第五十二話 再び異世界へ
実に濃い一週間であった。
入学して早々、慣れる間も無く事件に巻き込まれ、あっという間に学園で超有名人となってしまった克生。良くも悪くも今の彼に気安く話しかけてくる勇者はほぼ居なくなった。
何しろ学園の派閥トップの焔、生徒会長の魔璃華、裏ボスの聖と懇意であるだけでなく、サクラ王女とも親しい――――いや、明らかに恋人の雰囲気を出しているのだ。まともな精神の持ち主であれば、まず近寄ることを躊躇せざるを得ない。
ただ、それと反比例するように克生の周りには取り巻きが増えた。彼自身の持つ魅力、その周りにいる女性陣によるメリットが存在するからだ。少しでもお近づきになりたいと思うのは仕方がないことだろう。
そんなわけで学校にいる間は自分の時間などほぼ存在しない。せいぜいがトイレに入っている時くらいだろう。そしてプライベートでは小説家とイラストレーターとしての仕事を抱えている上、なぜか千鶴やサクラ、ミサキとデートする羽目になってしまい目が回るほど忙しい。屋敷に帰れば帰ったで妹たちの相手が待っている。強靭な精神力を持つ克生でなければ倒れているところだ。
実に濃すぎる日々を過ごしてようやく訪れた週末、しかし克生に休む暇など存在しない。
そう、異世界へ行かなければならないからだ。
「なんだかずいぶん昔のような気がしてしまいますね」
クロエがそんなことを言えば、皆同様に頷く。
「ハーピーたちが頑張ってくれていること、何より無事でいてくれることを祈ってるよ」
「そうだな……今思えばもう少しあいつらを優先的にレベル上げしてやるべきだったかもしれない」
克生の言葉に魔璃華が同意する。
一刻も早く両親たちの元へ到着したい以上、ハーピーたちへの期待は大きい。彼らが学校へ行っている間に移動し続けてくれるのだから。
「俺ももっと魔道具を研究してさらに強力なものを作るつもりだよ」
克生の『創造』スキルであれば、たとえば既存の物を改変してアップグレードすることは難しくない。前回克生は様々な属性効果を付与した首輪をハーピーたちに渡している。やはり、ゼロから生み出すのは難しいので、今回の異世界行きでは可能であれば有用な魔道具や魔剣などを入手して仲間たちの補助が出来るものを作りたいと考えている。何もレベルアップによるステータス強化だけに頼る必要など無いのだから。
「まあ、最悪の場合はクロエちゃんに頑張ってもらうしかないわね」
紗恋などはなるようにしかならないと良い意味で力が抜けている。そのあたりは経験値の差が出る部分だろう。何事も気を張り過ぎてしまえば予定外の出来事で躓いた時にダメージが大きくなってしまうもの。
「ハーピーたちにはとにかく安全重視で行動するように言ってありますし、人間の領域でグリフォンなどの天敵に出会う確率は極めて低いです。心配しすぎですよ」
「聖はなんでそんなに異世界に詳しいのよ? 行くのは初めてでしたわよね?」
「お嬢さまが遊んでいる間も私は情報収集していたのですから当然です」
「くっ、家のメイドが優秀過ぎて辛いですわ……」
「それじゃあ行こうか、鬼塚さん、サクラたちのこと頼みます」
「かしこまりました。無事のご帰還お待ちしております」
クイーンズランドにおける敵対勢力は克生があらかた一掃しているが、彼女を狙う存在は世界中に存在する。護衛も増やしているし、ミサキとサクラも克生のスキルで強化されているので余程の事態でない限り大丈夫なはず。念のためしばらくは克生たちが居ない間は外出を控えてもらっている。
「さて、やってきました再び異世界へ!!」
とは言っても、克生のゲートを使うだけなので一瞬で来れてしまう。旅行の雰囲気も何もあったものではないが。
もっとも前回のように女神の介入があるかもと少し身構えていたが、今回はそういったことは無く、あっさりと異世界に到着する。
「……よし、ハーピーたちは無事だな」
「魔璃華、わかるのか?」
「ああ、上手く説明できないのだが感覚でわかる」
どうやらハーピーは無事かどうかはさておき、生きてはいるらしい。魔璃華の言葉にまずは安堵する一同。まずは予定通り埋めてあった受信機を確認する。
「……うん、どうやら上手くいったみたいだな」
受信済みの映像を確認して満足そうに頷く克生。ハーピーのカメラからは自動的にデータが送られているので、たとえ今ハーピーに何かあったとしても最後のデータ送信元までは転移できる。
「克生お兄さま、どうしますか?」
今すぐにハーピーの元へ向かうか、それとも一旦街へ入るか。
「紗恋さん、これどの辺りかわかりますか?」
クロエの質問に少し考えた後、紗恋にハーピーたちの現在位置を推定してもらうことにした克生。
「ちょっと映像見せて。うーん……あ、あの街はたしか……なるほど、とすれば……ハーピーたちの現在位置はジラルディ騎士国領内のはずよ」
「ジラルディ騎士国……たしかかなりの田舎ですよね? 大きな街もあまりなかったと思いますけど」
克生はこの世界の地図や情報について手に入った範囲で完全に記憶している。もっとも地図の精度として正確からは程遠いものであるし、情報も同じく参考程度、だが――――知っているのと知らないのでは大違いだ。
「そうね、しばらくは大きな街が無いから買い物するにしても情報収集するにしても、ナシテの街で済ませておいた方が間違いないと思うわ」
ナシテは大陸南部最大の商業都市国家プロヴァンシアの商都だ。面積に対して人口は多く、街道も各方面整備されているので大陸全土から人や物も集まってくる経済的な要衝の一つ。紗恋の言う通り、買い物や情報収集にはうってつけと言えるだろう。
「よし、それじゃあナシテへ行こう」
克生は紗恋の言葉を聞いて街へ行くことを決めるのであった。




