第七十八話 パーティにて
「内輪だけのパーティかと思ってたけど、凄い規模だな……」
克生は会場を見渡しながら呟く。煌びやかに着飾った老若男女が百や二百では収まらない。下手すると来賓だけで四桁に届きそうだ。
「白虎寺家主催のパーティですからね、政財界の大物がごろごろしてますわ」
焔の視線の先には内閣総理大臣の姿もあった。
「俺の可愛い焔が盗られないようにしっかりと捕まえておかないとな」
克生は美しくドレスアップした焔の手を取って自分の方へさりげなく引き寄せる。
「まあ……お兄さまったら……しっかり捕まえておいてくださいませ」
頬を染め克生に身体を寄せる焔。視線が絡み合って良い雰囲気になりかけたのだが――――
「我が白虎寺家のパーティへようこそ焔嬢!! 来てくれて嬉しいよ」
満面の笑みで登場した雄馬を見て、焔は露骨に嫌そうな顔を向ける。
「ごきげんよう雄馬さま。しばらく会わない間に視力が落ちたのかしら? 隣に私の婚約者がいるのですけれど?」
一切容赦のない返しだったが、雄馬は何故か喜色満面、あまりの不気味さに焔は思わず克生の後ろに隠れてしまう。
「ははは、なるほど……キミが克生くんか。初めまして、私は白虎寺雄馬だ。そちらの焔嬢とは幼い頃からの付き合いでね、将来は公私ともにパートナーとしてこの国を盛り立てていこうと考えているんだが……キミはどう思う?」
ギロリと睨みつけるような視線を向けて牽制してくる雄馬だったが、克生はそよ風に吹かれるように軽く受け流す。
「初めまして、香月克生です。素晴らしい考えだとは思いますが、焔は俺の婚約者でパートナーです。その点ご配慮いただけると嬉しいですね」
克生の隣では焔が喜びに悶えているが、雄馬は気にする様子もなく言葉を続ける。
「ふむ、だがね克生くん、鳳凰院家はキミのような顔が良いだけの一般人にどうにか出来るものじゃあない。それなりの資質というものが無ければ焔嬢に恥をかかせるだけだよ?」
「資質……ですか、それは――――どういったものなのでしょう?」
克生の言葉に待ってましたとばかりに口角を上げる雄馬、今夜のパーティはそのために開いたようなものなのだから。
「両家は世界中にネットワークと拠点を持つ巨大組織だ。海外の要人と接する機会も多い。通訳を使うなとは言わないが、最低でも英語くらいは話せなければどうしようもない。ちなみに私は英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、中国語を話せるよ、フフフ」
自慢げにアピールしてくる雄馬だが、別に間違ったことを言っているわけではない。絶対に必要と言うほどではないが、多言語を理解しているにこしたことはないからだ。幼い頃から英才教育を受け、日常的に海外からの客人と接してきた雄馬は普通に優秀であり、伊達に次期当主と言われているわけではない。
仮に克生が英語を話せたとしても、周囲から見れば雄馬の圧勝だ。どちらが鳳凰院焔の婚約者に相応しいかアピールすることが出来る。強烈なジャブを繰り出し先制攻撃の成功を確信した雄馬だったが――――
「仰る通りですね。ちなみに私は世界中のあらゆる言語を話せますが」
克生の強烈なカウンターに唖然とする雄馬だったが、すぐにあり得ないと冷静さを取り戻す。世界中のあらゆる言語を話せる? コイツは……何を言っているんだ?
(馬鹿め、焔嬢の手前良い顔をしたかったんだろうが――――大方とっさに俺の話せない言語が思い浮かばなかったのだろう)
「ほう!! それはすごいね。そうだ!! 今夜のパーティには世界中の大使が来ているからね、ぜひキミのすごい所を見せてくれないか? それとも――――」
「ええ、良いですよ」
雄馬はあっさりとOKした克生に一瞬戸惑うが、あれだけ大口を叩いた手前断れるはずもないかと納得する。
政財界の大物や各国大使が見守る中で恥をかくことになれば、鳳凰院家としてもそんな男を婚約者として押し通すことが難しくなるだろう。たしかに見た目だけは良い男だが、所詮は口だけの良い格好しいだ。
雄馬は目論見通りになったとほくそ笑むが――――
(ば、馬鹿な……あり得ない……)
克生は各国大使とにこやかに談笑している。しかも――――ロシア語やスワヒリ語など、雄馬が話せない言葉を、まるでネイティブのように話しているではないか。
実際のところ克生は完全記憶能力と女神の加護によって、世界中のあらゆる言語どころか異世界、異種族の言語すら理解し話せるのだが雄馬は知る由もない。
これではアピールするどころではない。恥をかくだけではなく、各国大使とのパイプ役を演じる羽目になってしまったと焦る雄馬。
なんとか挽回しなければ――――雄馬は頭の中で次の策を実行することに決める。
「そういえば――――克生くんは格闘技をやっているんだって?」
「ええ、執事の鬼塚さんに空手と合気道を習いました」
「それは奇遇だね、実は私も空手をほんの少しだけかじっていてね、どうだろう? パーティの余興として組み手をやってみないか?」
ほんの少しどころか雄馬は空手歴十五年の有段者だ。優勝こそないが、全国大会でも上位の常連の実力がある。
「それは面白そうですね、俺は構いませんよ」
「お兄さま頑張ってください!!」
すっかり乗り気になっている二人を見て雄馬の端正な顔が醜く歪む。
「――――ああ、そうだった……私は先日痛めた膝がまだ完全に治っていなかったんだ、そうだ!! 丁度パーティに私の友人が来ているから彼に代わりやってもらおう。力量は私と同じくらいだから心配無用だ」
自分で叩きのめすのもアリだが、弱い者いじめと取られてしまったら困るし、万が一ということもある。真の強者とは常に負けないように手を尽くすものだ。
「そうですか、わかりました」
(ば、馬鹿な……あり得ない……)
会場は熱気に包まれている。超ハイレベルの技の応酬、余興としては完璧だ。
雄馬の代理人については良い、なぜなら彼は空手の世界王者なのだから当然だ。だが――――ただの高校生であるはずの克生が世界王者と互角――――いや、互角に見えるが違う、雄馬にはわかってしまった。
克生には余裕がある、一方の王者には余裕がないのだ。
『おそれながら――――香月克生さまはSSSランクです――――』
雄馬の頭の中に霞の言葉が浮かんでくる。
「……私の完敗だな」
他にも用意していた策はまだある。
だが――――おそらくは無駄だろう。克生は終始雄馬や白虎寺家に恥をかかせないように振舞っていた。それに気付かないほど雄馬は愚かでも無能でもない。
そして何より――――焔の幸せそうな表情を見てしまえばもう何も言えないではないか。
自分の手で幸せにしてやりたかったが、惚れた女の幸せを願うこともまた真の男の在り方だろう。
「克生くん、焔嬢のことをよろしく頼む。キミになら任せられるよ」
だから言葉と態度で示さねばならない。白虎寺家の人間として――――Sランクだと言ってくれた霞に恥じぬ男であるために。
霞も恋焦がれた女性も雄馬の隣には居ない。だが――――すべてはここから。
いつか自分もあんな風に――――
雄馬の視線の先には、克生の姿があった。
雄馬「克生くん~!!」
克生「雄馬さん……何か御用ですか?」
雄馬「用が無かったら会いに来たら駄目なのかい?」
焔「雄馬の奴……今度はお兄さまに懐いたのですわ!?」
聖「……私が脅しておきましょうか?」
焔「そんなことしたら、今度は聖に懐くのですわよ?」
聖「……それは嫌すぎますね」




