俺がお前の目覚まし時計とか無理だから!!!
どぞー!
「...と...ちょ...と...__」
「..........んぅ...ゔぅ.....____?」
「ちょっと.....!君!!こんなところで何やってんの!」
「....えぇ......?」
目を開けると、目の前に見知らぬ老人の心配そうな顔が飛び込んできた。
外の光が眩しくて、目がチカチカする。
春人は大きなあくびをして目を擦った。
ここはどこだっけ?自分は何をしようとしていたっけ。
春人は暫くぼーっと老人の顔を見つめて考えていた。
朝起きて、暗い部屋を彷徨う。
フラフラと廊下を歩いて、外気に触れて....。
____....誰か、人に会った気がする。
誰だっけ?
「I'm so freaking tired... Grandpa, can you give
me a hand?」
(まじねみぃ...おじいさん、手を貸してくんない?)
「え?」
言って「しまった」と思う。そういえばここはアメリカじゃないから、英語じゃ通じない。
日本語に直さないと。
面倒くさいなぁ..........。
「すんません。手を貸してください。」
そういうと、老人の顔がパァっと明るくなった。
突然の他国語に戸惑っていたらしく、日本語で言うと素直に手を差し伸べて起きるのを手伝ってくれた。
「びっくりしたよ!こんなところに私が勤める高校の生徒がいるんだから!ははは!」
「あ、はぁ。はは。どうもご心配をおかけしました。」
聞くと、この老人は藍坂総合高校の事務員さんらしい。
この路地裏を通って行ったほうが近いからいつもこの道を使っているのだとか。
「君、名前は?」
「陽成春人です。一年一組の....。」
「あぁ!新入生ね。朝早く起きるのに慣れてないの?それとも時差ボケ?さっき英語喋ってたよね。」
「どっちもですけど、朝が苦手なのが大きいです」
やけに馴れ馴れしい口調にやかましさを感じながらそう答える。
真っ白な髪。
くしゃっと笑ってシワのよった肌にはたくさんのシミがあった。
小豆色のキャップを被り、霞んだエメラルドグリーンのジャンパーを着ている。
ちょっと昔は白髪に染め直そうかな、なんて思っていたが、老人っぽく見えるからやめたんだった。
やはりこういうふうにはなりたくない。
「なんでこんなところで寝てたの?」
「えっと、普通に迷ってました。朝弱すぎて意識が朦朧としてるから思うように動けないのと、方向音痴なんで...。」
老人が豪快に笑う。
その笑い声と共に独特の口臭と唾が春人の顔に吹き付ける。
「......。」
不愉快極まりない、と言うのを悟られないように無表情を貫いていると、老人が「じゃあ行こうか」
と言った。
「...行く?」
「え?だって自分じゃ高校行けないんでしょ?一緒に行こう。」
思いもよらぬ提案に戸惑う。それと共にこの老人と一緒にいたくないと言う思いが込み上げた。
しかし、自力で高校には行けないだろう。
ここがどこかも分からないからだ。
「....…………たす…かり、ます。」
無理にひきつった笑顔を作って、春人は老人に謝意を述べた。
――――
学校に着くまでに、老人から質問攻めにされた。
どこ出身なのか、何故日本に来たのか、どこの学科なのか、朝が弱いのは生まれつきなのか、などだ。
どの質問にも適当に答えてうまくかわした。
赤の他人に自分のことを紹介したくなかった。
「はい!じゃあ、頑張ってね。自分の教室はどこにあるか分かるよね?」
「わかります。ありがとうございました。」
老人はにこやかに春人に手を振って、正門から見て左側の中庭に向かって、歩いて行った。
その後ろ姿が消えるより前に春人は下駄箱に向かった。
出席番号は二十五番。
しかし、二十五番の数字を探す必要はなかった。
当たり前だが、既に授業は始まっており、他の生徒の上靴はない。そのため自分の上靴を迷うことなく手にとれた。
...今何限目だ?と、近くにある時計を見ると十時三十分を指していた。
何限目だろうと、もう授業中だ。職員室に先生はいるだろうか。
昨日の朝も、道に迷って遅れて学校に登校した。
それを担任である燕明に面倒そうに咎められた記憶がある。
確かその時、遅刻したらまず職員室に行け、そう言われた気がする。
学年主任の森道恵に案内された職員室への道のりを思い出しながら、そこへ向かう。
静かな廊下に春人の足音....と、それとは別に誰かの声が聞こえた。
「...ねん...ちくみ..がたに....はる....です。」
体育館からだろうか?そう思って足を止める。
職員室に行くよりも、体育館に行った方が人が、先生がいるかもしれない。
体育館への道のりは簡単だった。
下駄箱の前の廊下を左に行って右に方向転換すれば体育館に繋がる扉がある。
春人は職員室を探すのを諦めて体育館に向かった。
しかし、職員室も体育館の扉の手前にあり、迷うほどでもなかったことに軽くため息をつく。
体育館の扉の前に来ると先程よりもよく誰かの声がよく聞こえた。
ゆっくりと音を立てないように扉を開ける。
「.... Who's that guy? (誰だあれ?)」
ステージの上に一人の男子生徒が立っているのが見えた。
白いスポットライトを浴びながら、他の生徒に向かって何やらスピーチをしている。
「みんなが本気だから生まれる競争や、技術の違いに嘆く事を乗り越えられる自信がありますか。」
___なんだそれ。
こんな大してレベルの高くない高校で生まれる本気の競争なんか、たかが知れてるだろ。
「僕にはあります。大勢の前で話すのは慣れないから、上手くできないけど、絵だったら。
絵だったら誰よりも本気に、誰よりも長く向き合い続けられる自信があります。」
本気で長く向き合い続けてないからそんなこと、簡単に言えるんだよな。
「みんなライバルです。みんなライバルで、みんな同士です。争う気はないけど、戦います。
これからの三年間で、力をつけて、夢を叶えるために。」
本当に本気で夢を叶えたい奴はもっと金積んでレベル高いとこ行くだろ。
「みなさん、戦い抜く覚悟と、自信を持って。
夢を叶えましょう。」
夢を叶えることができるのは一握りの人間だけだ。
軽々しく、夢を叶えるなんて言わない方がいいだろ。
春人は嘲笑うようにステージ上の誰かを見つめる。
それを食い入るように見つめて、耳を傾ける先生や、他の生徒が馬鹿馬鹿しくなって、春人は体育館を出た。
職員室の扉を叩いて先生を呼んだが、遅刻報告をするのは自分の学年の先生でないとダメらしい。
あの体育館に今、青学年の先生がみんな行っているので報告をするならまたあそこに戻らないといけない。
体育館に戻りたくなくて「じゃあ、また後で来ます。」と言い残して自分の教室に向かった。
――――
春人が加上と話しているのを見て、シュントの朝の記憶が鮮やかに蘇った。
あぁ、思い出した。
朝会ったのは春人だ。苗字は忘れてしまったが、名前の漢字が同じで読みが違うと言う共通点があったので覚えている。
それと、ちょっと悪ふざけで煽っただけでものすごく冷めた目で見られたのも印象的だった。
_____あぁ、いい事を思いついた。
同じクラスで、部屋が隣。
朝こいつに起こして貰えばいいんじゃないか?
そうすればもう道に迷うこともないから、遅刻することもなくなるはずだ。
流石にずっとこんな生活は続けていられない。
学校には遅れず行かないといけないし、迷子にはなりたくない。
よし。頼んでみよう。
_________
で、今に至る。
「朝部屋に俺を起こしに来て欲しいんだよ。スペアキーあげるからさ。」
そう言ってシュントがスクールバッグからアパートの鍵を取り出した。
「いやいやいや。何言ってんの?無理だよ。」
「なんで?ただやって来て「起きて!」って言ってくれればいいんだけど。」
「だって、俺だって朝弱いのに....うぅ...とりあえず無理!!!」
モーニングコールなんか、俺がして欲しいくらいだ。
実家離れして、ただでさえ朝起きるのが辛いのに、
誰かを起こしに行くことなんかできるもんか。
春人は激しく首を横に振った。
とてもじゃない、そんなことできない。
「じゃあ、連絡先交換して?朝になったら電話してよ。起きて少し経ってからでいいから。」
だから。朝俺も弱いんだって。起きてから三十分は経たないと人とまともに会話できないんだって。
「壁を叩くとかでも。あーでもそれ俺起きれる自信ねー。」
一人でギャアギャアと騒ぐシュントに段々腹が立って来た。
自分のことしか考えていない。
あまりに突拍子がない。
それにそもそも俺はシュントのことが嫌いだ。
何故嫌いな奴のお願いを俺が聞かないといけないの?
「あ!俺の部屋においでよ。そしたら朝___」
「俺がお前の目覚まし時計とか、無理だから!!!」
シュントの言葉を遮って春人は怒鳴った。
そして早歩きで教室を飛び出した。
信じられない。本当に。
非常識にも程がある。
絶対に。
絶対に俺はシュント言うことなんか聞かないぞ。
春人激昂!
シュントの反応は...?
次回もお楽しみに〜!