第七十七話 白虎寺家の御曹司
「ふん、鳳凰院家からの返事はまだ……か。今度こそ焔嬢と婚約出来るかもしれんな」
豪華ではあるが悪趣味な椅子に腰かけて妄想に浸るのは――――鳳凰院家と並ぶ名門白虎寺家の嫡男で次期当主、白虎寺雄馬さま。
雄馬さまは返事が来ないことを都合よく解釈して焔さまと結婚できるとお考えのようだが、何度断られてもしつこく手紙を送れば返事も来なくなるというものではないだろうか。いい加減現実を見て欲しい。
雄馬さまは超が付くお金持ちだ。多少残念な部分はあるものの、容姿も整っているし、その気になれば大抵の女性は振り向いてくれるだろう。たしかに鳳凰院家との婚姻は理想的ではあるが、必ずしも必要かと言われればそこまでではない。家同士というよりは雄馬さまの個人的な執着だ。
詳しくは知らないが、雄馬さまが子どもの時に焔さまにボロクソ言われて完膚なきまでにやり込められたことで惚れてしまったらしい。Mなんだろうか……Mなんだろうな。
可能性は絶望的だ。元々焔さまは雄馬さまにまったく興味が無い。そして先日婚約者が決まったとの報せも届いている。そろそろ現実逃避から戻って来ていただかなければ困るのだが。
「霞、ちょっと良いか?」
「はい、何でしょうか?」
なんだか嫌な予感がする。面倒事ではないと良いのだが。
「焔嬢の婚約者のことだが――――」
「はい、それが何か?」
「私は偽情報だと睨んでいる」
「……はあ?」
そんなわけないだろう。集まった情報にもそんな形跡は確認できなかった。
「一種の照れ隠しじゃないだろうか? やはり直接私が逢いに行くべきではないか?」
「……それは悪手かと。気になるようでしたら私が直接行って確認して参りましょうか?」
「うむ、頼んだぞ」
来るなと言われているのにのこのこ行かせたら問題がややこしくなってしまう。というか、最初から私を行かせたかったのはわかっていた。プライドが高いというか、実に面倒くさい。
「まあ……いいですけどね」
香月 克生――――焔さまの婚約者となった男には興味があった。あの鳳凰院焔の心を射止めたのが果たしてどんな男なのか?
さっそく鳳凰院家に連絡してアポを確保した。これまでの経緯から断られるものと思っていたので意外に思ったが、手間が省けたことは素直に歓迎しよう。
「これは霞さま、ようこそお越しくださいました」
「お久しぶりです鬼塚さま」
強面執事の鬼塚さまはその見かけからは信じられないくらいの紳士だ。
この屋敷に来るのは一年振りくらいになるが、明らかに様子が変わっている。
建物ではない、人が変わっているのだ。それも――――劇的に。
「……もしや克生さまの影響ですか?」
「さて……私の口からはなんとも。それより霞さま、克生さまが部屋でお待ちになっています」
「失礼しました」
否定はしなかった。なるほど……ただ者ではないということか。
久し振りに胸が高鳴る。
私は人の能力を見抜く力がある。もちろんゲームのようにステータスが数値化されるわけではないが、この力があったからこそ、私の一族は代々名門白虎寺家に仕えてきたのだ。
「ただいま戻りました」
「うむ、それでどうだった?」
何かを期待したような笑み。大方焔さまから何かメッセージを預かっているとでもお考えなのだろう。
「婚約者の香月克生さまと会ってきました。すでに屋敷に住んでいますし、焔さまから直接紹介もされました。本物で間違いありません」
多少心苦しいが、雄馬さまのためにも期待させるのは良くない。
「なんだとっ!! 霞っ!! その男は、Sランクの俺よりも上だというのか!!」
Sランク……私の能力判定をわかりやすくしたものだ。雄馬さまはたしかに優秀だ。Sランクの男など滅多にいない。まあ……多少おまけしている部分はあったりするが、それは言わぬが花というもの。
しかし――――
「おそれながら――――香月克生さまはSSSランクです。焔さまが婚約者とされたのも納得の好人物でした」
実際には測定不能だった。仕方がないので便宜上SSSランクとしたに過ぎない。
「ふざけるな!!! 霞、貴様……さては裏切ったな? 白虎寺家の恩を忘れたか!!」
「誤解です、私は裏切ってなど――――」
「もういい、貴様はたった今クビだ!! 二度とその不快な顔を見せるな!!」
「……はい……お世話になりました」
はあ……長年尽くしてきたものに対する答えがこれですか……。白虎寺家の将来が不安になります。私にはもう……関係ありませんが。
「それは――――大変だったな」
「いえ、克生さまに拾っていただけたので結果的には良かったです」
私は鳳凰院家に仕えることになった。あの後、心配した克生さまから連絡があったのだ。
正直幸せだ。すべてのストレスから解放されたのだから。
「お兄さま、白虎寺家からパーティへ招待されたのですが一緒に行ってくださいませんか?」
「もちろん一緒に行くよ。霞、白虎寺家の狙いはやっぱり焔なのかな?」
「そうですね……おそらくパーティで克生さまに恥をかかせて自分の優位性をアピールするつもりなのだと思いますが……」
こんなことになるのであれば、最初から雄馬さまに行かせるべきだったかもしれない。
「心配ないよ霞、彼や白虎寺家に必要以上にダメージを与えるつもりはないから」
優しく頭を撫でてくださる克生さまの優しさに思わず涙が零れてしまう。
「ごめんなさい霞、私がもっと早く雄馬にガツンと言ってやればよかったんですわね」
焔さま……お気持ちは大変嬉しいのですが、それは――――たぶん逆効果だったと思います。
「それじゃあ行ってくる」
「お兄さま、早く早く!!」
楽しそうに腕を組んで屋敷を出る克生さまと焔さま。当然だが、私は一緒に行くわけにはいかない。必要以上に雄馬さまを刺激してしまうだろうし。
「それにしても馬鹿なことをしましたね……私は忠告しましたよ? 克生さまは貴方がどうにかできる相手じゃないって」
今宵、大恥をかくのは克生さまではなく雄馬さまとなるだろう。
そこから立ち直れるかは本人次第、私はもう白虎寺家の人間ではないけれど――――それでも雄馬さまの力は本物だと信じていますからね。
クロエ「ええっ!?二人でパーティなんて羨ましいです!!」
魔璃華「パーティなんて堅苦しいものどこが良いんだ?」
聖「白虎寺家の料理は最高ですよ」
サクラ「私も招待されてるのですよ。ね、ミサキ」
ミサキ「はい、サクラさま」
今月、大事な資格試験があります。学校の課題もあって、バイト先もめちゃくちゃ忙しい。しばらくは毎日更新をお休みして週末更新になるかと思います<(_ _)>




