第五十六話 女泣かせと絶体絶命
「それにしても克生お兄さまは女泣かせです!!」
「まったく酷い話ですわ!!」
「あんなに芯の強そうな女性を子どものように泣かせるとはさすが兄上、鬼畜だな」
妹たちに容赦なく責め立てられる克生。
「うええ……誤解だって!! 俺もあんなに泣かれるとは思わなかったんだよ」
一体何の話か? 優しい克生が女性を泣かせるとはにわかに信じられないが――――事実である。
迷宮帰還後、一行はサティに街を案内してもらったのだが――――別れる際、彼女が盛大に泣いたのだ。
離れたくない、一緒に連れて行って欲しいと。
さすがに危険すぎるので連れて行くことは出来ない。困り果てた克生は、聖のアドバイスに従って泣き止むまで抱きしめる羽目になり、必ずまた来ると約束をすることでようやく放してもらえたという騒動?があったのだ。
「あれは克生くんが悪いわね。今後、女の子と話すならああなることを覚悟しておくことだわ」
理不尽極まりない紗恋の言葉だが、実際問題何も間違っていないのだから質が悪い。いっそのこと仮面でも被ろうかと真剣に悩み始める克生。
「無駄ですよ、仮面程度で抑えられると思っているのなら甘く考えすぎです。お兄ちゃんはむしろもっと積極的に関わっていくべきだと思います!! あのギルド、他にもかわいい子たくさんいましたよ、パオラさんとか」
一体聖は俺に何をさせたいんだと思わず天を仰ぐ克生だが、妹に甘いのもまた克生。
「わかったよ聖、隠すぐらいなら正々堂々これからも行くぞ!!」
「さすが私の愛するお兄ちゃんです!! キスしてください!!」
妹に甘く、押しに弱い克生が断ることなどあり得ない。
白昼堂々キスを始める二人に仲間たちは今更特に動揺する様子もないが、聖の推進するハーレム計画については頭が痛いところだ。ある程度理解は出来るものの、あまり大規模になるのは困るというのが正直なところ。
「ねえ焔、私なんか頭痛くなってきたんだけど……?」
「奇遇ですね、私も同じですわ……」
「ははは……無駄かもしれないが頑張ってガードするしかないな」
「はあ……仕方ないわね、私がずっと克生くんのそばに密着するしか――――」
歩く美少女ホイホイである克生と悪魔のような聖のコンビを抑え込むなど不可能であるからして、せめて少しでも自分たちが盾になろうと決意を新たにする仲間たちであった。
◇◇◇
「はあっ、はあ……!!」
襲い掛かってくるオークに向かって無我夢中で剣を振る。鼻先を深々と切り裂かれた一体がゴロゴロと地面を転がるが、休む間もなく別の個体が突っ込んでくる。体は鉛のように重くなっているが、大人と子どもの体格差、組みつかれたら終わりだ、気力を振り絞ってバックステップで距離を取る。
「お前だけでも逃げろマイア!!!」
仲間が叫ぶが、みんなを見捨ててそんなこと出来るはずが無い。それに私は女だ、オークは男は殺すが女は生かして巣に連れ帰ると聞く。ならば私が残って皆を逃がすべき、そう訴えたのだが頑として聞いてもらえない。
一体どうしてこうなった……?
私たちはようやく駆け出しから中堅入りを果たしたばかりの冒険者パーティ『紅蓮の刃』だ。
最近近くの森に住み着いたゴブリンの駆除をするはずだったのに、そこで待っていたのは全滅したゴブリンとそれを貪り食っているオークの群れだった。
ゴブリンならともかくオーク、しかも群れとなれば中堅以上の複数のパーティが共同で受ける依頼だ。ようやく中堅に手をかけたばかりの私たちには荷が重すぎる。
なぜこんな場所にオークがいるのかわからないが、現実としているものはいるのだ、理由や原因を探るよりも今は生き残る道を見出すことが最優先。
だが――――重傷を負った仲間を守りながらでは撤退すら難しい。運よく強力な冒険者パーティが近くを通りかかることを祈るくらいしか希望は残されていない。
オークの強靭な膂力によって振り下ろされた棍棒を受け止めた瞬間、剣が折れた。
ここで全滅するのか――――頭に死という文字が浮かんで消えない。
嫌だ……死にたくない、誰も死なせたくない、誰でもいい、誰か――――
「助けてくれ!!!」
無駄とはわかっていても叫ばずにはいられなかった。すべての結果の責任は自らが負う、冒険者失格だ。
『ぴゅいいい!!!』
その声――――いや、鳴き声は上の方から聞こえた。
つまり空から。
大きな翼が風を切り、鋭い鍵爪が太陽に反射して光る。その一見愛らしい容姿に騙されがちだが強力な魔物――――ハーピーだ。しかも小規模ながら群れとなって急降下してくる。
「う、うわあ!! もう駄目だ……なんでこんなことに」
仲間たちが絶望の声を上げる。当然だ、ハーピーは対空装備や有効な魔法が無い限りある意味で力だけのオークより厄介。状況としては絶望的だったのが絶体絶命となったと言える。
「いや待て、あのハーピーたち従魔の首輪を付けているぞ!!」
偵察任務が得意で『遠目』のスキル持ちのカイルが叫ぶ。
絶体絶命の深淵にわずかな光明が差し込んだ。
従魔の首輪を付けているということは、味方であるとは言えないものの、少なくとも人間を襲う可能性は極めて低い。もっとも使役している人間が極悪人でなければ――――の話ではあるが。
『ぴゅいいい!!!』
『ぴゅいぴゅい!!』
『ぴゅるるるる!!』
目にもとまらぬ速度でオークたちに襲い掛かるハーピーの集団、その鋭利な鍵爪がオークの肉を深くえぐり出し蹂躙してゆく。
「な、なんだこの強さは……!?」
一般的な常識で言えば、ハーピー単体の強さはゴブリンとオークの中間くらいのはず。もっとも制空権という圧倒的有利さと集団戦における連携を加味すればオークとは互角程度には戦えても不思議ではない。
だが――――数で劣るハーピーがここまで一方的にオークたちを屠る姿を目の当たりにすれば、そんな常識が音を立てて崩れてゆく。
『ぴゅい!!』
オークの群れを殲滅したハーピーの一体がこちらにやって来た。おそらくは群れのリーダーだろう。
「危ないところを助けてもらって感謝する」
ハーピーは知能の高い魔物で、ある程度人語を解すると聞いたことがある。ましてや従魔として使役されている個体だ、こちらの意図は伝わると信じたい。
『ぴゅいぴゅい』
いやいや、気にしないで。まるでそう言っているかのように翼を横に振るハーピー。なんだかその仕草が愛らしくてついつい頬が緩んでしまう。
「ご主人は近くにいるのか? 出来れば礼をしたいのだが……」
リーダーのフェイスがハーピーに尋ねる。私も同じ気持ちだ、たとえ全財産を失ったとしても命さえあれば何とでもなる。
『ぴゅいいい……』
どうやら主人は近くにはいないらしい。となると何らかの任務中に偶然通りかかって助けてくれたのだろう。ありがたいことだ。
空飛ぶ魔物を使役できるというのは実に有益だ。手紙の運搬や偵察、あらゆる状況で必要とされる。
ましてやこれほど強力なハーピーを使役しているとなれば相当な実力者であることは間違いない。だが、私たちがハーピーたちに付いてゆくことは不可能だし、こちらの都合に合わせてもらうなどもっと出来ない話だ。
結局、私たちの名前と居場所を記した木片をハーピーに預けておくくらいしか出来なかった。
『ぴゅいぴゅい?』
どうやら倒したオークを食べても良いかと聞いているらしい。なるほど、お腹が空いていたというのもあったのか……どうやら私たちは相当に運が良かったのだろう。
飛び去ってゆく姿を眺めていると、ようやく生き残れた喜びが沸々と湧き上がってくるのを感じた。




