第九話 二人目の義妹
「あの清川さん、そう言えばそのお嬢様って、私にとって妹になるんですか、それとも姉?」
克生にとってはどっちに転んでも妹だが、クロエにとっては大事なことらしい。真剣な表情で尋ねる。
「一日違いでクロエさまの妹、ということになりますね」
「そうなんですね!! 良かった……私、ずっと妹も欲しかったから」
嬉しそうにしているクロエを見て苦笑いする清川。
「まあ……お嬢様は見た目だけなら可愛らしいんですが……私なら妹にはしたくはないですね。だからといって姉はもっと嫌ですけれど」
「あ、あはは……」
「そ、そうなんですね……」
雇い主に対して一切遠慮のない清川。反応に困る克生とクロエであった。
克生とクロエの前に一人の少女が腰かけている。
ハーフアップにした髪を大きなリボンで留めており、一見すると清楚な雰囲気のいかにもお嬢様といった美少女だ。長身のクロエはもちろん、同世代と比べても小柄な方だろう。小動物っぽい可愛らしさと裏腹に強い意志を感じる眼差しと気の強そうな口元に、克生は内心小型犬っぽいな、などと感想を抱いていた。
「私が鳳凰院 焔よ。当主であるお母さまの命令だから仕方なく受け入れてあげたけど――――私はアナタ方を兄姉だなんて認めたわけじゃないんだからね!! 部屋はたくさんあるから好きにすれば良いけど、私には馴れ馴れしく話しかけたりしないで――――って……ええええっ!? ちょ、ちょっと待って……清川っ!! なんであの超人気モデルのクロエがここに居るのよっ!?」
おお……なんだかイメージ通りのお嬢様だ……しかもわりと良く喋る……と驚きを通り越して感心している克生とクロエ、そしてコメカミを押さえながら冷たい視線を送る清川。
「……その点でしたらきちんとご報告したはずですが……まさか聞いてらっしゃらなかったのですか?」
「え? そ、そう言えばそんなことを言っていたような……だって新刊のことで頭が一杯で……」
清川の指摘に慌てて言い訳を始める焔。
「ところで……私のこと知っているんですか焔さん?」
ちょっと焔が可哀想に感じて、自ら話題を変えようとするクロエ。初対面とはいえ可愛い妹、お姉さんらしいところを見せたいという思惑もある。
「え……? やっぱり本人!? それじゃあまさか……」
「はい、初めまして私が貴方の姉でモデルの黒崎クロエですよ」
クロエが専属モデルをしているファッション誌『スプラッシュ』は、創刊号から売り切れが続いており、増刷が追いついていない。そしてクロエ、KATSUKIを見出した紗恋の評価はうなぎ登り。今やクロエは十代の女の子にとって、憧れの対象となっているのだ。
実は焔、熱狂的なクロエのファンであり、初めてクロエが登場した創刊号からすべてのナンバーを保存し、彼女が誌上で着ている服は全部即購入するほど推している。
「あの……クロエが私の……姉、いえ……お姉さま……? これは夢かしら? き、清川、私のほっぺたをつねってみてくれない?」
「……かしこまりました」
「ぎゃあああああ!!? 痛い痛い痛いっ!! わ、わかったから離しなさい」
日頃のうっ憤を晴らすべく全力を投入した清川がすっきりした表情で手を放す。
「どうやら夢ではないみたいね……クロエお姉さま!! 屋敷をご案内しますわ、さあこちらへ」
赤く腫れあがったほっぺたにもめげず、うっとりとした様子でクロエの手を取る焔だったが――――
「焔……待ちなさい。まだ克生お兄さまと挨拶が終わっていないですよね――――?」
氷点下の視線のまま焔の腕をギリリと捻り上げるクロエ。普段は温和な彼女だが、克生のこととなると性格が一変、氷の女王、氷帝へと豹変する。
「ひ、ひぃっ!? そ、そうでしたわね……えっと……アナタが香月克生かしら?」
兄にたいして呼び捨てですか……? とキレかけるクロエだったが、気にするなという克生の視線を受けて不満そうではあるが口は出さないで耐えている。
「ああ、俺が香月克生だ。義理のだが一応お前の兄ということになる。よろしく焔」
優しく微笑み返す克生を見て、わかりやすく焔の頬が赤く染まる。
(ふ、ふーん……ちゃんと見てなかったけど見た目は悪くないわね……というか結構好みかも――――大好きなKATSUKIにちょっと雰囲気が似てるし……)
「どうした焔?」
「な、何でもないですわ!? それより克生は小説家なんですって?」
「まあ……一応、な。焔は小説とか読むのか?」
「当然でしょ? 自慢じゃないけど鳳凰院家次期当主の嗜みとして、気に入った作家の新刊は発売日より前にすべて読んでいるわ!!」
多くの出版社の大株主である鳳凰院家だからこそ出来る力業ではあるが、その作品に対する愛と熱量は本物だったりする。
「それはすごいな……」
素直に称賛する克生に気分を良くする焔。
「全然大したことないわ、でもせっかくだから克生の作品も買ってあげようかしら、香月克生なんて聞いたこと無いけど一応出版しているんでしょう?」
「あはは……俺はペンネームで出版しているからな。知らないとは思うけど、真夏にセーターっていう名前で――――」
「へ……?」
克生の言葉を聞いて固まる焔。
そう――――焔は真夏にセーター先生の熱狂的、いやもはや妄信的と言っても良いレベルのファンであった。出版されている書籍は当然すべてコンプリート。保存用布教用含めれば最低百冊同じものを購入している。さらに言えば部屋を一つ丸ごと専用書庫にしているほどの入れ込み具合だ。
実は二人がここにやってくるまでの間、焔が熱心に読んでいたのは真夏にセーター先生の新刊、つまり克生の本だったりする。
「あ……ああ、あの真夏にセーター先生が私の……兄、いえ……お兄さま……? き、清川、私のほっぺたをつねってみてくれない?」
「……かしこまりました」
興奮のあまりガクガク震える焔にたいして――――清川は一切の遠慮なく命令に応える。
「ぎゃあああああ!!? 痛い痛い痛いっ!! さ、さっきより痛い気がするんだけどっ!?」
「気のせいですお嬢様」
両頬を赤く腫れあがらせて涙目の焔と憑き物が落ちたように涼やかに微笑む清川。克生とクロエはそのコントのようなやり取りを見て苦笑いするしかない。
「あ、あの……私の持っているお兄さまの本にサインをいただいてもよろしいですか?」
すでに赤く腫れあがっている両頬をさらに染めながら、克生にサインをねだる焔。
「なんだ、そんなことお安い御用だよ。可愛い妹のためならね」
克生は知らない……焔の所有している本は数千冊あることを――――




