第八十一話 異世界ピクニック
「それじゃあ出発しますよ」
鳳凰院家のロビーに集まっているのは、克生と妹たち、そしてハーレムメンバーと一部のメイドたちだ。
メイドたちは大きなバスケットを持っているが、それはこれから行くのがピクニックだからだ。
しかし――――サラ、ハクア、ミルキーナの三人を除いたハーレムメンバーとメイドたちの表情はどこか緊張しており、中には悲壮な決意を固めている者すらいる。
なぜなら――――目的地が危険な異世界だからである。
メンバーは全員克生によって強化されており、着ている服や装備はすべて彼が創った特製の魔道具となっている。安全面は万全なのだが、魔物と対峙したことが無い者にそれを実感しろというのは酷な話だろう。
「ふふ、楽しみですねミサキ」
「ええ、腕が鳴ります!!」
今回のピクニックを言い出したサクラ王女やミサキはあくまで例外。
「真冬先生……私怖いんですけど!!」
「大丈夫だ城ケ崎、私も怖いからな」
「はあ……私は絵を描きたいんだけどなあ?」
「ちょ、ちょっと真尋っ!? なんで私まで!!」
「あはは、諦めが悪いよマネージャー、克生とイチャイチャしたんだから自業自得だよ」
「霞、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「だ、大丈夫です……聖さま」
初めて異世界へ行くメンバーは悲喜こもごもの反応を見せているが、異世界経験者たちにとっては完全にピクニック気分だ。今更緊張することなど何もない。
「これからゲートを開く。行った先に盗賊や魔物が居る可能性もあるけど、俺たちが先行するから安心してくれ。もっとも……皆が着ている装備は万一ドラゴンが居てブレスが直撃したとしても耐えられるはずだから大丈夫だよ」
克生は安心させるつもりで言ったのだが、かえって不安を煽る形になってしまった。何人かは出発前だというのにすでに泣いている。
「お兄さま……あの言い方は無いですわ」
「克生お兄さまってわりとSなところありますよね?」
「うむ、あんなことを言われて行きたくなるのは私ぐらいだろうな」
義妹たちから責められてさすがの克生も猛省する。
「どうしよう聖?」
「泣いているものを抱きしめて安心させてやれば良いのです」
「なるほど、わかった!!」
しかし――――その言葉を聞いて――――全員が泣き始めた。
「うええ……!? これどうしよう聖?」
「うわあああん、怖いですお兄ちゃん」
「…………」
なんでお前まで泣いているんだ、とツッコむほど克生は野暮ではない。
黙って全員抱きしめる克生であった。
「わあ!! ここが異世界ですか……空も違いますし、植物も観たことが無いものばかりですね……気のせいかもしれませんが空気まで違って感じます」
目の前に広がる異世界の絶景に興奮冷めやらぬ王女サクラ。近くに生えている花を摘もうとしてミサキに止められる。
「サクラさま、花に擬態した魔物の可能性もありますし、想像もつかないほどの毒を持っているかもしれません。お気持ちはわかりますが、何かする際は異世界出身の方々に確認してからお願いします」
「そ、そうだったわね……ごめんなさいミサキ」
「ふふふ、サクラさま、それはただの花ですよ、毒もありませんし魔物でもありません。根を煎じれば痛み止めの効果がある薬草でもあるので、ギルドに持って行けば換金も出来ます」
今回ガイド役をつとめている異世界三人組の一人、ミルキーナが笑いながら花を摘んでサクラに差し出す。
「とは言え、ミサキさまの言う通り、この世界の生態系は皆さまの住んでいる世界とは違って危険なのは事実です。何かに触れたり近づく前に必ず私たちに確認してくださいね?」
「いただきまーす!!」
しばらく異世界散歩を楽しんだ後は、お弁当タイムだ。メイドたちがテキパキとシートを広げて豪華なお弁当や飲み物が並べられる。
「ふふ、こうしているだけなら異世界は素晴らしいところですね。人も少ないし、こんな絶景を独り占め出来るんですから」
どこまでも見渡す限り森や平原が広がり大きな湖が陽光を受けてキラキラと輝いている。千鶴はお弁当に舌鼓を打ちながら日本とは――――いや地球とは違う異世界と風景に感嘆の息を零す。
地球の人口は比較にもならない。異世界全人口を合わせても日本一国にも満たないのだ。
この世界で人は城塞を築き上げ、その中で身を寄せ合うように暮らしている。魔法は存在するが、それ以上に危険な魔物や敵性生物が跋扈し、一部の力を持った者以外にはのんびり観光したりこうしてピクニックするなど夢のまた夢だ。
勇者一行によって魔神は倒されたが、それは滅び確定の未来から救われただけであって、安全で平和な世界になったわけではないのだ。
「たしかにな……うむ、実にインスピレーションが刺激される。次回作は異世界モノで決まりだ」
出発前は怖がっていた真冬だったが、実際に来てしまえば生粋の好奇心や創作欲に瞳を輝かせている。
「先生……それはとても楽しみなのですが、この後魔物狩りがあることをお忘れなく」
「やめるんだ霞……せっかく現実逃避をしていたのに台無しじゃないか!!」
真冬にタンクトップの大ファンである霞にとっては次回作が楽しみであるけれど、それだって生きて無事に戻れればの話だ。
「ねえ霞、なんで食後に魔物狩りするんだろうね? 身体動かした後の方が美味しく食べられそうなのに」
隣で熱心にスケッチをしていた真尋がふと呟く。
「それは――――魔物狩りの後では食事が喉を通らないだろうと聖さまが……」
沈痛な面持ちで語る霞に、真尋の動かしていた手がピタリと止まる。
「……帰って良いかな?」
「どうやって帰るつもりですか?」
「……だよね、マネージャー、ヤバい奴は任せた!! 私は魔物のスケッチに専念するから」
「は、はああっ!? 無理、無理です!! 私多分この中で一番弱いですからっ!! 私、虫も殺せないんですよ!!」
そう言いながらもお弁当を食べる手は止まらない。なんだかんだ過酷な状況には慣れている。本能が食べておかないとヤバいと理解しているのだろう。
「そう心配しなくても大丈夫ですよ、私なんてカツキさまのおかげで弾丸すら避けられるようになっているんですから。魔物がどれほどの強さか知りませんが、勝てない相手とは戦わせないはずです。それに――――私たちには魔法があるじゃないですか!!」
ミサキの言葉にハッとする一同。
そう、魔法だ。ここに来る前に全員が習得した初級魔法。
攻撃魔法は適性が問題になるので、適性が問題にならない無属性魔法である『身体強化』が使えることをすっかり忘れていたのだ。
本来、魔力の無い世界の住人である彼女たちに魔法は使えないのだが、克生によって付与される力の中には魔力も含まれている。
「そうだったわ!! つまり――――私は魔法少女ってことね!!」
「……マネージャー、さすがに魔法少女は無理があるんじゃ……」
元気よく立ち上がるマネージャーの姿にジト目を向ける真尋であった。
克生「うんうん、ちょっと心配だったけど皆楽しそうで何より」
聖「すべてお兄ちゃんのおかげですね」
クロエ「……えっと……もしかして克生お兄さまには私には見えていないものが見えている!?」
焔「……そうですわね、きっと次元を超えた並行世界を見ているのですわ」
魔璃華「さすが兄上!! 色々と超越しているな」
紗恋「貴女たち、遊んでないで早く魔物を連れてきなさいね?」




