情が混ざっていた。
俺は咄嗟に、崩れかけた配電板の影にネイルを隠す。
「まだ動けないだろ。ここにいろ」
「……危ない、よ」
「いいさ。死に慣れてる」
手にしたのは、ナットと針金を即席で組んだ貫通具。
たったこれだけでも、俺にとっては立派な武器だ。
天井の隙間から差す緑色の光が、姿を映した。
最初に現れたのは、顔を隠すマスクをつけた女だった。
機械のパーツを組み込んだ義肢。腰には精密な工具。
一目でわかる、あれはギルド・デヴォーラの技術者。
そのすぐ後ろに、二人。
一人は背が高く、重装のスーツで全身を包んでいる。
もう一人は小柄な少年のような体型。背負っているのは、金属製の管。
「……残留反応、ここです」
少年が呟いた。
その目は何も映していないようで、確実にここを見ている。
「本当にNave.ASの痕跡か?」
技術者の女が鋭く問う。
そして、警戒するように銃のような装置を取り出した。
俺の喉が、鳴る。
ばれたら終わりだ。ネイルの存在も。
「……この構造体、完全に起動してないように見えるけど」
女が、まっすぐネイルのカプセルに向かう。
だが、そのとき。
カプセルの端が、自然に崩れ落ちた。
乾いた破裂音とともに、銀色の霧が舞う。
視界が一瞬、白く染まる。
俺は、即座に飛び出した。
「そこまでだ」
金属の貫通具を、女の持つ装置へと突き出す。
火花が弾けた。反応が遅れた彼女が数歩後退する。
「侵入者……? ヒューマリア? 違う……コード反応が一致しない……!」
「この区域は封鎖中のはずだ。なぜここに?」
「そっちこそ、なんでここに」
言葉がぶつかる。
だが俺の胸の奥では、もっと冷たいものが騒いでいた。
さっきの少年、あれは、普通の人間じゃない。
視線の奥に、何かを剥ぎ取るような冷たさがある。
ネイルを守らなければ。
それだけが、今の俺の軸だ。
「トワ。背後、空いた」
ネイルの声が届く。
俺は即座に跳び、排熱管の隙間を抜けた。
ネイルも静かに走り出す。
背後からの叫びが聞こえたが、振り返らない。
逃げ切れたか?
いや、あれは追跡用の種を撒かれた気配がある。
走り抜けた先、崩壊した塔の内部。
一度だけ人の手が入ったような、住居跡。
そこに隠れ、息を整える。
「……トワ、さっきの……観測者だった」
「観測者?」
「デヴォーラの中でも、最も危険な部隊。彼らはコードそのものを食べる」
「……コードを?」
「あなたの中の創界構文が、狙われてる」
この世界の均衡が、少しずつ崩れ始めている。
いや、俺がここに現れた瞬間から、歯車は回っていたのだ。
デヴォーラ、ギルド、ロストレイス。
それぞれが、沈黙の中で、既に始動していた。
そして、まだ誰も知らない。
この廃都カンヴァレアが、
全種族の火種になることを。