第四十三話 鳳凰院派の事情
「ほ、焔さま!! これからお昼をご一緒出来なくなるってどういうことですか!!!」
高等部へ移行した初日、私たち鳳凰院派に衝撃が走りました。
大切な交流、意見交換の場の一つであった昼食会に焔さまが参加されないというのです。
一大事です。
控えめに言っても一大事!!
私たちは会長派のように生徒会室があるわけではありませんから、こうして集まる機会というのは限られています。特に昼食会はその中でも特に重要。派閥の幹部クラスにとっては焔さまと堂々と一緒に居られる貴重な時間。
もっとも焔さまは基本自由な方なので――――もともと参加したりしなかったりであまり変わらない気もしますが……それに実務はすべて聖さまが取り仕切っているのでいらっしゃらなくても影響は限定的――――いやいや、可愛らしい焔さまを愛でられなくなるのは大問題、そうです、困るのです!!
え? 聖さまも参加出来ない!? そっちは洒落になりませんよ!! どうかお考え直しを!!
どうやら不参加の理由はお二人のお兄さまがこの学園に入学してきたかららしい。
え? お兄さま居たの!? 今まで聞いたことなかったんですけど!?
っていうか焔さまと聖さまって姉妹だったんですか!? そっちもビックリですよ!!
ええ、詳しく聞きたいですよ、好奇心が抑えられません。
ですが――――聖さまの威圧が発動しています。
そうですね……あれは危険です。死人が出てもおかしくないレベル。
好奇心は聖さまに殺される――――鳳凰院派の格言です。覚えておくと長生き出来ますよ?
私たちの抵抗虚しくお兄さまには勝てませんでした。なんでもお兄さまとイチャイチャしながらお昼を食べるのが憧れだったとか。うーん焔さまはともかく、聖さまが?
うっ――――
はあ……はあ……わ、私としたことが……失態です。聖さまの機嫌が良くて命拾いしましたね。ありがとうございますお兄さま、貴方は私の命の恩人です。
さて、こうなると私たちの最大の関心事はお兄さまです。
あの焔さまと聖さまがイチャイチャしたいと公言するほどの殿方です、是非ともご尊顔を!!
出来ればお近づきになりたいのですが、どうやら一方的に恨みを抱いているメンバーも見受けられます。さすがに直接手は出さない――――いえ、出せないでしょうけれど念のため注意しておくようにしておきましょう。ええ、一応仲間ですので。
杞憂でした。
お二人のお兄さま、克生さまというのですね、聖さまに雰囲気がよく似てらっしゃる――――つまり超絶イケメン!! ええ、全員即落ちですよ、瞳にハートマークなんて本当になるものなんですね……マンガとかアニメの表現方法だとばかり思ってました。今度はストーカー対策が必要になるかもしれませんが、とりあえず平和的な雰囲気になって一安心です。
それにしても――――お二人ともイチャイチャし過ぎではないですか? 一応学食で他の生徒の目もありますし……うわあ……あんなに露骨に胸を押し当てて……見ているこっちが赤面してしまいます。
……というか克生さま、この状況でもまるで動じてらっしゃらない……どれだけ大物なんでしょうか?
さすがあの聖さまのお兄さま――――おっと、これ以上は危険ですので克生さまの素敵なお姿を堪能――――はっ!? ま、マズいです、あれは……会長の麻生魔璃華!!!
ど、どうしましょう……ここは身を挺して盾になるべきでしょうか……?
ですが、あの破壊の女神相手に私たちの肉壁など障子の紙以下、時間稼ぎにもならないでしょうし、荒事を望まない焔さまのご意向に背くことになってしまいます。
え――――? 克生さまって麻生魔璃華のお兄さまでもあるのですか?
えっと……ごめんなさい、ちょっと意味が分かりません。
でも――――なんだか楽しそう。
あんなに笑っている焔さまも、ましてや聖さまなんて見たことが無いです。
もしかしたら――――近い将来、
この学園から派閥争いなんて無くなる日が来るのかもしれないですね。
私は――――それを見ることが出来そうにないのが残念ですが、最後に素敵なものを見させていただきました。
学園を辞めることになるので、借りていた本を返しに行きます。
「え? か、克生……さま?」
本を探している克生さまと目が合ってしまった。
「えっと……城ケ崎……千鶴さんだったよね?」
嘘……でしょ!? 一度焔さまから紹介されただけなのに私の名前……覚えてくれたんですか?
「は、はい、えっと……克生さまは読書ですか?」
「うん、そのつもりだったんだけど……良かったら時間ある?」
これは……どういう状況なのでしょうか?
校舎裏で克生さまと二人きり……心臓が飛び出しそうです。
「城ケ崎さん、悩んでることがあるなら聞くよ?」
何故でしょう涙が止まりません。
もう諦めたと思っていたのに――――克生さまのどこまでも澄んだ――――温かな眼差しが――――私の心の奥まで溶かしてしまったのでしょうか?
「……私、親が決めた婚約者――――許嫁がいるんです。その彼が今度海外に行くことになって、学園を辞めて一緒に来て欲しいって」
「城ケ崎さんは辞めたくないんだね?」
「……はい、彼とは数度会っただけで……私はちょっと苦手だったんです。結婚はもちろん海外へ一緒に行くなんて考えられない。でも――――」
「断ったら激昂して脅して来たんです……どうやったのか私の着替えや裸の盗撮写真を――――ばら撒くって――――」
それ以上言葉に出来ませんでした。
辛かったのもありますが――――克生さまに強く抱きしめられて心臓が止まるほど驚いてしまったから。
「辛かっただろ、もう大丈夫だ、すべて俺に任せておけ」
そこから先のことは覚えていません。
ただ克生さまの胸の中で泣いていたらしいことは薄っすらと記憶に残っています。
数日後――――先方から正式に婚約の解消と慰謝料が届きました。
噂では海外行きも無くなり、大怪我をして入院しているとかしていないとか。
「千鶴、なぜ私に相談しなかったのですか?」
「ごめんなさい……楽しそうにしている聖さまのご迷惑になると思って――――」
「まったく……本当に馬鹿なんですから。まあ、私は貴女のそういうところを評価しているのですが。でも、次からは絶対に相談すること、良いですね?」
「は、はい!!」
普段はとっても怖い聖さまですが、それは大切なものを守るためだと私たちは知っています。
「ここからは独り言ですが――――あのクズが貴女の前に姿を現すことは金輪際ありませんので安心してください」
「あ、ありがとうございます」
「……独り言だと言ったはずですが」
「はい……私の独り言です!!」
「……明らかに不審者ですよ?」
「聖さまが言いますかっ!?」
聖さま……ありがとうございます。おかげで立ち直れそうです。
「千鶴、まだ何か言いたそうですね」
「あ、あの……克生さまに御礼をしたいのですが――――」
わかってます。私があの方とお付き合いできるなんて思ってはいません。
ですが――――もし望まれるのであれば私のすべてを差し出しても構わないと思っています。
「そうですか。貴女の想いが本物なのでしたら提案があるのですが――――」
私は、城ケ崎 千鶴。
克生さまに恋する乙女です。
魔王聖「千鶴、力が欲しいか?」
千鶴「ほ、欲しいです!!」




