第七十四話 国民的アイドル
「真尋さんすいません!! 相手役の俳優と連絡取れなくて」
「そう……それは大変ね」
泣きそうな顔で必死に頭を下げるディレクター。やめてよね、まるで私がいじめているみたいじゃない。
「困ります!! 真尋はこの後もスケジュールが詰まっているんですよ?」
マネージャーも大変だよね……この業界こんなのばっかりだし。
「それじゃあちょっと休憩してくるわ、良いでしょ?」
「え、ええ……三十分くらいなら」
「了解それまでには戻ってくるから」
今日はCM撮影で野外ロケ。現場入りしたのは良いのだが、相手役の俳優が待てど暮らせどやって来ない。期待の新人らしいけど――――こんなんじゃ来年には消えているわね。芸能界舐めるな。
「まあ……どうでもいいけどね」
変装して向かったカフェのテラス席からは巨大な電子スクリーンが目に入る。
――――国民的アイドル 椎名 真尋の新曲発売決定!!――――
MVが映し出されると、街行く人々が足を止めて釘付けになっている。
国民的アイドルね……ずいぶんと古典的なニックネームだと思うけど、たしかにわかりやすいし私自身知名度は高い方だという自覚はある。ドラマにCMにライブと寝る暇も無いほど忙しい。今、芸能界でトップクラスに人気がある一人だというのは自惚れでもなんでもなく単なる事実だ。
――――でも、私は国民的アイドルになんてなりたかったわけじゃない。
華々しく歌って踊る自分自身の映像を見ながらため息が漏れる。
どこで間違ってしまったのだろう?
大好きなイラストを描いて生活できるイラストレーターを目指していたはずだった。
でも、早くに両親を失った私は生活するために働く必要があった。
唯一の取り柄というか、幸い私は見た目が良かったから、軽い気持ちでモデルのバイトを始めた。あくまでイラストレーターとして成功するまでの生活費を稼ぐつもりだった。
「はあ……なんでこうなっちゃったかなあ……」
原因はわかっている。私が頼まれると断れない性格だからだ。すべて自業自得、忙しくなってからは大好きな絵も満足に描けていない。華々しい成功とは裏腹に、私の心は暗く沈んでゆくばかり。
「そういえば……」
カフェでひと息入れた後、近くの書店で足を止める。
「あった……ビクトゥリー先生のイラストブック!!」
そう、私がイラストレーターを目指したのはビクトゥリー先生のイラストに感動したから。私もこんな素敵な絵が描いてみたいと心から思ったからだ。
涙が出てくる……本当に先生のイラストは素敵だ。こんな私のくだらない悩みなんて吹き飛ばしてくれるパワーがある。先生は私のアイドルなのだ。
「ただいま戻りました~。お相手さん来ました?」
「あ、お帰り真尋、それがまだ来ないのよ……」
まあ……私は別に構わない。違約金を払うのは向こうだし、先生のイラストブックじっくり読めるし。
「はあ……困ったわね、今回のCM、わりと社運がかかっているのよ」
勝手に社運をかけないで欲しいが、マネージャーが決めたわけでも責任があるわけでもないからなあ。ただ真面目で責任感の強い彼女が苦しんでいるのは見ていられない。
「代役を立てられないの?」
「一応当たってもらってはいるのだけれど、それなりの人は急にスケジュール取れなくて……」
それはそうだ。そんな都合のいい話があれば誰だって苦労しない――――
どうしたものかと視線をふと通りに向けると、一人の男性に目が釘付けになる。
え? あれって――――まさか……KATSUKI!? 間違いない!! 私が見間違えるはずがない。
しかも――――あれうちの制服だよね!? え……KATSUKIってうちの生徒だったの!?
「え、ちょっと真尋っ!! どこへ行くの!!」
「もしかしたら代役見つかったかも!!」
「は? それってどういう――――」
困惑するマネージャーを置き去りにして私は通りを歩いているお目当ての彼の元へ全力ダッシュした。
「ねえ、キミ……モデルのKATSUKIだよね?」
「ええっ!? なんでわかったんだ!?」
やっぱり。
「いや、なんでも何も見ればわかるでしょ?」
「そうだよな!! うんうん。実はさ、俺がKATSUKIだってわかってくれたのはキミが初めてなんだ!! ありがとう!!」
「え……マジで? キミの周りの連中目が腐っているんじゃないの?」
よくわからないけど本気で感激しているみたいだからおそらくマジなのだろう。それにしても……近くで見ると本当にイケメンだ。イケメンを見慣れているはずのこの私が照れるくらいに。
いやいや、世間話しにきたわけじゃないんだった!!
「あの……実は今CM撮影しているんだけど、相手役の俳優が来なくてヤバいことになってる。こんなこと突然言われて困るとは思うけど、キミが代役やってくれないかな?」
無茶を言っている自覚はある。でも――――出来ることがあるなら、そこにわずかでも可能性があるのなら行動することに躊躇いはない。頭を下げて少しでも可能性があるのならいくらだって下げてやる。
彼のすべてを見通すかのような綺麗な瞳が私を映し出す。
呼吸も――――心臓すら止まってしまいそうな――――きっと数秒にも満たない時間――――でも私には永遠とも思えるような時間――――見つめ合っていたKATSUKIの口から言葉が紡がれた。
「うーん……ちょっと時間貰って良いかな?」
「あ、うん……」
KATSUKIはそう言ってスマホで通話をしている。どうやら契約関係を確認してくれているみたいだ。
『KATSUKIは専属契約じゃないから大丈夫よ~』
「そうですか、ありがとうございます紗恋さん」
紗恋……あの伝説的な編集長か。単なる所属モデルとは思えないほどすいぶん親しげだけどどういう関係なのだろう?
「待たせてごめん。契約上は問題ないみたいだから構わないよ」
「え……本当に良いの?」
「あはは、キミが頼んできたんだろ?」
「いや、それはそうなんだけど……なんで初対面の私なんかにそこまで協力してくれるの?」
KATSUKIが専属誌のモデル以外で露出したなんて聞いたことが無い。私が知っている範囲でも仮装ライダーの主役、映画の出演、CM出演――――の話も頑なに断っていたはずだ。
「それは――――なんていうか……キミが一生懸命だったから、かな? きっと自分のためじゃない、誰かのために何とかしようと思ったんだろ? だから引き受けた、それだけだよ」
不覚にも胸がキュッと締め付けられてしまった。
その眼差しがあまりにも優しくて――――温かくて――――まるで彼自身がビクトゥリー先生の描いたイラストみたいだって――――そう思ってしまったんだ。
真尋のイラスト、これまでと少し描き方変えたんですけどわかりますか~?(´艸`*)




