第八十八話 『世界喰い』という世界の危機
「それでカツキさま、これは一体なんなのですか?」
すっかり元気になったマイアが克生を問い詰める。まあ……克生のせいではないのだが、あやうく死にそうになったのだから当然の反応だろう。
「マイア、くっ付きすぎです」
意識が回復してからずっと克生に抱きついているマイアを聖が引きはがす。
「えへへ……つい」
「まったく……油断も隙もありませんね」
ため息をつきながら克生の胸に顔を埋めてすりすりしている聖。
普段あまり人前ではしないのもあるが、純粋に聖が怖いので誰もツッコまない。
「植物の魔物だけど――――たぶん『世界喰い』だと思う」
聖の頭を撫でながら真剣な表情で切り出す克生。
「『世界喰い』ですか? 聞いたことが無い魔物ですが……」
マイアを始め、他のメンバーも聞いたことが無いと首を振る。
「俺も詳しいわけじゃないんだけど、この世界じゃない外からやってきた存在らしい。倒さなければ数十年から百年以内にこの世界を喰い尽くして消滅させるほど強力な敵性存在だ。現在勇者一行がダサラ大森林で対峙しているのが『世界喰い』の本体で、おそらく今回倒したのは――――苗木みたいなもの……だと思う」
克生の言葉に固まる『紅蓮の刃』一同。それはそうだろう、世界が消滅すると言われればそうなる。特につい先ほどまでその脅威を実感として味わっていたのだ、克生たちがいなければ絶望に塗りつぶされていたに違いない。
「ま、待ってくれ……な、苗木って……じゃあ……本体は一体……」
滅多に動じることが無いイスマイルが動揺している。克生が言っていることはもちろん理解している。しているからこそ聞きたくない。もしそんなものが実在するなら――――この世界はもう――――
「ああ、比較にならないほど強大で強力だと思う」
克生は感情を出さずに答える。
「か、カツキさまなら倒せますよね? 苗木だって倒せたわけですし……」
マイアがすがるように抱きついて聖に再び引きはがされる。
「いや……たぶん、今のままじゃ勝てない」
今回の苗木はせいぜい高さ二メートルくらいしかなかった。それでも結構ギリギリだったのだ。
本体がどれほど大きいのかはわからないが、今の火力で倒せるとはとても思えなかった。
「そ、そんな……」
克生は絶望して崩れ落ちるマイアをそっと抱き寄せて安心させるように背中に手を置く。
「大丈夫だ。俺たちは『世界喰い』を倒すために女神さまから力をいただいたんだ。何年、何十年かけてでも必ず倒すよ。それでも万一倒せなかった時は――――全員連れて俺たちの世界へ避難させる。だから、心配することなんてないんだ」
真っすぐで自信に満ちた克生の言葉に、マイアたちもようやく冷静さを取り戻す。
「そ、そうだよな、まだ時間はあるんだ、今すぐ世界が消滅するわけじゃない!!」
自分たちに言い聞かせるようにカイルが軽口を叩く。
「その通りだよカイル、ただし、今回の件でも分かったと思うけど本体だけ抑えれば良いという状況ではなくなっているみたいだ。不安を煽るようで申し訳ないけど――――竜皇国が『世界喰い』に浸食されて国外への避難を余儀なくされている。もしかしたら他の場所でも被害が出ているかもしれないしね」
今回わかったが『世界喰い』を発見することは極めて困難だ。獲物は逃がさないから目撃者も居ないまま被害だけが増えてゆく。気付いた時には竜皇国のように国土を放棄するしか手がなくなってしまう可能性が高い。
現状、勇者一行が本体を抑えている以上、増殖する『世界喰い』を倒せる可能性があるのは克生たちしか居ないのだ。
マイアたちの衝撃は大きかった。世界最強の竜皇国ですら逃げ出すしかなかった化け物がこの世界のどこかで増え続けている可能性があるのだから。
暗い表情で俯く彼らに向かって克生は努めて明るく語りかける。
「とにかく一度ソードキアへ戻ろう。こうなった以上、グラハムさんから世界中の国へ注意勧告を出してもらった方が良い。被害が増えればその分残り時間が減ってしまうから」
苗木の段階なら倒せることがわかった。それは大きな自信になったし『世界喰い』とて無敵ではないのだという励みになる。他にもいるかもしれないし、いないかもしれないが、情報を集めておくことは必要だろう。いずれにしても最終的には克生たちが倒さなければならない敵なのだから。
「……話はわかった。至急各国へ連絡しよう」
ジラルディ騎士国王代グラハムの決断は早かった。即座に手配に取り掛かる。
おそらくは竜皇国からの情報もすでに広がり始めている頃合いだ。信じてもらえる可能性は高いし、今は信じてもらえなくとも異変が起こった時に初動が変わってくるだけでも意味がある。
「我が国の危機を救っていただき感謝するよカツキ殿。でも――――まさか紅蓮の刃がキミの雇っているパーティだとは思わなかったけどね」
「あはは、お役に立てて光栄ですよグラハムさん」
呆れ顔のグラハムの視線から目を逸らす克生。
「それは良いんだ――――問題は――――サラ!! お前までカツキ殿の世話になっていたことだ、まあ……探してくれるように頼んだのは私だが――――」
国を飛び出しダサラ大森林へ向かった愛娘が――――カツキたちと一緒にやって来た時はさすがに驚いていたが、ようやく落ち着いてきたのだろう。サラに厳しい視線を向ける。
「はい、父上、現在はカツキと寝食をともにして剣聖に相応しい剣士になれるよう精進しております!! あ、聞いてください!! 私、カツキのおかげで魔力が大幅に増加したのです!! これも毎日添い寝してもらったおかげ――――あ……!?」
しまった、という顔で克生の方を見るサラ。
克生は苦笑いしながらグラハムに弁解する。
「誤解を招くような表現がありましたが、サラ一人と添い寝しているわけではありませんのでご安心ください」
「……お兄さま? もしかして弁解しているつもりですか?」
「……え? 俺、何か間違っていたかな?」
焔がやれやれとため息をつく。
「グラハムさま、お兄さまとサラはすでに婚約をしている仲ですわ。だから心配ご無用なのです!!」
「焔、それでは伝わらん!! サラは私たちと同じ兄上のハーレムの一員となった。家族同然だから安心して欲しい」
「わ、わかった……もう良い」
真璃華の駄目押しで完全に状況を理解したグラハムだったが、困惑すれど怒りは無かった。
男勝りで婚約どころか男性に興味すらない剣術馬鹿な娘に婚約者が出来たのだ。こんなにめでたいことはないだろう。それに――――克生は伝説の勇者と聖女の息子、相手としてはこれ以上考えられないほどの優良物件。国を救ってくれた英雄でもある。
「サラ……頼むから愛想をつかされないように、な?」
「ど、どう云う意味ですか父上!?」
「そういうところだよ……サラ。とにかく後継問題を忘れないでくれよ」
「何かと思えばそんなことですか、大丈夫です! 最低三人は産むつもりですので一人くらい剣聖になれるでしょう。ですよねカツキ?」
「ええっ!? あ、ああ、うん……」
突然話を振られて答えに窮する克生。
「ならば私は四人です!!」
「ひ、聖っ!?」
「ふふん、その程度ですか? 私は五人ですわ!!」
「焔まで……何言ってるんだ!?」
「……六人欲しいです」
「クロエさんっ!?」
「はははっ!! こういう時は野球チームを作るものと相場が決まっているのだ、九人だ!!」
「魔璃華……それなんの相場?」
「まあ……人族の寿命じゃそれくらいが限界よね? その点私なら……百人はいけるわよ、克生くん?」
「紗恋さん……なんのアピールですかっ!?」
子どもは嫌いではないし、いずれはとも思っているが、高校生になったばかりの克生にはまだ考えられない――――というか多すぎる。
「しまった……完全に出遅れました」
「くっ……竜は多産じゃないから……」
悔しそうに歯ぎしりするミルキーナとハクア。
「おいマイア、アレ……どうするんだ?」
「ふえっ!? ま、まだ早いというか……その……そういうことはちゃんと手順を踏んでから――――」
「駄目だ……ポンコツになってやがる」
「えっと……何の話だっけ?」
完全に忘れられているグラハムであった。




