第四十九話 王女殿下のため息
「あああああ!! そこ駄目ええええ!!!」
はあ……はあ……私としたことがはしたない声を上げてしまいました。
でも、気持ち良すぎるのがいけないのです。
カツキの指はまるで魔法みたいで……私の孤独や不安を温かく包み込んで溶かしてくれる。
クイーンズランドは現在内戦状態が続いています。
反乱を指揮するのは私の叔父にあたる人物、身内同士が血を流しているなんて耐えがたいことです。
私は、留学という名目で日本へやってきました。万一国王陛下に何かあった時のために逃がされたというのが本当の理由。ここでなら鳳凰院家の庇護が受けられますからね。
日本への留学は幼い頃からの私の夢でしたから、どんな形であっても実現したことは嬉しい。
ただ……国民や家族が苦しんでいる時に何も出来ないのはどうしようもなく悔しくて歯がゆい。私が残ったところで足手まといにしかならないことは理解していますが――――それでもです。
幼馴染同然に育てられた護衛のミサキはずっとピリピリしています。
当然でしょう、叔父は現王室の血を残さず排除することを旗印としています。自分自身は良いのかと疑問に思いますが、私も狙われていることは間違いありませんから。
私自身は孤独に慣れていますから友人が出来なくとも問題ないのですが、このままではミサキが疲れ切ってしまいます。彼女は護衛である前に私の大切な友人なのです。
「……わかっております。ですが――――そのせいでお友だちが出来ないのはちょっと……」
ちょっと我がまま過ぎるかなと思いましたが、狙い通り鳳凰院家のお世話になることになりました。
鳳凰院家とクイーンズランド王家は親戚のような関係にあり、現当主代理のホムラは私の従姉妹です。久し振りにゆっくりとお話もしたかったですし、何より彼女は私のオタク友だちなのです!!
クイーンズランドでは手に入らないお宝をホムラが毎回入手して送ってくれていましたからね、リアルで会うのは久しぶりでもオンライン上ではほぼ毎日話していましたから変な感じですけどね。
驚いたのは彼女に兄や姉が増えていたこと。
皆個性的で素敵な方々でしたが――――中でも一番印象的だったのはカツキ、ホムラの義兄です。
まるでお話の世界から抜け出してきたような王子様みたいで――――とっても優しくて紳士。
ホムラから散々惚気を聞かされましたが、気持ちはわかります。存在自体が尊い!!
そして衝撃の事実が――――
「な、なんですって!! カツキが……真夏にセーター先生って嘘ですよね?」
私とホムラは互いに一番のファンを公言する同志。そんな彼女が嘘をつくはずありません。
あんなに素敵な殿方が――――敬愛する作家先生だったなんて……!!
私はあまりの幸運にこのまま死んでもいい、なんて浸っていたのですが――――ホムラは無慈悲な追い打ちをかけてきたのです。
「はああああっ!? ビクトゥリー先生もカツキなのですか!?」
私はビクトゥリー先生に自分のイラストを何枚も描いていただいたほどの古参のファンです。いただいた絵は王宮にも飾られています。
ホムラとは、真夏にセーター先生とビクトゥリー先生のどちらかを選ばなくてはならなかったとしたらどうするという究極の選択について何度も議論してきましたが、身体が真っ二つになって死ぬという結論が出るほどどちらも選べなかったのですが……。
「ほ、ホムラ……貴女はその二つを同時に手に入れた、ということなのですね?」
人生で初めて嫉妬しました。
ですが――――私は王女、ホムラのように好きなもののために飛び込むことは出来ないのです。
「サクラさま、どうかされましたか? 深いため息など珍しいですね」
ミサキが心配そうにこちらの様子を伺う。
たしかに私らしくない、いや――――原因はわかっているのですがいつものように気持ちの整理が出来ないのです。仮面を被るのは――――誰よりも得意だったはずなのに。
「伏せてっ!!」
ミサキが私を突き飛ばすのと同時に窓ガラスが割れる。
銃を持った黒づくめの人間が複数校内に侵入してくる……問いただす必要すらない、刺客だろう。
周りに関係ない一般人である生徒がいるのに正気ですか!!
当然この騒ぎに他の護衛も駆け付けてくるだろうが、おそらく間に合わない。
私の身柄を確保することが目的であるならばまだやりようもあるし時間稼ぎも出来る。
でも、彼らの目的は私を殺すこと、ならばそう時間はかからないのだから。
「私が時間を稼ぎます!! サクラさまは手筈通りにお逃げください!!」
いくら彼女が優秀でも銃を持った複数相手では私を護り切れない。こういう時のためにあらかじめ逃走経路を決めてあるのだ。
しかし――――反対側からも刺客が――――!?
まさかここまでしてくるとは想定外でした……支持母体が弱い叔父が、国際問題を起こしてまで行動はしないだろうと誰もが考えていたのです。
「サクラさまああああ!!!」
もはや逃げ場もありません、ミサキが盾になるべく私の前に決死の覚悟で飛び込んで――――
パンッパンッパンッ!!
無情にも数発の乾いた銃声が響きました。
「ミサキっ!!!!」
抱きしめた彼女の身体は温かくて――――
「え? 私……生きてる?」
「ああ、間に合ったみたいで良かった」
え……? なんで……?
私たちの前には――――カツキが立っていた。
「カツキ!! 銃で撃たれたのよ!?」
「問題ない、ちょっと待ってろ今片付けるからさ」
カツキが消えたと思った瞬間に刺客たちの手から銃が落ちた。正確にはバラバラになった。
そして――――次の瞬間には膝から崩れ落ちてゆく。
「す、凄い……一体どうやって――――カツキッ後ろ!!」
「チッ、爆弾かよ」
倒される瞬間に投擲された小型爆弾、辺り一帯を破壊して私たちを殺すには十分過ぎる威力、自分たちも死ぬことになるのに躊躇わずに使ってくるとは――――
ごめんなさいカツキ、アナタを巻き込んでしまった。許されるなら生まれ変わってアナタと――――
「サクラ、ミサキ、防御姿勢を取れ!!」
カツキが爆弾を抱え込んだように見えた――――
次の瞬間、轟音と爆風で私たちは吹き飛ばされた――――が、周囲の建物の被害は限定的で、何より大きな怪我も無く生きている。
「カツキ……馬鹿な……爆弾を自ら抱え込んだのか……」
ふらふらと立ち上がり呆然とした表情で――――いまだ煙が立ち込める爆心地を見つめるミサキ。
「い、いやあああああ!!! カツキ!!!!」
私は――――我を忘れて叫ぶことしか出来なかった。




