第七十二話 担任教師 真冬
「はあ……今日は学校行きたくないなあ……」
星彩学園はめちゃくちゃホワイトな職場だ。
通常教師というのは時間外労働が常態化しているイメージだろうが、さすが天下のエリート養成機関だ。部活は専門の講師がやるし、進路指導や生活指導はそれぞれ選任の担当教員がいる。というわけで担任である私の残業はゼロ、祝日に加えて春休み、夏休み、秋休み、冬休みは生徒と同じように長期休暇が与えられて給料も高い。おまけに有給はきっちり消化できるし、副業、本業との兼務が可能とまさに至れり尽くせり。私にとっては理想の職場に近い。
だから学校に行きたくないと言うのは職場に不満があるわけではない。
今日は私にとって重要な日なのだ。
そう――――真夏にセーター先生の新刊発売日っ!!!
私が命をかけて推している先生の新シリーズがいよいよ発売するのだ、はっきり言って働いている場合ではない。
だが――――
「はあ……有給使い切っているんだよなあ……」
こればかりは仕方がない、今年は映画化やアニメ化など色々忙しかったのだ。
私は教師をしながら『真冬にタンクトップ』のペンネームで小説家として執筆もしている。というよりも教師が副業に近い。今は仕事が沢山あるが、いつまでもそうであるとは言い切れない。不安定な執筆業だけでは不安だからと兼業作家をしているが、こういう時には専業作家に憧れてしまう。
そういえば真夏にセーター先生は学生作家だったっけ。もしかしてうちの生徒だったりして――――ってそんなわけないか。いくらなんでも妄想に過ぎる。
今日何度目かわからないため息をつきながら、一人寂しくトーストと味噌汁を口にする。
「みんなおはよう!! 出席を取るぞ」
一度出勤してしまえば教師モードが発動する。なんだかんだで私は教職が好きなのだ。
生徒は皆優秀だし無駄話やふざける者など皆無、その分教師に求められるハードルは高いけれども。
今年度も教師生活は順風満帆なのだが――――一つだけ気になっていることがある。
「香月、悪いがちょっと手伝ってもらって良いか?」
「もちろんです真冬先生」
そう――――気になっているのはこの男子生徒、特例で高等部に編入してきた香月克生だ。
「悪いな、機材が重くて運ぶのどうしようかと思っていたんだ」
普段使用している部屋の設備が故障しているので、授業に使う機材を別の部屋へ運ばなければならないのだが、これが結構重かった。私一人では無理だと判断して手伝ってもらうことにしたのだ。
別に男子なら誰でも良かったのだが、私も忙しくてちゃんと話を聞く時間もとれていなかった。編入生ともなれば不安や慣れないこともあるだろう。担任として少しは教師らしいところを見せなければという想いが半分、単純な興味が半分という気持ちで声をかけたのだが――――
「いえ、全然重くないですし、俺も真冬先生とこうしてご一緒出来て嬉しいので」
「そ、そうか!?」
くぅ、ナチュラルに名前呼び、ドキドキするんだが!! おまけに嬉しいとか……い、いかん、私には愛する真夏にセーター先生がいるんだからな!!
それにしても重くないって……これ相当重いはずなんだが……うん、なんか軽々持っているな……見た目は細身なのに意外と力あるのか……よく見ると引き締まった身体している……って何考えているんだ私は!! 相手は生徒だぞ。
「香月、何か困っていることは無いか? 気軽に相談してくれると嬉しい」
「ありがとうございます、困っていることですか――――」
香月は見たことがないくらいイケメンだ。芸能界でも余裕で通用するだろう。そういえば生徒資料にモデルのバイトをしていると書いてあったな。しかも中学時代は全国模試で一位だったと聞いている。顔も良くて頭も良く性格も温厚で優しい、一見完璧なようでもそう単純ではない。もう一年以上両親が行方不明なのだ。表には出さないだけで苦労していることだろう。余計なお世話かもしれないが、少しでも力になってやりたい。
「そうですね……仕事は順調で収入面で不安はありませんし、この学校に入ってから友人も出来ました。幸い義理の妹がこの学校の生徒なので色々助けてもらってますから特には――――」
仕事? ああ、本業小説家でイラストレーターと書いてあったな。この歳で現役のプロとはたいしたものだ。
「そういえば香月は小説家なんだったな。私も本業は小説家だから苦労はわかってやれるとは思う。仕事上の相談でも構わないからいつでも頼ってくれ」
「はい!! それでは……あの、本業の方で少し良いでしょうか?」
「もちろんだ。何でも聞いてくれ」
「相談というわけじゃなくて……あの、先生の映画観ました!! 原作とは違いましたがとても良かったです。とは言え、俺は原作の小説が一番好きですけど」
「お、おお……観てくれたのか!? え……原作小説も? そ、そうか……」
なぜ私が真冬にタンクトップだと知っているんだ!? あ……そういえば香月は鳳凰院家の推薦……そういうことか?
私の正体を知っていたことには驚いたが、別に隠しているわけではないし、職場では皆知っていることだ。それよりも――――私の小説が好きだと言ってくれたことがたまらなく嬉しい。
「まあ……私の作品は真夏にセーター先生のおかげで生まれたようなものだからな、香月は読んだことあるか?」
「もちろんです。真冬先生がファンを公言してくれているということも知ってます。でも俺は先生の作品は唯一無二だと思いますし本当に好きなんですよ」
くはっ!? だ、駄目だ……そ、それ以上そんなことを言われたら勘違いしてしまう!! 静まれ私の鼓動!! 顔が熱い……絶対顔が赤くなってる!!
落ち着け、私と香月は女と男である前に教師と生徒だ!! それに――――私は真夏にセーター先生に生涯を捧げると誓ったんだ!! だが……お互い収入のあるプロだし、ある意味すでに社会人……星彩学園は教師と生徒の恋愛を禁止していないし……って、何を考えている!! あれ?
「香月、ファンを公言してくれているってどういう意味だ?」
さっきはうっかり流してしまったが、確かにそう言っていた。その言い方じゃまるで――――
「はい、俺が真夏にセーターですよ、真冬先生お会いできて嬉しいです!!」
にゃ、にゃにゃにゃ、にゃんだってええええっ!!!!!?




