第六十二話 悪 即 斬
「う、動くなよ!? 少しでも動いたらこいつらを殺すからな!!」
まったく……嫌になるほど予想通りの展開だな。
いかに弱っていたとしても負けるはずがない――――私一人ならば。
必殺の初手で五人を倒したが――――さすがの私でもこの体調では全員倒しきるのは無理だ。となれば残りの連中は勝てぬと見て乗客を人質にとる。そうすることで少しでも私の動きを鈍らせることが出来ればとでも考えたのだろうが――――
「私の剣速を舐めるな」
私には『縮地』がある。安全な間合いなど存在しないのだから脅しに屈する必要がない。それに――――今となっては人質こそが自らの命を守る盾だと奴らは理解しているのだから下手な真似が出来ないのは向こうであってこちらではないのだ。
「ぐえっ!?」
一人目――――の両腕を落とす。
「ば、馬鹿なっ!? う、動きが見えなかっ――――」
二人目――――の首を斬り飛ばす。
「ひ、ひぃ!?」
三人目は剣に手をかけたまま崩れ落ちる。
目の前で仲間が瞬殺されているのを見てしまえば――――人質を害する余裕どころか選択肢すら無くなる。本能的に自分を守ろうとするからだ。目で追えない攻撃というのはそれだけ相手の精神を追い詰める。
「チッ、全員でかかるぞ!!」
さすがにリーダー格の男は冷静に一番生き残る可能性が高い方法を選択した。このまま各個撃破の方がやりやすかったのだが仕方がない。
「いつまで寝ているつもりなんだミルキーナ、ハクア?」
「ふえ? おはようございますサラ」
「あら? これは一体どういう……?」
竜族であるハクアに麻痺毒など効かない。半人半竜であるミルキーナも同じく。せいぜい眠気に襲われるくらいだろう。最悪刺されたとしても、急所を貫かれない限りは命に別状はないくらい頑丈だしな。
「他の乗客を連れて後ろにさがっていろ」
「わ、わかりました!!」
ミルキーナとハクアが他の乗客たちを両脇に抱えて後ろに下がってゆく。再度人質にされる可能性は低いが、戦いに巻き込むわけにはいかない。
「お前何者だ? その強さ……尋常じゃないな」
リーダー格の男が眼光鋭く睨みつけてくる。御者の男を除いて残りは五人、こちらの戦力は知られているので先ほどまでのような油断はもう欠片も残っていない。覚悟を決めた戦士の顔だ。
「惜しいな、それだけの腕があるのになぜ盗賊まがいなことをする?」
「けっ、そんなの良い思いがしたいからに決まってるだろ? 実際、これまでは上手くいっていたんだ、真面目に働くのがバカバカしくなるくらいにな」
「……誰かの尊厳と命を踏みにじることによって得られたもので、貴様らは美味い酒が飲めるのか?」
「当たり前だろ? 不幸の味は蜜の味って言葉知らないのか、弱い奴が悪いんだよ、悔しかったら無力な自分を恨めってことだ」
会話することで時間を稼ぎ、毒が全身に回るのを待っているのだろうが――――
生憎だな、おかげで大分毒が分解されて楽になってきた。
「弱いのが悪いか……皮肉だな、その言葉――――そのままあの世へ持っていけ」
――――縮地
リーダー格の男は驚愕に目を見開いたまま倒れた。他の連中は何をされたかもわからなかっただろう。
「ひ、ひいいいっ!? い、命だけは……お、俺、いえ私は依頼されただけで、仲間じゃあないんです!!」
最後に残った御者の男は失禁しながら命乞いを始める。
「……解毒薬はあるんだろうな?」
「も、もちろんです!! あ、そうだ、奴らのアジトの場所知ってますんで良かったらご案内しますよ、連中相当貯め込んでいるはず――――」
「黙れ。どうせ盗品だろう? どうする、ここで私に殺されるか――――それともこのまま御者としてホクトの街へ行き、連中の悪事とアジトのことを洗いざらいギルドや騎士団へ報告するか選べ」
私たちだけならどうにでもなるのだが、他の乗客のことを考えれば、御者に関しては利用すべきだろう。ここに居た連中が全員とも思えないしな。この国の法律はわからないが、運が良ければ比較的マシな余生を送れる可能性はある。まあ……すべてはこの男がどこまで協力的に話すか次第だが。
「全員に解毒薬を飲ませましたよ」
「ありがとうミルキーナ」
御者の言葉を信じるなら、一時間ほどである程度動けるようにはなるらしい。
「アジトへ案内しろ」
その間に少しだけ寄り道をして連中のアジトへ向かう。残っている奴らを可能であれば捕縛し、捕まっている人がいるのであれば救助しなければなるまい。
だが――――
「こ、これは……酷いな……」
アジトで待っていたのは、魔物に食い荒らされたと思われる惨状であった。足跡や周囲の様子から群れに襲われた可能性が高い。
「おい、この辺りには危険な魔物がいるのか?」
「い、いえ、せいぜいゴブリンやコボルトくらいで、むしろ野獣の方が危険なくらいですよ!?」
マズいな……まだ近くにいる。それも数がどんどん増えている……。
「急げ!! 全員馬車ごとアジトの中に隠れるんだ!!」
「「は、はいっ!!」
もはや逃げられない、な。私だけならなんとでもなるが……ミルキーナたちを守りながらでは戦えない。
「いいか、私が良いというまで絶対に動くな、間違って外へ出てきても助ける余裕は無いぞ」
幸いアジトへの入り口は馬車一台がやっと通れる程度の広さだ。ここなら囲まれる心配なく戦える。
「ごめんなさいサラ、私にもっと力があれば」
ミルキーナが成人していればと思うが、こればかりは仕方がない。
「サラ、私が竜化して入り口を塞ぎます!!」
「助かる」
ハクアは幼体とはいえ白竜だ。竜形態となればアジトの入り口を塞ぐことも出来るし、その鱗は剣や弓すら通さないほど硬い。
「森が……おかしい、まるでスタンピードの前触れみたいだな」
鳥の囀りや虫の声すら聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのは――――地鳴りのような無数の足音と奇怪な唸り声。
とてもじゃないが、十や二十では済まない。オーガ、オーク、ゴブリンといった人型の魔物が中心だが、一角ウサギや双頭狼、少数だがマンティコアまでいる……。
冗談じゃない……こんなの街が滅びるレベルの大群じゃないか……
いや、落ち着け、何もすべてを相手にする必要は無いんだ。幸い魔物は真っすぐ北を目指しているように見える。気配を消してやり過ごせれば――――
ドカーン!!!!
…………え?
目の前で魔物の群れが吹き飛んだ。
あれは――――竜のブレス?
「クロエ、ブレスは安全確認してからとあれほど……」
「ひゃっほう!! ボーナスステージ来たのですわ!!」
「ふはは、これは大漁大漁!!」
突然空から降りてきた少女たちが、魔物の群れに向かって我先にと飛び込んでゆく。
「えっと……」
私としたことが一瞬何が起きたのか分からずに思考が停止してしまっていた。




