第五十五話 迷宮調査と国宝級魔道具
「あそこが迷宮の入り口となります。現在はギルドが入り口を封鎖して監視しているので中に冒険者や外部の者が入っている可能性は限りなく低いと思います」
通常、迷宮の探索はある程度調査が終わってからとなる。情報も無く潜って高ランク迷宮だった場合、それはすなわち死を意味するからだ。したがって迷宮が発見された場合、騎士団もしくは冒険者ギルドによってすぐに封鎖されることになっている。
「サティさん、どうしてまだ調査していないんですか?」
カツキさまの疑問はもっともだ。迷宮は利権の塊、生息している魔物の素材や希少な鉱物資源、ドロップするアイテムはほぼ無限に富を与えてくれる。しかも迷宮の魔物は基本的に外へ出てくることは無いので街にとっては良いことづくめ。可能な限り早く調査をして管理下に置きたいと思うのは当然だろう。
「あ、あの……ですね、迷宮の調査は通常大規模な騎士団が行います。しかしプロヴァンシアは商業都市国家ですので、自前の騎士団を持っていないのです。そうなると近隣の国から派遣してもらうことになるのですが――――最近きな臭い状況になっておりまして……どこも騎士団を動かせる状況ではないのです」
勇者さま御一行が魔神を倒して平和が訪れたこの大陸ではありますが、悲しいかな騒動の種は尽きない。ましてや各地で迷宮が大量発生している状況ではどうしても自国優先となる。他国へ派遣する優先順位が下がるのは仕方がない。
迷宮から得られる資源は魅力的なため、冒険者による合同調査も検討されたが、ノウハウも無い急造チームでは被害が大き過ぎると反対意見が根強く保留となり現在へと至るわけだ。
「なるほど、状況は理解しました。俺たちもあまり時間が無いですけど可能な限り調査を進めますね」
通常、迷宮の調査は数か月から半年ほどかけて行われる。その調査結果をもとにランクが設定され、始めて冒険者の派遣が可能になるのだ。普通なら半日程度の調査でどうにかなるものではない。普通なら。
しかしサレンさまは伝説の勇者パーティメンバー。冒険者で例えるならば最高位のS級ランク以上であることに疑いの余地はない。そして――――カツキさまや他のメンバーについては他でもないサレンさま本人が実力を保証している。となれば上層階の調査であれば問題なく可能だろう。
迷宮の難易度というのは上層、中層、下層でバランスが決まっている。つまり上層階の調査によって迷宮全体のランクが推定できるのだ。ギルドマスターが期待しているのもその一点に尽きる。
低ランク迷宮であれば、我々でも調査が可能になるし、高ランク迷宮ならば気長に騎士団の派遣を待つ。どっちに転んでも今後の方針が決まるというわけだ。
「おはようございます、サティさん。あらかた調査終わりましたので報告書まとめておきました。あ、魔石の買い取りもお願いします。それから……迷宮内で手に入れた物は俺たちがもらっても良かったんですよね?」
翌朝、迷宮の調査報告書が届けられた。
えーっと……最下層である地下四十階層までの詳細な地図……魔物の種類まで完璧にまとめられているんですけどっ!?
さすがのギルドマスターも腰を抜かしていた。ふふふ、あの顔見物だったわ。
◇◇◇
「紗恋さん、迷宮はまさにお宝ザックザクでしたね」
「そうね、特に最初に調査に入るメリットは大きいわ」
迷宮の調査を騎士団が行う最大の目的はその先行利益の大きさにある。発生したばかりで荒らされていない迷宮内には珍しい鉱石や薬草、財宝などが眠っていることも多いのだ。危険もあるが、国にとっては財政を立て直すチャンスでもある。目の色を変えて群がるのには理由があるのだ。
「紗恋姉さん、あの迷宮ってどのぐらいのランクになりそうですか?」
「そうね、四十階層で魔物の強さを考慮するとおそらくはCランクかBランク、難しいところだわ。街に近いことを考えるともう少し低ランクの方が好まれたでしょうけれどこればかりはね?」
あまり難易度が高いと挑戦できる人間が限られてしまう上、万一迷宮から魔物が出て来たときの対処にも苦労することになる。ただし、その分良質でレアな資源が得られるので悩ましいところだが。
「ところで――――この魔銀って希少な金属なんですよね?」
魔銀とは魔力を帯びた銀色の金属。克生はその塊を持って日に透かしてみせる。
「そうね、希少性も多少はあるけれど、その有用性の高さ故に需要にたいして供給が追い付いていないのが高価な理由かしら。そういう意味で、迷宮内で魔銀の鉱床を見つけたのは大収穫ね」
厳密には鉱床ではなく、迷宮最下層のボスであるゴーレムの身体が魔銀だったのだ。ボスは一定時間で復活するから定期的に倒せば安定的に素材を回収できる。魔銀鉱床とはよく言ったものだ。
もっとも――――いくら高価な素材とはいえ、ボスゴーレム自体の討伐難易度が高いうえ、仮に倒したとしても最下層から地上へ運ぶのも大変な労力を要する。
だが――――克生ならゲートを使って一気に最下層まで行けるので辿り着くまでのコストは魔力だけ。
問題は輸送だ。現状はゲートを使って運ぶしかないが、いささか効率が悪い。
となれば異世界ファンタジーの定番アイテムボックスの出番だが、紗恋含めて空間収納が可能になるレベルの空間魔法を使える人間が居ないのだ。使えるのは焔の母親で大魔導士のレイカ、それから勇者冬人のみらしい。
「でもマジックバッグなら持ってるわよ。昔レイカが作ってくれたの」
マジックバッグは見た目の大きさよりも内部の容量が大きい魔道具、容量によって値段は異なるが、家が入るほどの大容量のものはそれこそ城が買えてしまうほど高価で、そもそも数が少ないのでお金を出せば買えるという代物ではない。ほぼ例外なく国宝クラスと言える代物。
だが――――現物があれば克生の出番だ。
創造スキルの拡張と複製を使って容量を大幅にアップしたマジックバッグを人数分作り出す。素材は死の砂漠で入手したサンドスネークの皮と迷宮産の魔銀だ。
――――そういったわけで、一同はホクホク顔で迷宮から帰還した。
「結局……迷宮の大発生と世界喰いは何か関係があるんでしょうか?」
「うーん、わからないけどタイミング的に無関係とは言い切れないわ。世界喰いがこの世界に深く根を張ったせいでおかしくなっているのかもしれない」
この現象が一時的なものなのか、そうでないのか今の段階では何もわからないが、このまま迷宮が増え続けるようなことになれば、街中に出現して人間たちも住処を追われるようになってしまう可能性もある。手放しで喜べる状況というわけでもないのだ。
「とにかく先を急いだほうが良さそうですね」
結局、やることは変わらない。強くなって一刻も早く勇者一行に合流することこそ最優先すべきことなのだから。
焔「魔銀ってミスリルですわよね?」
克生「やはりあったかファンタジー金属!!胸アツだな」
焔「お兄さま、私にミスリル製の魔剣を作ってくださいませ!!」
克生「構わないけど……焔は魔法使いだろ? 杖とかじゃなくて良いのか?」
焔「せっかくの剣と魔法の世界、両方味わいたいのですわ~!!!」
克生「めっちゃわかる!!」




