第五十九話 聖剣を求めて
「どうやら場違いな魔物の出現はオークの群れだけじゃないみたいね」
紗恋は先ほどから思案顔である。
王城と冒険者ギルドで集めた情報によると、最近似たような例が増えてきており、それに伴って冒険者だけでなく、商隊などの死傷者も急増しているらしい。
「気になるのは北へ行くほど魔物の増加が報告されていて、南ほどその逆の傾向があるということですね」
「どういうことですか克生お兄さま?」
「あくまで可能性だけど、全体的な傾向として魔物が北を目指しているんじゃないかってことだよクロエ」
克生はそういえばシルヴァニアではほとんど魔物が居なかったな、と思い出しながら説明する。
「つまり、世界喰いが魔物の大移動に関わっている可能性が高いということですね」
「ああ、俺もそう思っているよ聖」
「まさか……世界喰いが魔物を呼んでいる、ということですの?」
「ふむ、世界喰いは植物なんだろ? だったら魔物を呼び寄せる蜜みたいなもので成長のための養分を集めているのかもしれないな……」
焔と魔璃華の意見に黙って頷く克生。
「これは想定外ね……サラのこともあるけれど、正直冬人たちの負担を増やしたくない。こうなると少しでも先へ進んだ方が良いかもしれない、クロエちゃん、悪いけど今から飛んでくれる?」
ただでさえ世界喰いと対峙している勇者一行に背後から魔物の群れが迫るとなれば悪夢だ。とても防ぎきれるものではないし、そうなれば討ち漏らした魔物が世界喰いの養分となって成長の糧になってしまいかねない。
「もちろんです紗恋姉さん!!」
克生たちはゲートですでに先行しているハーピーたちのところまで移動してからクロエの背に乗って飛び立つ。
サラに関しては、出発してからの日数を考えると、順調ならば大陸北部まで到達しているはず。ならばしばらくは探しながら移動する必要はない。目的地が同じであるのなら最悪追い越してしまっても構わないのだから。
◇◇◇
「むう……お見事ですサラさま、もはや私が教えることはありませんな」
この国で一番の剣士で剣術指南役のキャンベルからようやく一本取る事が出来るようになった。強くなったという実感はたしかにある。だが――――
「キャンベル、グリード叔父上はお前よりも強かったのだろう?」
「ははは、そうですな、比較にならないほど強かったです。歴代最強の剣聖であると私などは思っていますよ」
そうなのだ、先代、いや父上はあくまでも王代であるから立場的には今でも王と言えばグリード叔父上しかいない。そして――――最強の名を欲しいままにしていた稀代の天才剣士にして剣聖。
私が産まれる前、伝説の勇者パーティの一員として魔神を倒し世界を滅亡から救った英雄だ。
残念ながらその剣技を見ることも教わることも剣を交えることも叶わぬことであるが。
私は幼少時より剣の才能ありと期待されてきた。剣聖として正式にこの国の女王となるべく厳しい修行と鍛錬を欠かしたことは一日足りとしてない。
「まだまだ修行が必要だな……この程度で剣聖などと口が裂けても言えない」
「そう卑下なさいますな、サラさまの年齢を考えればあり得ない強さです。いずれグリード陛下の領域に至れると確信しておりますぞ」
もっとも――――肝心の聖剣が我が国に無い以上、いくら強くなろうが剣聖にはなれないのだが。
聖剣の行方は不明だ。魔神との戦いの最中に砕け散ったという話もあるし、遺品として勇者さまが持っているのではないかという説もある。確認しようにも戦いの後勇者さまは故郷へ帰ってしまったので真実は誰にも分らない。
「何!? 勇者パーティが戻ってきた?」
チャンスだ!! 聖剣の行方がわかるかもしれない。
しかし勇者パーティはダサラ大森林へ向かったきり戻ってこない。絶対に大森林には近づくなと言い残して。だから修行をしながら待つしかなかった。
ある日――――私は夢をみた。
聖剣が語りかけてくる夢だ。私は聖剣を見たことは無いが、それが聖剣なのだと直感でわかった。
目が覚めてからというもの、私は常に聖剣の存在を認識できるようになった。
「父上、私には聖剣のある場所がわかります、呼ばれているんです。旅立つ許可をください」
何度も申請したものの、なかなか許可が出なかった私はしびれを切らして強引に旅立った。私らしくない行動だと思うが、どうあっても行かなければならないという衝動は日増しに強くなっていた。いずれ抑えられなくなるのならばいっそ早い方が良い、そう思ったのだ。
聖剣ははるか北の果てにある。勇者パーティがその場所にいると思われることは決して偶然ではないだろう。彼らが聖剣を持っている可能性は高い。しかしダサラ大森林は大陸の北の果て。北部に分類される我が国からでも徒歩ならば半年近くは覚悟せねばならないほど遠い。
「順調に聖剣を手に入れることが出来れば成人の儀に間に合うかもしれないな……」
歴代の剣聖は成人の儀と同時に受け継がれてきた。剣聖とは聖剣に選ばれし剣士のことなのだ。出来ることならば私もそうありたいと願っている。
普通なら往復するだけで一年近く必要だが、私には馬車よりも早く移動する手段がある。
――――縮地!!
一瞬で景色が切り替わって遠くに見えていた街が目の前に現れる。目視が出来る範囲であればほぼゼロ時間で移動可能なスキルだ。伝説の転移魔法と似ているがそこまで万能ではない。見晴らしの良い草原や街道などでは絶大な効果を発揮するが、例えば森の中や建物の中では制限も多いし、移動できるのは私だけ。私自身魔力量がそれほど多くないので計画的に使う必要があるのだ。
もっとも、聖剣さえ手に入れば魔力の問題は解決する。聖剣は使用者に魔力を常時供給してくれるからだ。そうなれば帰り道は行きよりもはるかに短時間で踏破可能。成人の儀は年末に国を挙げて執り行われるのでそれまでには戻れるだろう。
ジラルディ騎士国からバサール自由都市連合を経由してネーアの森を抜ければアンロック山脈を臨む絶景が広がる。そして山脈を越えれば大陸北部の大国ケイローンだ。未開の辺境地帯のような景色から一気に大都市の景観が広がっているのは何度見ても感動する。
「この街に来るのは十年近く振りか……懐かしいな」
ケイローン国南の玄関口、ナントの街、私はここより北へは行ったことがない。消耗品の補充と最新の情報を仕入れるために立ち寄ることにしたのだ。




