第八十六話 規格外の実力
『紅蓮の刃』に所属する魔導士ユグノーは信じられないものを目にしていた。
「聖、根を切除!!」
「はい、克生さま」
何も視えなかった……一瞬何かが煌めいたと思った瞬間にはマイアを貫いた根が粉々になっていた。
パーティ全員で傷一つ付けられなかった……あれだけ硬いものが……信じられない。
「焔、吸引と焼却!!」
「承知しましたわお兄さま――――」
燃え盛る炎に粉々になった破片がまるで吸い寄せられるように集まってゆく。
あれは……風の魔法の応用なのか? そして――――あの火力、見た目は普通の炎魔法に見えるが……とんでもなく圧縮されている。少なく見積もっても上級魔法以上の威力がありそうだ。しかも――――同時並行してマイアの傷口を焼いて止血処理まで――――それを無詠唱だと……!?
天才――――なんて言葉では形容できない。
天才ならこれまで何人も見てきた。彼らはたしかに凄かったし、同じスタートを切ったはずなのにいつの間にか背中が見えなくなっていた。
だが――――あくまでも同じ土俵の上に居た。何が凄いのか理解できたし、習得スピードが異常なだけで時間をかければ自分にも同じことが出来るかどうかは別にして、そういう意味では想像の範疇にあった。
違う――――あれは魔法なんかじゃない。あれは……現象そのものを操っているんだ……まるで呼吸をするように自然に力を行使している。そう言う意味ではむしろ人間ではなく精霊に近い。
普通魔法というのは力を安定化させるために詠唱というものが存在する。魔法を行使するためには、魔力を変質させ、現象を安定化、方向性を持たせる必要がある。これは両の手それぞれで別々の動きをしながら同時に頭の中で複雑な計算をするに等しい難易度だ。それでようやく発動するのだが――――対象はじっとなどしてくれないし、時間をかければこちらがやられてしまう。少しでも作業を簡略化して時短をはかるのが詠唱本来の役割であって、無詠唱というのはイメージと違い時間がかかるのが普通なのだ。
「紗恋さん!! マイアを頼む」
「わかってるわよ――――エターナル・ヒーリング!!」
マイアにぽっかり空いた傷口がみるみるうちに塞がってゆく。瀕死の状態で蒼白だった顔にも赤みがさしてゆく。
ば、馬鹿な……エターナル・ヒーリングは記録に残っている回復系魔法の最高到達点だぞ……まさか使い手がいたとは思わなかったが……さすが伝説の精霊姫サレン公女ということか。
「兄上、私は?」
「魔璃華は皆を守って――――ちょっと加減出来無さそうだから」
「なるほどね……了解」
マリカさまの瞳が燃えるように紅く、爛々と光っている。たしか魔物使いだったはずだが……一体何をするつもり――――
「少し下がって私の後ろから絶対に動くな。今から魔力障壁を展開する――――兄上が全力で戦えるように」
魔力障壁!? 魔物使いが? いや、実力を疑うわけではないが、魔力障壁というのは高位の魔導士でも難しいのだ。その難易度は言うまでもないが、何よりも莫大な魔力量を必要とする。自分一人だけを守るだけでも大変なのに、これだけの人数を守る障壁ともなればどれだけ魔力が必要なのか想像も出来ない。
「なっ――――!?」
あ、あり得ない……に、二重障壁……だと!?
私たちを守るように展開された魔力障壁とは別に、辺り一帯を包み込むように展開されたもう一つの魔力障壁。理解が追いつかない、魔導士ならわかる、これがどれだけ馬鹿げていてあり得ないことなのか。俺が百人いたところで全然足りないだろう。範囲が広いだけではないのだ、その強度――――おそらくはどんな魔法や攻撃も通さないだろう。
そんな俺の視線に気付いたのか、マリカさまがニヤリと笑う。
「だって――――私は魔王、だからな!!」
ま、魔王? 今……魔王と言ったのか? だが――――魔王は勇者一行に同行しているはず?
「すまん、魔王の娘、今のところは、な!!」
な、なるほど……それならばこの馬鹿げた魔力もある程度納得は出来る。魔族は人族よりもはるかに高い魔力適性と魔力量を誇っている。魔王とはその魔族の頂点、最強の存在なのだから。
だが――――それでもこの魔力障壁の強度は異常だ。それだけあの植物が危険なのだろうか?
「ああ、それもあるけど……たぶん兄上の方が危険だからな……これでも気休めにしかならない」
これで――――気休め? ドラゴンでもビクともしなそうなこの規格外の魔力障壁が!?
マリカさまの兄上――――カツキさまは私たちのスポンサーで魔道具を創り出した人物だ。俺が使っているこの杖も彼の手によるものだ。無用なトラブルを防ぐため見た目は地味だが、その威力を考えると国宝級といってもおかしくない逸品。本来なら俺のような半端な魔導士が持っていいものではない。
もしかして――――俺たちは勘違いしていたのか?
優しそうな見た目と華奢な体格、てっきりカツキさまは凄腕の錬金術師なのだと思っていた。
その隙の無い立ち居振る舞いから実力者であることは疑っていなかったが、あくまでも後衛で指揮を執るタイプなのだと思っていた。
だが――――
ヒジリさま、ホムラさま、サレンさま、そして――――目の前にいるマリカさまの額にも冷や汗が流れている。
大地が震える――――空気の密度が変わる――――
魔力が見える俺にはわかった。
カツキさまから放たれる凄まじい魔力の奔流が。
震えが止まらない――――魔族であるマリカさまの魔力も出鱈目だったが――――これは次元が違う。
海水をすべて一か所に集めても――――この深さには及ばない。
すべての山脈を重ねたとしても――――この高みには届かない。
もはや人が身に纏うレベルの魔力ではない。
こうして俺が意識を保っていられるのは――――カツキさまが一切こちらへ矛先を向けていないこととマリカさまの障壁のおかげだ。アレを向けられたら何もせずに死ぬ――――間違いなく即死レベルだ。
(逆に言えば……そこまで本気を出さなければならない相手だってことか……)
今更ながら俺たちの手に余る相手だったと実感する。命が助かっただけで儲けものだ。
「安心するのは早い、兄上でどうにもならなければ逃げるぞ」
……あのカツキさまでどうにもならないって――――それ世界が滅びるんじゃ?
「安心しろ、逃げるだけならどうにでもなる」
俺の心を見透かすようにマリカさまは男前な笑顔を浮かべた。




