第四十一話 学食クライシス
星彩学園の学食はわかりやすく例えるなら大型のショッピングモールにあるフードコートみたいな感じだ。もっとも質は全然違うけどな、高級食材がトッピングに並んでいる時点で。
そして素晴らしいことに学園の生徒なら制限無く格安で利用できる。庶民の俺にとっては学園生で良かったと心から思える瞬間だな。もっとも、特級クラスの連中は無料なんだが。くっ、羨ましいぜ。
「克生、妹さんがいるなら大丈夫だと思うが、席を選ぶときは注意が必要だぞ?」
「ん? どういうことだ?」
「暗黙の了解で、ある程度席が決まっているんだよ、特にヒエラルキー上位の連中に関しては、な? もちろん本人がそう主張するわけじゃないんだが、気は使う部分だ」
「なるほどね、それはわかったけどどうやって見分けるんだ?」
「常日頃から観察を怠らないことだな、まあ新入りに関しては無言の圧力を感じたら素直に席を譲ればそれ以上何も言われないと思う。取り巻きの連中が直接言ってくる場合はわかりやすいけど、中には何も言わないで一方的にヘイトを貯め込む面倒くさいヤツもいるからな」
「ははは……了解」
さてと、克生の妹だが、一体誰なんだ? まったく予想が出来ない。特級クラスにいる女子は全員把握しているが、誰だったとしても学園上位ヒエラルキーに所属しているメンバーだ。正直、ちょっとビビってしまっている。
「なんかラウンジに居るって言われたんだけど……」
「ああ、特級クラスって学食に専用ラウンジがあるんだよ、あっちだ」
専用ラウンジは高級感が別次元。彼らしか利用できない専用カウンターがあって、料理や飲み物はスタッフが席まで運んでくれるという特別待遇。同伴者としてなら俺も入れるらしいけど、特級クラスに一緒に飯食うような知り合い居ないから入ったことはない。なんかめっちゃ緊張する。
「あ!! お兄ちゃん!! こっちです!!」
はうっ!! な、なんて可愛らしい声!! 一撃でハートを射抜かれちまった……。くそ、克生の奴、なんて裏山けしからん――――
って、うわあああああああ!!!!!! き、きききき清川……ひ、聖っ!? え? 嘘だろ!? ま、まさか……清川聖が克生の妹!?
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい
に、逃げないと!! アイツはヤバい、マジでヤバい、絶対に関わっちゃいけない学園ナンバーワン!!
「あ、聖、良かった。待たせたか?」
「いいえ、私も今来たところです。ところでそちらは?」
しまったああああ、見つかってしまった!?
「ああ、友だちの隆道だ。同じクラスで良くしてもらってる」
「まあ!! そうでしたか、兄をよろしくお願いしますね、高槻さま」
ひいっ!? お、俺のこと知ってやがる!? 光栄だけど嬉しくない。だ、駄目だ……認識されてるなら逃げられない。覚悟決めるしかない。
「学校はどうですか?」
「ああ、皆優しくて親切だし、先生も良くしてくれるから今のところ楽しめてる」
「ふふふ、それは良かったです」
楽しそうに話している清川と克生。あのクールな清川が笑っている姿なんて見たこと無いんだが?
あんな表情も出来るんだな……もしかしてこれが本当の姿……なのかも、なんて思わされてしまう。普段とのギャップが圧倒的な破壊力をもって心を蹂躙する。一挙手一投足に目が奪われて離せない。
それにしても……こんなに近くで見たのは初めてだが、あらためて恐ろしいほどの美少女だ。容姿端麗、頭脳明晰、女子力カンスト、護身術も達人級だと噂されてる完璧超人。男女問わず圧倒的な人気を誇る学園の華。正体を知っている俺ですら魅了されて動けない。
清川 聖――――克生には二大ボスの話はしたが、彼女は鳳凰院の右腕的なポジションにいる。
だが、実態は清川が鳳凰院派のすべてを取り仕切っているんだ。生徒会長派と鳳凰院派がうまく共存出来ていて大きな問題を起こしていないのも彼女の存在があるから。
学園の裏の支配者――――彼女の真の姿を知るものは畏怖を込めてこう呼ぶ――――フィクサー清川と。もっとも、本人に聞かれたら消されるので絶対に言ってはいけない。いや、思ってもバレるという噂があるので、考えてもいけない、思考を無にするんだ、生き残りたければ!!
え――――――――き、清川さまが俺の方を見て微笑んで――――ち、近いっ!?
『……情報屋、兄に不利益なこと、敵対行為、そして私について余計なことを吹き込んだりしたら――――一切の躊躇なく消しますからね?』
ひいいいいっ!!! なんで俺の裏の名前知ってるんだ!? 超絶美少女がにっこり微笑んで耳元で囁くとか、普通なら昇天する案件なのに――――死が幻視出来てしまった……冷や汗が止まらない。あ、ヤバい……少し漏らしたかも……。
「か、克生、悪いちょっと席外すわ……」
「ん? トイレか?」
「ああ、悪いな」
はああああああ……寿命が十年縮んだ……。
正直もう逃げたい、帰りたい。だが――――それは許されない。
売店で下着を買って履き替えてからラウンジに戻る。
遠目から二人が談笑しているのが見える。美男美女は絵になるなあ……映画のワンシーンみたいだ。
ああ、こうしてみるとたしかに兄妹なんだと納得する。雰囲気がよく似てる。
あれ? えっと……俺……あの楽し気な雰囲気の中に割り込んで良いのかな?
お、怒らないよね……?
「遅かったな隆道!!」
「……もっとゆっくりなさってもよろしかったのですよ?」
克生には蕩けるような眼差しを向けていたのに、魂まで凍りつきそうな冷たい視線が心臓を抉る。ヤベエ……絶対に邪魔だと思ってらっしゃる!? 空気読んで消えろ的な深い意図をひしひしと感じる。
りょ、了解です!! 俺は空気が読める男、隆道!!
「な、なあ克生、せっかくなら妹さんと兄妹水入らずで楽しんでくれよ」
「気にすんなって、聖とは毎日顔合わせてるんだし、皆にも紹介したいから」
「そ、そうか、それなら――――」
ひいいいいっ!!! こ、怖い、清川さま、目が怖いです、あ、嘘です、怖くありません、お美しいです、克生に似て涼し気な目元――――あ、良かった……少し殺気が和らいだ気がする。
とにかく目を合わさない。かと言って視線を下げ過ぎるとあの豊満な胸が目に入って――――ひいいいいっ!!! み、見てません!! 想像もしてません!! 本当です!! 神に誓って!!




