第八話 強面執事と美人メイド長
四月――――高校生になった克生とクロエは、県内有数の名門私立高校『星彩学園』に通うことになった。
当初、克生は高校に通うつもりは無く、仕事に専念するつもりだった。
仕事も順調で、ただでさえ二足の草鞋を履いている以上、中学時代のように学業の片手間ではプロとして中途半端ではないかと考えたからだ。
しかし学校の先生や紗恋からも進学を強く薦められ、妹のクロエから一緒に高校生活を送りたいと懇願されてしまった。それに当面の経済状況にも問題が無いとなれば断れるほどの理由もなく。
そして克生とクロエがこの春進学する『星彩学園』を選んだのにもいくつか理由がある。
一つは、一芸推薦制度が存在していて、克生のように学生ながら専門の仕事をしている学生にとって理想的な環境が用意されているという点。推薦制度で入学した学生は学業よりも本職の活動を優先させることが許されているのだ。当然学費は免除されるため、安定収入という点ではいくぶん不安のある香月家にとっては魅力的な選択肢であった。
そして――――実はもう一つの理由が一番大きいのだが、それについては話は少し前に遡る――――
「ええっ!? この家……取り壊されてしまうんですか?」
突然の話に驚くクロエ。
「そうなんだよ……この辺り再開発区画でさ、元々俺たちも長く住む予定じゃなかったんだ。だから格安だったということらしいんだけど……本当のところは両親がいないからわからない。とにかく引っ越しすることは決定してるから早いとこ新居探さないとな……」
「はあ……せっかくここでの生活に慣れて来たというのに残念ですね……でも新居探しって響き、なんだか新婚さんみたいでドキドキしませんか?」
憂鬱そうにしていた克生だったが、無邪気に喜ぶクロエの姿に表情を緩める。
克生にとっては家族との思い出がそれなりに詰まっている家ではあるが、逆に言えばそれだけ未だ戻らない両親のことを嫌でも意識してしまう場所。
普通に考えて両親が行方を絶ってから一年以上経過している。決して言葉にはしないが、克生はすでにクロエと二人で生きてゆく覚悟を決めていた。それはクロエも同じだっただろう。
だからこそ、新しい人生を生きてゆくために――――引越しというのは良い機会だと前向きに捉えようと決めたのだ。
「新しい家だけど……出来ればクロエが高校に通いやすい場所が良いよな?」
「……それは助かりますけど、なんで他人事なんですかっ!! 克生お兄さまも一緒に通うんですからね?」
「ええっ!? 俺、高校行く気は無かったんだけど――――って泣くな、わかったから!! 俺も高校通うから!!」
「……約束ですよ?」
「当たり前だろ? クラスメイトとかになったら楽しそうだし……よく考えたらクロエにちょっかい出す奴がいるかもしれないし――――」
よく考えなくともクロエの容姿なら間違いなく争奪戦になるだろう。不遜な輩から可愛い妹を守ってやらなければと決意する克生。
「あれ? もしかして焼きもち焼いてくれているんですか? ふふ、大丈夫ですよ、私、克生お兄さま以外の男に一ミリも興味ないですから――――でも――――そのお気持ちがとても嬉しいです!!」
とろけそうに揺れる瞳で克生を見つめるクロエ。
「クロエ……」
「克生お兄さま……」
二人の距離が縮まり互いの唇が重なり――――
ピンポーン
インターフォンが鳴った。
「はい、どちらさまですか?」
良いところを邪魔されたクロエが、少し不機嫌そうに対応する。
「香月克生さま、黒崎クロエさま、お二人をお迎えに上がりました。ご同行願えますか――――」
「――――え?」
家の前にドーンと停められた黒塗りの高級車。
映画やドラマに出てきそうな執事風の男の目元はサングラスで隠されていて表情は伺い知れない。鍛え上げられた肉体は執事服の上からでもはっきりわかるほど隆起しており、素人目にもただ者ではないことがわかる。街中で遭遇したら全力で見ないふりをするか距離を取るべきタイプの人種だ。
突然の来客に顔を見合わせるしかない克生とクロエであった。
「――――というわけでございます」
強面執事――――名は鬼塚さん――――が一通り説明を終えて頭を下げる。
物腰や言葉は丁寧なのだが、見た目はどう見てもあっち系の人にしか見えない。最初は事務所に連れ込まれるのではないかと警戒していた二人であったが、一応……ギリギリ本物の執事らしいと納得した。
「お話はわかりましたが、こちらも準備がありますのでしばらく時間をいただいても?」
「その点でしたらご心配なく。専門の引っ越し業者を手配してありますので、このままお身体一つで来ていただければ――――」
「は、はあ……」
どうやら逃げ場も猶予も無いらしいと諦め顔で従うことに決めた二人であった。
「克生お兄さま、それにしても驚きましたね」
移動する車の中でクロエが耳元で囁く。
「ああ……まさかもう一人俺の義妹がいたなんてな」
「しかも――――超お金持ちのお嬢様って……意味がわからないんですけど」
「お金持ちだろうが関係ないさ、新しい家族なんだし、まあ……少なくとも家を探す手間が省けたんだから前向きに考えれば良いんじゃないか?」
「ふふ、さすが克生お兄さまです。たしかにそうですよね、なんだか私も楽しみになってきました」
今度こそ両親やクロエの母親に繋がる情報が手に入るかもしれないという思惑も当然ある。
まだ見ぬ新しい家族を想像しながら期待に胸を膨らませる二人であった。
「うわあ……マジか、すげえデカい……というか広い。どこからどこまでが家なのかわからないんだが……」
「見てください、門が自動で開閉しましたよ!! うわっ!! コスプレじゃない本物のメイドさんだ……初めて見ました」
非現実的なほどの状況に大はしゃぎの二人。
「道中お疲れ様でした。私はメイド長の清川と申します。克生さま、クロエさま、以後お見知りおきを」
二人を迎えたのは一目で他とは違うオーラとメイド服を身に纏った女性。
「は、初めまして、清川さん。俺が香月克生、こっちが妹のクロエです」
「黒崎クロエです。うわあ……綺麗な人……」
「ふふ、クロエ様にそう言っていただけると自信になります。それではお嬢さまがお待ちですのでご案内いたしますね」
メイド長清川の後に付いてゆくと、行く先々で出会う使用人たちが頭を下げてゆく。
「なんだか……かえって居心地が悪いんだが……」
「そうですか? 私はお姫さまになったみたいで悪くないですよ」
恐縮している克生とは違って、クロエは早くもこの状況を楽しんでいる。
「ふふ、すぐに慣れますよ克生さま。それより先に申し上げておきますが――――お嬢さまは少し、いえ、かなり、いえ、めちゃくちゃ好き嫌いが激しい方なので、何を言われてもあまりお気になさいませんよう……」
美人が真面目な顔をすると妙な迫力があるな、と克生は内心思う。
「そ、そうなんだ……わかりました心しておきます」
何となくわがままなタイプのお嬢さまを想像して苦笑いする克生であった。