第九十三話 『世界喰い』討伐戦
「それで――――仲間の『世界喰い』の位置がわかるというのは本当なのか?」
「ああ、わかる。ただ……一番近くの『世界喰い』しかわからないみたいだから、全体の把握は無理だな」
まあ……どうせ一体ずつしか倒せないのだ。問題はまったくない。本体と分体の区別に関しては、本体の場所がわかっているのでそちらも問題になることはないだろう。
「よし、それじゃあ出発しよう!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
克生の言葉にクロエが慌てて止めに入る。
「……お腹が空いて動けません」
しょんぼり項垂れる妹の姿に慌てる克生。
「ご、ごめん……クロエが飛んでお腹空かせていることは知っていたのに……ちょっと焦っていたみたいだ、よし、まずはクロエの空腹を満たそう。時間が無いから屋台のになっちゃうけど良いかな?」
「もちろんです!! 空腹は最高のスパイスですからね! 何でも来いなのです!!」
疲れているクロエをベンチで休ませて、皆手分けして屋台へ走る。
次々と運び込まれる大量の屋台飯を凄まじい勢いで平らげてゆくクロエの周りには、いつの間にか人だかりが出来ていた。絶世の美少女が美味しそうに食べている姿はそれだけで見惚れてしまう絵面だが、それ以上に食べている量が凄まじいのだ。
「おお!! なんて食べっぷりだ!! お嬢ちゃん最高だぜ!!」
「おう、良かったらうちのも食べてくれよ、もちろんサービスだ!!」
戦士の多いこの街で大食いはステータスでもある。そして――――クロエの食べっぷりは宣伝効果が抜群、周囲の屋台が競うようにクロエに食べてもらおうと列をなす異常事態となっている。
「お兄さま……どうするんですの? 連れ出せる雰囲気じゃないんですが」
「あはは……困ったね」
「置いてゆくわけにもゆくまいしな」
「……全員消しましょうか?」
物騒な聖の発言に、紗恋が仕方なさそうに息を吐く。
「仕方ないわね――――ミラーメイズ!!」
紗恋が使ったのは認識阻害の魔法。人々がクロエを見失っている間に連れ出すことに成功する。
「大変だったなクロエ」
「あはは……でもおかげさまで動けるくらいまでは回復しました!」
「そんなに食べたら後で名物料理が食べられなくなりますわよ?」
とても良い笑顔のクロエに焔が呆れたように釘を刺す。
「全然余裕です。あの程度の量、前菜にもなりませんよ」
「それは……羨ましいわね」
「くっ……羨ましい」
「この私が他人を羨む日が来るとは……」
紗恋、魔璃華、聖が羨望と嫉妬の混じった視線でクロエを睨みつける。
「そ、そうだね、ま、まあ……そろそろ出発しようか」
あまり触れない方が良いと本能的に察知した克生はあからさまに話題を変えるのであった。
『魔璃華姉さま、方向はこっちで良いのですか?』
「ああ、そのまま飛んでくれクロエ」
ノーストランの街から再び飛び立ったクロエは、『世界喰い』が現れたとされる山向こうを目指す。
十五分ほど飛行すると山の頂上通過し――――山向こうの様子が見えてきた。
「ここまで来るとはっきりわかるな……」
「そうですわね……生き物の気配がほとんど感じられないですわ……一か所を除いて」
つまり――――その場所に居るのが『世界喰い』でおそらくは間違いない。
時間が経てば魔物を呼び寄せて更に成長を続けるのだろうが、現在は餌になるようなものは周囲には見当たらない。
「あの状態を維持すれば成長しないというなら他にやりようもあるんだが――――」
「それは期待できないわね……根から大量の魔素が吸われているみたいだし」
どうやら餌を絶つことで飢えさせるという作戦は出来そうもない。正面から駆除するしかないようだ。
「地中からだけじゃあない、大気中の魔素も吸収しているし、植物のように光合成みたいなことも出来るらしい……ただ、あまりに急激に吸ってしまうと身体を維持するための養分が得られなくなるから、その辺は持続可能なように調節しているようだが」
魔璃華によって少しずつ『世界喰い』の生態が明らかになってゆくが、出来れば二度と関わりたくないし、女神によれば遭遇する確率は宝くじで一等を当てるよりもはるかに低い確率なので後世に語り継ぐようなものでもない。あくまでもこれは生態系から外れたイレギュラーなのだ。
「見えた!! サイズ――――約三メートル、ソードキアの『世界喰い』より大きい、全員、身体強化だ、魔璃華、念のため魔力障壁を頼む!」
克生の桁外れな視力が『世界喰い』の姿を捉えると同時に全員に緊張が走る。大きさによってどの程度個体差が出るのかはわからないが、確実に前回のものよりも強いと仮定すべきだ。克生たちもその時よりも強くはなっているが、同じように倒せる保証などどこにも存在しない。
「来るぞ!! 迎撃準備!! クロエ、まずはブレスで先制攻撃だ」
『はい、克生お兄さま!!』
クロエの口からすべてを凍らせる死の吐息が放たれる――――『氷雪のブレス』は迎撃しようと地中から出てきた根を次々と凍らせるが――――結果的に本体に届く前にすべて防がれてしまった。
「動きや速度もそうだけど、強度が段違いだな……中途半端な火力では突破出来そうにないか」
今の攻防である程度の戦闘力を把握した克生が厳しい表情になる。
『どうします?』
「クロエ、例のスキル、試すぞ」
『わ、わかりました!!』
克生の言葉にクロエが明らかに動揺する。
「お兄さま!? なぜクロエ姉さまなのですか!! 『世界喰い』相手なら私の方が――――」
「お嬢さま、大丈夫です。お兄ちゃんはちゃんと全員分スキルを試すはずですから」
「聖……なるほど、私がとどめを刺すというわけですわね、そういうことなら先陣はクロエ姉さまに譲りますわ!!」
「いきなり新スキルか……まあ……想定を超える強さだからやむを得ないだろうな」
妹たちがスキルで盛り上がっている中――――
「はあ……また私だけ仲間外れかあ……仕方ないとはいえ寂しいものね」
紗恋は愚痴をこぼす。新スキルは紗恋には使えないからだ。
「紗恋さんが回復を担ってくれるからこそ成り立つ作戦です、頼りにしてますんで!!」
「わかったわよ……せめて期待に応えて役に立つところを見せないとね」
克生が入手した新たなスキル『女神のキス』は強力だがそれだけに激しい消耗を強いられる。本来なら何度も連続して使うことを想定していないが、紗恋が回復役に徹することで可能となるはずなのだ。
もちろん実戦で試したことがないのだから、作戦というよりは実験の側面が大きいわけだが。
焔、聖、魔璃華、紗恋がクロエから飛び降りて魔力障壁の中から戦いの様子を見守る。
いよいよ克生の新スキルがそのベールを脱ぐことになる。




