第八十九話 終わりの始まり
全世界に衝撃が走った。
立て続けに舞い込んだ情報の真偽を巡って各国王家は対応に追われることになった。
奇しくも時を同じくしてもたらされることとなった一報。
竜皇国からの緊急通達、ジラルディ騎士国からの注意勧告、
そして――――勇者一行の使い魔から届いたメッセージ。
ここまで事態が重なればとても無視することなど出来るはずもない。
『世界喰い』
それは世界を消滅させるだけの力を持った存在だという――――
これまでも世界の危機はあった。
だが――――今回のそれは今までと違うらしい。
邪神を滅した伝説の勇者ですら手に負えない化け物、わかっているのはそれだけ。
各国、各ギルドが一体となって行方不明事件や異常な出来事が起きていないか情報が精査され――――
その結果、『世界喰い』の関与が疑われる案件が十五の国と地域で確認された。具体的な被害は確認できないが、近くにあった街や集落は絶望的と思われる。
当然――――その十五か所は立ち入り禁止区域に指定され、同時に周辺地域からの避難も始まっている。もちろん根本的な解決にはならないが、強力な冒険者や騎士団を派遣したところで『世界喰い』養分となってしまうだけなのだ。今出来ることは、少しでも『世界喰い』の成長を遅らせることくらいしかない。
まさに終末世界の様相だが、人々はまだ絶望はしていなかった。
世界中に存在する神殿に『女神の神託』が降りたのだ。
曰く――――女神の加護を受けた者たちが世界を救うと。
世界中の人々が女神に祈りをささげる。
かつてないほどの祈りが――――信仰心が高まり――――神殿は信徒で埋め尽くされた。
『――――というわけでね? 絶好調なのよ私!!』
「……はあ、それは――――良かったですね」
『何よ、反応薄いわね克生くん?』
「それは――――前触れもなくいきなり連れて来られたらこうなりますって――――女神さま」
克生は目の前で微笑む女神にため息をつく。なんだかどんどん態度がフレンドリーになっているのは気のせいだろうか?
『ふふん、皆の信仰心によって今の私はかつてないほどに力が高まっているのよ!! こうしていつでもどこでも克生くんを連れてくる、なんてことも出来るようになったし……『世界喰い』も悪いことばかりじゃなかったわね』
「……いやいや、『世界喰い』倒さないとその力の源が無くなってしまうんですよね? っていうか、『世界喰い』増殖してますよ!! 本当にまだ大丈夫なんですか?」
女神さまの話では『世界喰い』を勇者一行が食い止めているから大丈夫ということだったが――――
『あ~……それね、ゴメン想定外、私の知っている世界喰い』と種類違うみたいでね? このままだと多分……一年持たないかな』
女神の言葉に固まる克生。
「そ、そんな……学校行ってる場合じゃなかったじゃないですか!!」
『うんうん、ごめんね。だから今呼んだんだけど……』
「……ちなみにいつ気付いたんですか?」
『……わりとすぐ』
克生の質問に目を逸らす女神。
「一応聞きますけど……すぐに教えてくれなかったのは何故ですか?」
『……自信満々に言い切ったのに間違っていたらなんか恥ずかしいじゃない? 一応神さまだし』
「……はあ、まあ……気持ちはわかりますし、こうして教えてくれたんですから責めませんが――――」
『さっすが克生くん、優しいわね!! でも安心して、想定外はそれだけじゃないの!』
なぜか嬉しそうな女神に不安が増してくる克生。これ以上想定外は正直勘弁して欲しいのだが。
『うふふ、大丈夫、良い方の想定外だから』
そう言って唇に指を当てる女神。その白銀の瞳に見つめられると不思議と気持ちが落ち着いてくる。
『克生くんのステータスよ。まさかこんな短期間で勇者を抜くなんて完全に想定外だったわ』
「ええっ!? 俺……父さんより強くなったってことですか?」
最低でも数年はかかると覚悟していたのだが、まだ一か月も経っていないのだ。もし本当ならたしかに想定外だと克生も驚く。
『そうよ、さっき『世界喰い』の苗木を倒したことでさらに差がついたわね。まったく……ハーレム主人公はこれだから……』
「え……? 俺、ハーレム主人公なんかじゃ――――あ……何でもないです……」
女神にジト目を向けられて反論しようとした克生だったが、まったく反論出来なかったので押し黙る。
『まあ……貴方の可愛い妹の聖ちゃんに御礼を言いたいくらいよ。結果的に想定外が相殺出来そうなんだから!』
なんで聖? と不思議に思う克生であったが、不測の事態が相殺できるのであればたしかに僥倖だ。
「それじゃあ、このまま頑張れば何とかなりそう――――」
『それは無理』
「――――え?」
女神はたしかに相殺出来そうと言ったはず。一体どういうつもりなのか真意を測りかねる克生。
『たしかに克生くんの成長速度は驚異的だし想定以上に素晴らしいんだけど――――どう計算しても間に合わない。あの『世界喰い」はね――――一定以上成長すると爆発的に増殖するの』
さすがの克生も言葉を失う。今回のように情報が間違っている可能性は期待出来そうもない。
これまで血のにじむような苦労は一体何だったのか――――いや……よく考えたら主にイチャイチャしていた方が多かったような気もする。それなら――――良いか、とならないのは克生が真面目だからだろう。
「女神さま、何か、何か方法は無いんですか? 俺、何でもしますから!!」
『ねえ……克生くん、なんでそこまで必死に救おうとするのかな? だってキミの世界じゃないんだよ、助けたい人が居るなら地球へ連れて逃げれば良いじゃない?』
銀糸のような柔らかな髪がサラサラと心地良い音を奏で――――どこまでも透き通った白銀の瞳が克生をとらえて離さない。
「そんなの――――俺がこの世界を大好きだからに決まってるじゃないですか!!」
この世界に来てから日は浅いが、その景色や不思議な生態系、そこに住む人々に克生は魅了されていた。
それに――――
克生は女神を見つめる。
「だって――――あの時、貴女がとても悲しそうだったから。好き……なんですよね、この世界が、俺も同じです。だから――――守りたいんです。この世界も――――女神さまの笑顔も」
女神には人が考えていることなど手に取るようにわかる。だからこそ――――克生の純粋で真っすぐな想いは届く――――女神だからこそ誰よりも強く、深く届くのだ。
『まったく……私をなんだと思っているのかしら……神を守りたいだなんて初めて言われたわ……ふふふ、ええ、そうね……克生くんの言う通りだわ。私はこの世界を愛してるし、何とかしたいと思っている』
女神が意味深な笑みを浮かべて克生の頬に両手を添える。
『だから――――ね? 私から提案があるのだけれど』




