初戦、崩壊より目覚めし者
錆と煙の中、コードの神が暴れ狂った夜が明けた。
いや、この世界には「夜明け」なんて概念はない。
ただ、空の“濁色”が一段薄れただけ。
《Nave.AS》は封印した。
いや、“封印したつもり”だった。
鎖の槍を突き立てた瞬間、奴は消えた。
けれど、廃材の底で何かがまだ……微かに蠢いている。
「……終わっちゃいねぇな、これ」
その残響を背に、俺は再び廃墟を歩いた。
C09区のさらに奥、断層の割れ目の先に、沈んだ構造体があった。
古代の研究施設、らしき残骸。
床には崩れた無数の“繭”のようなカプセルが転がっている。
中には、ヒトの形をした“誰か”が入っていた痕跡。
ただの遺体、のはずだった。
「……あれは、まだ……生きてる?」
視界の端で、“ひとつだけ”カプセルが微かに光を放っていた。
触れると、反応が返ってくる。波打つ心音のように。
そして開いた。
そこにいたのは、少女だった。
銀に似た青の髪。
だが皮膚はまだ未完全で、半透明の構造体が露出している。
「……君、は……?」
彼女は答えない。だが、その瞳だけが確かに俺を見つめていた。
「接続確認。ID:ネイル=クレル。分類:忘却種」
自動音声が残響する。
「……ロストレイス?」
初めて聞く名だった。
この世界の種族か?それとも、作られた存在なのか?
だが、その問いを飲み込むより早く、彼女が微かに口を開いた。
「……あなたが……トワ……?」
「っ……!」
名前を、知っている?
彼女はゆっくりと立ち上がり、虚ろな表情のまま俺に歩み寄る。
身体のあちこちから、糸のような光がほつれている。
まるで、Nave.ASの構成コードと似た何か。
いや、違う。
彼女は、Nave.ASの暴走の波動を吸収して目覚めたのだ。
「……あなたの声が、聞こえた。……ずっと前から……」
「……なぜ、俺の名を……」
「私たちは……呼ばれたの。
捨てられたこの世界の、忘れられた核として……
あなたに、命を与えるために。」
彼女は、ロストレイスのひとり。
この世界の最底辺に存在すら認識されなかった種族。
彼女の名は、ネイル=クレル。
そして、俺の最初の同盟者だった。
そのとき、天井が軋む音が響いた。
施設の崩壊。だがその背後には、足音がある。
誰かが来ている。
敵か、監視者か、それとも、別の目覚めし者か。
世界は、静かに動き始めた。