仕返しのつもり?
どぞー!
_________....陽成 ハルト?
陽成 ハルトってなんだ?
見ると、教室の後ろのドアのところで、複数の女子が一組の教室に入るか入らないかギリギリのところで、キャアキャアと騒いでいた。
ネクタイの色から言語学科の人達らしい。
陽成 ハルト。
頭の中でその名前がこだました。
おそらく、シュント、という読みを間違えてハルトと勘違いしてしまったのだろう。
だから、俺に用はないんだ。
一瞬パニックになったが、すぐにそう気がついて安堵する。
「春人くんのことじゃないよね?」
加上が不思議そうに女子を眺めてそう言った。
「多分....。」
絶対的な確証はないが、あんな一軍の言語学科生が春人なんかに会いにくるわけないと思った。
シュントが春人の方を見た。
目が合って、俺は関係ないから、というように目を逸らすと、シュントが春人のところへやって来た。
そして春人の肩に手を回すと、
「こっちがハルトだけど?」
と女子達に向かって言った。
突然のことにギョッとする。
掴まれたところが痛い。「離せ」と引っ掻くように彼の手を掴んだが、力が強く振り払えなかった。
「え?陽成...じゃあ何?」
「俺はシュント。陽成 シュントで、こっちが久賀谷 ハルト。混ぜこぜになってるけど。」
「わー!そうだったんだ。読み勘違いしてたー!
私達シュントくんに会いにきたんですー!」
「きゃー!本当にいたー!」
黄色い歓声とはまさにこのこと。
甲高い女子の声に教室中の人が、チラチラと後ろのドアの方を見やる。
「あのぉう、私達、同じ言語学科にかっこいい人がいるって聞いてぇ。」
「一年ではクラス違うけど、二年からはずっと一緒だし、声かけとこうかなーって。」
「ふぅん。」
面白いのか、そうでないのか。シュントは曖昧で感情のこもっていないような返事をした。
顔は笑っているが、彼の意識は女子達に向いていないように思う。
....何か、別のことを考えている?
「...ねぇ、あんま強く掴まれたら痛いんじゃない。」
加上が庇うようにしてシュントの手を掴んだ。
そして「離しなよ。」と彼を睨む。
「...?誰だお前。」
ワンテンポ遅れて、シュントが戸惑ったように声を上げた。
春人ももう一度シュントの手を掴んで離そうとする。
「これ。どけて。痛い。」
「......。」
シュントは、春人を伏せ目がちで、見下ろすようにして静かに見つめた。
「...な、なんだよ。」
強気でいたいのに、美形が静かに表情を無くすと、普通の人に睨まれるより怖い。
少し声が震えた。
「あのぉー。」
後ろのドアに群がっていた女子達のうちサラサラのロングヘアの女子が声を上げた。
「シュントくぅん。今日放課後空いてますかぁ?
言語学科の何人かで集まってどっか遊び行こーって話してるんですけどぉ。」
言語学科の人、コミュニケーション能力凄すぎるだろ。
驚愕のあまり素直に絶賛してしまう。
加上や美琴もそうだったがリーダーシップ力?というのだろうか。とにかく何事にも適応するのが早すぎる。
.........まだ俺たちは出会って一週間も経っていないんだぞ?
「あー。ごめん。今日放課後、生徒指導入ってるわー。また今度でいい?」
シュントが首を傾けて微笑する。
その手は相変わらず春人の肩に乗ったままだ。
「えぇー。残念。初っ端から何やってんのー?」
「髪色アウトだったっぽい。地毛申請してるっつってんのに。マジだる。」
「うけるー。じゃあ、いつ遊べる?」
その問いかけに、シュントは少し考えると、「明日とか?」と言った。
そして何かを思いついたように春人の方をチラッと見る。
「あのさー、明日この子も連れてっていい?」
_____!?!?
「なんでっ!?嫌だよ!」
シュントの思いがけない発言に目を見開く。
彼は相変わらず微笑んでいたが、どうにも優しい笑みには見えず、何か悪巧みをしているようだった。
抵抗感がさらに強まる。
しかし、今もなお肩から手を退かせないままだ。
「え?誰?」
一軍女子の一人が明らかに萎えたような声と目付きで春人を睨んだ。
「久賀谷 春人くん。ほら。ピチピチの美術科生だよ。連れてカラオケでも行こ。」
シュントは春人の事など気にせずに着々と話を進める。
「あー....ね?」
「いやいや!いいです!あの、陽成さんが言ってるだけなんで!!」
空気読めよ、という無言の圧を感じて苦笑する。
とてもじゃない、ジャンルの違う人たちとカラオケなんて、胃もたれしてしまう。
別に陰キャでも陽キャなつもりもないが、極端に明るい人達と絡むのは苦手だ。
「あ、待って。見たことあるかも。その子。」
と一人の女子が言った。
「あれ?本当だ。あ、新入生代表の子じゃない?」
「あ、ほんとだー!!わぁ、近くで見るとあんな感じなんだぁ。まつ毛バサバサじゃーん。」
「本当だ。目ぇでっかぁ!」
「......えっと....。」
先程までの敵意剥き出しのような視線が嘘のように寛容になる。
「いいよー!一緒にあそぼー!」
「よろしくー!」
「....うそぉ...。」
どうやら春人を仲に入れるのは決定事項らしい。
なんてことになったんだ。シュントのせいだ。
最悪だ!
「よかったね。ハルト。お友達が増えて。」
シュントが不敵に笑う。
その笑みを避けるように顔を背けると、思いっきり肩を振って手を退かした。
キーンコーンカーンコーン...
キーンコーンカーンコーン...
休み時間の終わりを告げる予鈴が鳴った。
「じゃあーねー!」
「バイバーイ、また明日ね!」
ドアに集っていた女子達はわらわらと解散して行き、
教室はまた、少し静かになった。
シュントが自分の席に戻ろうとして、それを引き止める。
「......仕返しのつもり?」
出た言葉が怒火を含んでいるのを自分でも感じた。
声が震えているのは、今度は怒りで、だ。
「何のこと?」
「分かってんだろ。俺が、お前の提案断ったから。」
今日ダル絡みされたのは、おそらく昨日の仕返しだと思った。
もしそうだとしたら、本当に性悪な男だ。
「それは思い違いだな。でも、今日のでありかなって思ったよ。」
春人はじとっとシュントを睨んだ。
彼らの間には、不穏な空気が漂っていた。
春人の運命やいかに!