第四十四話 生徒会副会長の憂鬱 前編
「――――というわけで、今日から兄上が我が学園の生徒となる。諸君らのサポートに期待する、以上だ」
高等部登校初日、生徒会メンバーを集めて行われた朝礼、それは予定通りではあったのだが、問題はその中身だ。生徒会メンバーから困惑の色が見て取れる。
当然だろう、会長に兄が居るなんて初めて知ったのだから。
いや、というより生徒会の全力を挙げてサポートしろなんて――――完全に公私混同じゃないですかね?
まあ――――やりますけど!! 公私混同? ははは……今更何言っているんですか?
本人にバレないようにそれとなく――――ですか。なかなか難しい仕事ですが、特級クラス所属の天才、この私にかかれば呼吸をするようなもの。ふふふ、お任せください会長!!
会長――――麻生魔璃華さまは大変優秀でいらっしゃる。
その圧倒的でゴージャスな麗しきお姿!! 天才であるこの私を上回る頭脳!! そして何よりお強い!!
精神的な意味ではなく、いや、もちろん精神も鋼かタングステンで出来てますが、物理的な腕力が普通ではありません。冗談でも比喩でもなく、ヒグマにも勝てると思います。
最初は私も会長に憧れて生徒会に入った口ですが、今はもうそんな大それたことは考えておりません。ええ、死にたくありませんので。
というわけで会長に関してはまったく何の心配もしていないのですが、副会長としては懸念は伝えておかねばなりません。なにしろ後でしわ寄せがくるのは我々なのですから。
「会長、我々生徒会メンバーは問題ありませんが、あの連中が大人しくしているとは思えません」
あの連中とは――――会長と付き合うことが目的で勝負を挑んできた色ボケ腕自慢の野郎共だ。
総数は私も把握していないが、学園の生徒以外も含めれば確実に四桁はいるだろう。今日もまた増えたという報告を受けているし……。
皆会長に完膚なきまでに敗れ、誓約書によっても縛られているので反抗する心配は無いのだが……彼女に心酔している親衛隊のような集団と化しているのが厄介。もちろん非公認だが、会長本人以外の人間に対する行動までは縛ることは出来ないですからね……トラブルの予感しかしません。
「ハハハ、兄上のことなら心配いらない」
「で、ですが――――」
「言っておくが、兄上は私より圧倒的に強いぞ? あんな連中、束になってかかっても瞬殺されるだけだ、心配するな」
え――――? 会長より……圧倒的に強い?
あの涼しい顔で五百円玉を二枚重ねてゴムみたいに曲げてしまう会長より? ははは……冗談……ですよね?
あのテレビでしか見たことない女好きで有名な世界的な格闘家を全身複雑骨折で病院送りにした会長より?
冷や汗が止まりません。会長の強さを知るからこそ恐ろしい……。
「そ、そうでしたか、要らぬ心配でしたね」
「うむ、だがまあ……せっかくの学園生活のスタートをあんな連中に邪魔されては兄上に迷惑がかかるのは事実。羽虫とて群れれば鬱陶しいものだからな。よし――――副会長、悪いが連中を集めてくれ。今すぐに来れる奴だけで構わん」
ははは……実に有意義な話し合いでした。あれがはたして話し合いというのかどうかは議論の余地はありますが、会長が話し合いだと仰るのであれば話し合いです。
初めて連中に同情してしまいましたが。
それにしても――――会長にここまで言わせる兄とは一体どんな人物なのでしょう?
正直興味が無いわけではないのですが、私の本能が全力で関わることを拒否しています。
まあ……そうなりますよね。
お昼は学食のラウンジで取りますから、関わらないわけがないのです。私は会長の右腕として常に近くに待機するように言われておりますので尚更。
救いがあるとすれば――――会長のお兄さまがめっちゃ優しそうなこと!! しかもなんですかあのイケメンは!! どこの王子様だよ!! 失礼ながら勝手にゴリラのボスみたいなイメージを膨らませていましたよ。少なくとも会話が成立しそうな御仁であることは一筋の光明です。
それは良いんですけど、え? どうなっているのですか!? なぜ鳳凰院焔と清川聖が一緒に?
ええっ!? ちょっと待ってください、三人は姉妹だったのですか!?
あの……派閥争いってなんだったのでしょうか? あ、いや、もちろん周りが勝手に盛り上がっていただけなのは承知していますが――――
それにしても――――あの会長がここまでデレている姿を拝む日が来るとは……複雑な心境です。
ええ、わかりますよ? お兄さまの両脇が鳳凰院と清川に占領されてますからね,何とかしたい気持ちはわかります。対抗したくなりますよね、兄妹は居ませんが理解できます。
ですが――――だからといって、お兄さまの後ろから抱きついて頭の上にその豊満な胸を乗せるのは――――さすがにやり過ぎではないでしょうか?
いやたしかに両脇の二人もやり過ぎてますけどね!! ここ学食ですよ!!
っていうか、まったく動じた様子が無いお兄さますげえなっ!? 普通に会話しながらご飯食べてますね…。やはり見た目通りの優男というわけではないのでしょう。
「副会長、ちょっと生徒会室使うから立ち入り禁止で」
「……かしこまりました」
会長と鳳凰院焔が男を連れ込んでいます。色っぽい話ではありません。
昼食の時に居た男ですね。たしか『情報屋』とか呼ばれている者でしたか。なぜあの場所に居たのかはわかりませんが、祈りを捧げておきましょう――――どうか死にませんように。




