第四話 義妹とお仕事の話
「ところで克生兄さま、お金のことなんですけれど……」
言い辛そうにクロエが話を切り出す。
現実問題としてクロエは全くお金を持っていないし、二人で生活するとなると生活費も当然増えることになる。中学生である二人がバイトするのも中々難しい。ちなみにクロエは同じ歳で同じ中学三年生。克生が四月生まれでクロエは七月生まれだ。
「そのことなら気にしなくていい。実は収入のあてはあるんだ」
「え、そうなんですか?」
克生の返答が予想外だったのか、目を大きく見開いて驚くクロエ。
「これを見てくれ」
「これは……マンガですか?」
「いや、小説だよ、今度俺が書いた小説が本になるんだ。これはその見本」
本と克生を交互に見比べてキョトンとしているクロエ。
「えっと……克生兄さまは――――もしかして小説を書いてらっしゃるのですか?」
「ああ、小学生の時からね。実は何度かコンテストで賞を獲ったこともあるんだけど、これまでは学生だしあくまで趣味と割り切っていたから商業化は断っていたんだ。でもさ、今は事情が変わったからそんなことも言ってられないだろ?」
克生の知り合いがいる出版社に連絡したところ、喜んで出版したいとすぐに契約が成立、最初の本が発売されるのを皮切りに、すでに三作品の書籍化が決定している。さらにはそれを聞きつけた複数の出版社からすでに打診が来ている状況だ。
「ええっ!? す、すごいです!! カッコいいですお兄さま!!」
克生に抱きついて頬ずりするクロエ。かなり過激なスキンシップの部類ではあるのだが、初日からのアレコレのせいで克生の感覚は少しおかしくなっている。
「そ、そうかな?」
そのため素直に照れる程度で済んでいるのだから慣れというものはおそろしい。
「でも――――この真夏にセーターっていうペンネーム……暑苦し――――いえ、とっても個性的ですよね!!」
「うっ……ちょうど真冬で寒かったんだよ。実は今になってちょっと後悔していたり……」
「あはは……でもインパクトありますし、良いと思いますよ、夏じゃなければ」
今は真夏だけどな。発売日も真夏なんだよな……せっかくなら冬に発売して欲しかったが、収入が無い克生のために出版を急いでくれたことを考えれば感謝しかないと一人頷く克生。
「それに――――表紙のイラストすっごく素敵じゃないですか!! 私、好きです可愛いし」
担当のイラストレーター『ビクトゥリー」の絵を絶賛するクロエ。
「あ、ありがとう。そこまで褒められるとなんか照れくさいな……」
「どうして克生お兄さまが照れるんですか?」
「あ、それ描いてるの実は俺なんだ。ビクトゥリーは俺のイラストレーターとしての名義だから」
再び本と克生を交互に見比べてから――――
「は……? ええええっ!?」
クロエは驚きで叫ぶ。
実は克生、小説とイラストの二足の草鞋を履いている。そのどちらも中学入学するころにはプロレベルに達していて、今回のことがきっかけで同時にプロデビューするこになったという経緯がある。
「素敵……カッコ良くて優しくておまけに甲斐性があるとか……これなら今すぐ私をお嫁さんにしてもらえますね!!」
「ええっ!? く、クロエは俺のお嫁さんになりたいの?」
さらっと凄いことを口走ったクロエに焦る克生。
「はい!! もしかして……ご迷惑でしたか?」
克生の反応に不安になったクロエは目に涙をいっぱい溜める。
「そ、そんなことない!! く、クロエは……その可愛いし……なんというか……嬉しいかな。お嫁さんは……まだ未成年だから無理だけど」
「ほ、本当ですかっ!! ふふ~おっ嫁さん!! おっ嫁さん!! 早く大人になりたいです~!!」
喜びの舞を披露するクロエを見て克生の頬は自然と緩む。
「そうだな……まあ……大人になっても気持ちが変わらなければ、だろ? 焦る必要も縛られる必要もないぞ、だって俺たちは兄妹なんだから――――これからはいつでも一緒にいられるんだからさ」
「克生お兄さま!!」
「うわっ!? く、クロエ?」
胸に飛び込んできたクロエを受け止める克生。
「……私の気持ちは変わりません。ずっと一緒ですからね!!」
「ああ、ずっと一緒だ」
しばらくの間、遠慮なく甘えていたクロエだったが、ふと思い出したように顔を上げる。
「ところでお兄さま? そういえばこのビクトゥリーというペンネームは一体……?」
「ああ、それな、俺の名前カツキだろ? カツ と キ だから勝利と木を組み合わせてビクトゥリーなんちゃって――――」
「……へ、へえ……」
スッと目を逸らすクロエ。
「ちょ、ちょっとクロエさんっ!? その反応は止めてっ!? 自慢げに説明した俺が馬鹿みたいじゃん」
「う、うん、なんかすごいです! よくわからないですけどなんか深い意味があるような無いような……」
どこか遠くを見つめるクロエ。
「くっ……殺せ」
クロエが懸命にフォローしようと頑張るほどに克生に突き刺さった羞恥の矢は深々と食い込んでゆく。
「だ、だからさ、この本だけでかなりの収入があるんだ。もし続編が出せるほど売れれば当分の間生活には困らないと思うよ」
羞恥に耐えきれず話題を変える克生。もちろんそんなに甘くはないだろうと言いながらも、自信を隠さない。
「小説や絵だけじゃなくて料理もめちゃくちゃ美味しかったですし……克生お兄さまってとんでもなく凄い人なんですね!!」
うっとりとした様子でしなだれかかるクロエ。
「あはは……まあ……凄いかどうかはわからないけど、そういうことだからクロエは何も心配しなくていい――――って、なんで泣いてるんだよ!?」
「――――だって……不安だったんです。これからどうしようって……お兄さまと違って私、なにも出来ないですから。昔から見た目だけは褒められてきたから、最悪……身体を売って生きなければならないんじゃないかってずっと悩んでて……だから……ホッとして――――」
まだ余裕のあった克生とは違って、いきなり詰んだ状態から突き落とされたクロエ。どれほどの不安を抱えてここまでやって来たのか克生には想像も出来ない。
だから――――
「もう大丈夫だクロエ、これからは兄として俺がお前を絶対に守ってみせるから!! だから何も心配するな、二人で楽しく暮らして――――幸せになるんだ!!」
克生はクロエの不安を吹き飛ばすように笑ってみせる。
「お……お兄さま……ありがとうございます……」
感極まってしまったクロエの涙は止まるどころか勢いを増して頬を濡らす。
「く、クロエ!? って――――うわっ!!」
心配そうに覗き込んだ克生の唇に自らの唇を重ねるクロエ。突然のことに克生は呆然としてなされるがままになっている。
「大好きです……克生お兄さま。愛しています――――世界中で誰よりも――――」
涙で濡れたバイオレットの瞳が熱を帯びてゆらめく。
蝉も鳴くことを止めてしまうほど暑い夏の午後――――
「……お前は俺の大切な妹で――――幸運と共に舞い降りた夏の女神だ――――大好きだよクロエ」
克生は――――今度は自分からクロエの唇を奪うのであった。