第四十七話 鳳凰院家の朝
「うわああん!! 克生お兄さまあああ!!」
「どうしたクロエ?」
早朝、克生のベッドに飛びこんでくるクロエ。今更驚くことではないので冷静に受け止める克生だが――――どうも様子が変だなと首をかしげる。
「せっかくラブラブイチャイチャの高校生ライフが送れると思ったのに……いまだにお昼すら一緒に食べられていないんですよおおおお!!! 私も克生お兄さまや皆と一緒に食べたいですううう!!!」
なるほど、それで拗ねていたのか。克生は納得しつつも、クロエの現状を考えると仕方ないかなと考える。
「私なんて一人だけ学校行けないのよ? クロエちゃんなんてまだ恵まれてるわ!!」
「うっ……たしかにそうかもしれないですけど――――って、なんで紗恋姉さんがここに居るんですか!!」
ステータス強化のためだとわかってはいるが、ツッコまずにはいられないクロエ。
「まあまあ、最初だけですわクロエお姉さま」
「うむ、焦らずとも大丈夫だ。最悪生徒会室で食べるという手もある」
焔と魔璃華はそう言って慰めるが――――
「って貴女たちもどさくさに紛れてなんで居るんですかあああ!!!」
布団と一緒に三人をひっぺがすクロエ。
「あら? 見つかってしまいましたか」
一糸まとわぬ姿で克生に抱きついている聖がにっこりと微笑む。
「聖は服着てください!!」
「なぜですか? お兄ちゃんは喜んでくれているのですが?」
主に聖の完璧ボディを見せつけられると凹むからであるが、それを素直に言えるほどクロエも大人ではない。
「……なんだか疲れました。私には至急克生お兄さま成分が大量に必要です」
姉妹たちの存在は一旦無視することに決めたクロエは、少しでも成分を摂取出来るように濃厚な朝の挨拶をする。
「よしよし、寂しいかもしれないけどたくさん友人が出来るって素晴らしいことだと思うよ? 俺はこうして家でも会えるけど、友だちは学校でしか会えないわけだし」
克生の言葉にクロエは黙る。そもそも克生と一緒に居たいのであれば別に高校に行く必要は無かったのだ。克生自身元々行く気は無かったわけで、すべてはクロエ自身が招いた結果がこれなのだから受け入れるしかない。
まあ……中学時代はそれでも何とかなっていたから大丈夫だと思っていた部分もあるが、彼女の存在感が大きく成長していることをクロエ自身が正確に把握できていないことが原因。もはや周囲が放っておいてくれることを期待することなど出来ないのだ。
「クロエ姉さま、とにかく現状を維持した方が良いですわ。常にお友だちがガードしてくれているわけですから」
「そうだな……女子のガードを外せば今度は私のように男どもが群がって来るだけだからな。まあ……クロエなら力で捻じ伏せることも出来るだろうが――――そういうのは好まんのだよな?」
そうなのだ。クロエは荒っぽいことは苦手だし暴力は極力反対の性格、魔璃華のようには出来ない。となると、焔のように女子の取り巻きによって守ってもらうしかないわけで。
「クロエさまが特級クラスに入ってくれるのが一番良いのですが、学力的に難しいですしお仕事のことを考えるならば芸能科に所属している方がよろしいかと思いますよ?」
聖が言うように、全員特級クラスに集まっていれば問題ないのだが、クロエの学力では極めて難しい。それに学園生活をトータルで考えた時、無理して特級クラスに入るメリットがほとんどない。
「う……ですよね」
「まあ、そんなに落ち込むな。少しずつ俺たちが兄妹であることを周知していくつもりだから、もう少しだけ我慢すれば一緒に居ても不自然じゃなくなる」
克生は落ち込むクロエの頭を優しく撫で続ける。
克生たちは、学園に入る際、あえて鳳凰院ではなく、以前の苗字を名乗ることに決めた。
兄妹であることを隠すわけではなく、克生とクロエに加えて、魔璃華や聖まで鳳凰院姓を名乗ることになれば、鳳凰院家が学園を私物化しているかのような印象を与えてしまう。それはあまりよろしくないし、周囲が必要以上に委縮して友だちが出来なくなる等、快適な学園ライフに支障が出ることを懸念したからだ。
「クロエ姉さま、とりあえず来週から週に一度皆でお昼を食べる日を作りましょう。問題なければ二日、三日と増やせば良いのですわ。仲の良いお友だちが出来たのであれば、一人か二人くらいでしたら一緒に連れてきてくれても構いませんし」
焔とて毎日一緒に食べるわけではなく、週に何度かは取り巻きの仲間との時間を作っている。魔璃華も生徒会のしがらみがあるので時々抜けざるを得ないこともある。聖は――――護衛と称して常に克生から離れないが。
「はあ……羨ましい……やっぱり私も編入しようかしら?」
悩む紗恋だが、そんなことが出来るはずもないのは本人が一番よくわかっている。せめてもと克生にこれでもかと甘えるくらいしか出来ない。ちなみに紗恋の姿は克生の希望で日替わりとなっている。どっちが良いと聞かれてどっちも好きだと言った結果だ。
美少女五人に囲まれた朝。一見すれば男の夢のような状況だが、克生のやっていることを知れば、普通の人間には不可能だとすぐに理解できるだろう。これはこれで大変なのである。
「えへへ、今日は私の番ですね」
クロエは幸せそうに克生にもたれかかる。
朝食時、克生の両隣の席は日替わりとなっている。今朝はクロエと魔璃華が当番だ。夕食は夕食で当番が異なる。
「兄上、はい、あーん」
甲斐甲斐しくお世話をする魔璃華。
「克生お兄さま、こちらも美味しいですよ、あーん」
「くっ、これから仕事に行かなければならない私に癒しはないの!?」
今晩の夕食時の両隣は焔と聖だ。五人いるのでどうしても外れてしまう者が一名出てしまう。今日はたまたまそれが紗恋であっただけなのであるが。
「ふふふ、私たちにはお昼もありますからね?」
「なんだか申し訳ないのですわ」
ガックリと崩れ落ちる紗恋。
結局、来週からはクロエもお昼に参加できる機会が増えるということで、紗恋だけは最低でも朝、夕どちらかは必ず担当できるようにシフトが組み直されることになった。
ちなみに紗恋は克生がゲートで会社まで送るので通勤時間はゼロ、おかげで仕事が捗るし、夕食の当番がある日は仕事への集中力が違うので残業もほとんどしていないというホワイトな環境。
学園への登校もゲートを使っているので、送迎が無くなった分、仕事過多であった執事鬼塚も多分に恩恵を受けている。
もちろん、その分のしわ寄せは克生が負担しているのだが、この程度の転移であれば魔力的には何の問題も無いし時間も一瞬だ。
「それじゃあ、今日も頑張ろうか」
「はい、克生お兄さま!!」
「頑張るのですわ!!」
「うむ、気合十分だ!!」
「はい、お兄ちゃんの仰せのままに」
鳳凰院家の朝は今日も平和である。




