暴走する糸、名はNave.AS
薄曇りの天蓋が、金属の喘ぎを帯びていた。
《サルヴェ=デイヴ》のC09区未踏廃層のさらに奥。
俺は、瓦礫の影に埋もれた古代遺構の中にいた。
「……これは、遺棄装置?」
苔むしたコンソール。焼け焦げたパネル。
その中央に、指のようなコードが絡みつく黒いカプセルがあった。
そして、プレートには小さくこう刻まれていた。
【THREAD=CODE:Nave.AS】
《接続禁止》/《構成因子:可変型超思念端末》
「思念端末……だと?」
恐る恐る手を伸ばすと、コードの中で“なにか”が脈打った。
次の瞬間
「接続、開始。」
頭蓋の奥に直接響いた、女の声。
だがそれは、言語ではなかった。“意味”が、脳に刺さってくるような感覚。
「待っ……!」
視界が、ひび割れる。
《スレッド=コード:Nave.AS》は目覚めた。
あらゆる信号が乱れ、周囲の廃材が浮かび上がる。
重力すらねじ曲がるほどの共振。構成因子が進化を開始した。
「暴走……してるのか、これ……!」
鋭利なコードが空を裂き、形なき糸が構造体を巻き込み、再構築する。
まるで世界の編み直しだ。
そして、出現した
《Nave.AS:仮構体》
人の姿を模した、糸の神。
目のない顔、無数の関節、常にほどけていくような体。
だが確かな意思だけは、こちらを見据えていた。
「。」
言葉にならない叫びが空間を穿つ。
構造言語だ。
この世界の奥底で封じられた、創造前の言葉。
「ヤバい……制御できない……!」
足元の廃材が崩れ、同時に新たな形へと転じていく。
この暴走は、再現でも攻撃でもない。
《Nave.AS》は、この世界の再定義を始めている。
俺は、ようやく気づいた。
「これは……創界種の力に、反応している!」
シェル=アルクの継承者である俺の存在が、Nave.ASを引き寄せたのだ。
そして、引き金になった。
けれど、この暴走に対抗できるのも
おそらく、俺だけだ。
「なら……やるしかないだろ」
震える右手に、使えるものを呼び出す。
【Reassembly Mark:起動】
錆びた鉄、焦げた回路、砕けた義肢の破片が浮かび上がり、
俺の手に鎖の槍として姿を成した。
「いくぞ、《Nave.AS》!」
初めての戦いだった。
そして、これが俺にとっての創造の第一歩だった。