第九十四話 スキル『女神のキス』
地上に降り立った克生に向かって『世界喰い』の根が襲い掛かる。クロエのブレスで破壊されたはずだが、まだまだ本数に余裕があったということだろう。
克生は無駄の無いステップで攻撃を躱しながら根に向けて刃を振り下ろす。
ギャリリ
鈍い金属音とともに刃が途中まで食い込んで止まるが、強化された身体能力で強引に叩き切る。
「……さすがに硬いな、簡単には切り落とせないか」
『世界喰い』の身体はいわゆる物理攻撃にめっぽう強い。
「だけど――――今のでわかった」
克生が次々と根を切り落としてゆく。今度は刃が止まることもない。いわゆる斬る方向を変えたのだ。
「クロエ!!」
「克生お兄さま!!」
竜化を解除したクロエが天空から落ちてくる。
しっかりと受け止めた克生とクロエが見つめ合う。
「いくぞクロエ」
「はい!!」
二人の唇が重なった瞬間――――『女神のキス』が発動する。
克生とクロエ――――二人の身体から金色の光があふれ出し天にまで届く光の柱となる。光の柱はそれそのものが強力な結界、もしくは障壁となっており『世界喰い』の攻撃すら受け付けない。
二本の柱は交わり融合し一つの光の奔流となる。
そして――――光が徐々に消え――――そこに立っていたのは一人の人間だった。
克生の黒髪はアッシュグレーに、黒い瞳はバイオレットに変化している。全身を覆う鎧は、まるで竜の鱗のようだ。
幻想形態『クロエ』の型――――『女神のキス』は『女神の加護』を持つ者とキスすることで融合する力だ。その効果は想いの強さ、絆の深さに比例して大きくなる。
『わわっ!? 本当に克生お兄さまと融合しています……』
身体の主導権は克生にあるが、クロエの意識が消えるわけではない。
心と身体が完全に融合した今、クロエは例えようのない幸福感に包まれていた。抱きしめられるのとも違う。どれほど密着しても、愛の言葉を重ねても埋められなかった壁が無いのだ。
クロエでありながら克生でもある。今のクロエには克生の見ているもの、感じていること、考えていることすべてが自分のことのようにわかる。
なんという安心感だろう。こんなの知ってしまったら――――もう離れたくなくなってしまう。
『氷雪剣』
克生の魔剣にクロエの『氷雪のブレス』が纏うように重なると――――
斬るそばから『世界喰い』の根は凍り付いて砕け散ってゆく。
『はああああ!!!』
それどころか、ぶん殴っただけで根は凍り付いて砕け散るのだ。あまりの凄まじさに、近くで見ていた仲間たちがドン引きしている。
「あ……ヤバいですわ、これ……このまま倒しちゃうんじゃ?』
「まさか……ここまでの威力とは……ふふ、早く私も兄上とひとつになりたい!!」
「お兄ちゃんと一つに融合……はあ……はあ……もう……我慢できない」
「ひ、聖ちゃん? も、もう少し我慢しようね?」
顔が上気し、呼吸も荒い、それ以上に目がヤバい。聖の異常な様子に紗恋はもはや『世界喰い』どころではなくなっていた。
「克生くん!! 聖ちゃんがもう限界!! 早く交代してあげて!!」
『え!? あ、はい……』
あと一歩で本体を攻撃するところだった克生、紗恋の言葉に慌てて手を止める。もちろん最終的には倒すことが目的だが、妹たちとの融合を試すことも大事な目的なのだ。
「え!? あ……もう……終わりなのですか?」
突然融合が解除されて呆然としているクロエ。もっと融合していたかったというショックもあるが、融合による消耗が激しすぎて動けなくなっているのだ。
慣れて来ればもう少し違ってくるはずだが、今の段階では回復役が居ない状況で途中解除するのは危険すぎるようだ。もっとも紗恋が即座に回復させてくれるので問題はないが。
「クロエちゃん体調は大丈夫?」
「最高……でしたよ。もうずっとそのままでいたかったです……」
体調は問題ないようだが、いまだに夢見心地な様子のクロエを見て、焔と魔璃華は思わず息を呑む。
「魔璃華姉さま、次は私で良いですわよね?」
「馬鹿を言うな、姉である私が先に決まっているだろう?」
「まあまあ、その辺は克生くんに任せてるから、どっちでも行けるように準備だけはしておきなさい」
つまらなそうに紗恋が二人に注意する。本当は紗恋も融合したいのだ。羨ましくて妬ましくて死にそうである。
「……もしかしたら私も融合できるかもしれないわね、最後に試してもらおうかしら?」
「紗恋姉さん、それたぶんただのキスになると思いますよ」
「それでも良いのよ、私だって回復頑張っているんだからご褒美くらいないとね」
一方の克生と聖だが――――
「聖、体調悪そうだけど大丈夫か?」
「大丈夫です!! 今、この瞬間に絶好調になりました」
心配そうに聖を労わる克生だったが、杞憂だったらしいと判断する。
「聖、行くぞ」
「はい、心から愛しています」
「俺もだよ聖」
もはや戦場であることを完全に忘れているとしか思えないほど甘い空気を醸し出す二人。
「ちょ、ちょっと聖ってばあれはやり過ぎですわ!!」
「ま、まあ……想いの強さが影響するんだからアレが正解なんだろう」
あまりの濃厚な口づけに顔を赤くする焔と魔璃華。二人はわりと奥手なのであまり過激なキスは苦手というか照れてしまう。
融合しても克生と聖は同じ黒目黒髪なので外見はほとんど変わらない。少し髪が伸びて長髪になっているところくらいだろうか。服装はなぜか執事のようなタキシードに漆黒のマント。服装に関してはどうやら融合相手の好みが反映されるようだ。
顕現した幻想形態『聖』の型――――はしかし動かなかった。
「あれ……? おかしいですわね……」
「うむ、凄まじい力を感じるが……動く気配がない」
焔と魔璃華ははてなマークを浮かべるが――――
「ああ……たぶん聖が幸せ過ぎて壊れたのかもしれません」
実際に体験したクロエだからわかる。あれは――――危険だと。クロエもわりと愛が重い方だが、聖に比べれば風船程度だ。彼女があの究極の幸福感を味わってしまったら――――どうなってしまうのか想像もつかない。クロエは思わずぶるりと身震いする。
「でも身体の主導権は克生くんが持っているんでしょう?」
「それはそうなんですけど、全部繋がっているんですよ? 下手すると克生お兄さままで壊れてもおかしくないです!!」
今の二人には肉体という壁が無い。聖の狂気とも言える愛を受け止めきれなければマズいことになるに違いない。
今更ながら早まったかと冷や汗を流す紗恋。
妹たちも二人の融合体に向けて不安そうに祈る事しか出来なかった。




