第三十七話 レベルアップと魔法
「ところで紗恋さん……レベルアップしても魔法、全然覚えないんですわ!! 一体どうなっているのかしら?」
再び空の住人となったクロエの背の上で焔が不満げに叫ぶ。魔法使いである彼女の場合、本領発揮するのは当然魔法。今はステータスのゴリ押しで肉弾戦をしているが、やはり派手にぶちかましたいという憧れは強いのだ。
「あはは……あのね焔ちゃん、ゲームじゃないんだからレベルアップしても魔法は覚えないのよ?」
「な、なんですって!? そ、そんな……それじゃあ一体どうすれば……」
「魔導書よ」
「魔導書?」
「そう。わかりやすく言えば魔法を発動するための呪文集みたいなものかしら。必要な魔力と発音、適性さえあればすぐに使えるようになるのよ」
「そ、それですわ!! 次の街で魔導書を買い求めましょう!! いえ、買い占めるのですわ!!」
意気込む焔だが――――
「残念だけど……魔導書は貴重だしとても高価だから大きな街でもそうそう売ってないわよ。まあ……稀に遺品整理とかで市場に出回ることはあるけれど、魔導学院にでも通っていない限り、基本的には王立図書館とか……基礎的なものならギルドで閲覧するくらいしか目にする機会は無いわね」
そもそもこの世界で紙は高級品で文字を読める者は少ない。さらに言えば、魔法の適性を持つ者は限られるため、本にしても商売にならないのだ。したがって魔法を学ぶ場合、通常は魔法使いに弟子入りするか、専門の学院で学ぶかの二択となる。
「うう、魔法が使いたいのですわ……お兄さまあああ」
「よしよし、元気出せ焔。ねえ紗恋さん、シルヴァニア公国の図書館って閲覧出来ないんですか? 出来るのなら俺がゲートで行っても構いませんけど……」
嘆く焔の頭を撫でながら尋ねる克生。
「たぶん閲覧できるはずだけど貴族かギルドの認定魔導士の紹介状が必要よ。これはシルヴァニア公国に限らず大陸の国ならどこも同じ。悪用されないために必要な措置ね」
魔法は国家の戦力を支える貴重なものであり生命線、身元の怪しい者に魔法を習得させる国など存在しない。
「そうなると閲覧するには紗恋さんが正体を明かす必要があるってことですよね?」
「うーん、出来ればそれは最終手段にしてもらって……今はまだ避けたいところね」
紗恋の言葉を聞いてがっくりと肩を落とす焔。
「アハハ! 大丈夫よ、魔導書なんて無くても私が教えてあげるから」
「え? ほ、本当ですの?」
「レイカほどじゃないけど魔法の知識には自信があるのよ。それに――――全属性適性持ちのエリカの娘である焔ちゃんなら、私が使えない魔法も使えるかもしれないわね」
実は呪文さえ覚えていれば魔導書は必要ない。ほとんどの魔導士は魔導書を持っているわけではないが、弟子に魔法を教えることが出来るのはそのためだ。
したがって魔導士が存在しない地方の町や村では、魔法の使えない人間が魔法を指導することも珍しいことではない。
「やったああああ!!! これで魔法が使えるようになるのですわ~!!!」
歓喜の舞を披露する焔。紗恋の風魔法によって風圧は感じないが、ここは上空、もちろん落下の危険はある。
「落ちたら危ないぞ、焔」
焔は克生に後ろから抱きしめられて茹でダコみたいに真っ赤になる。
「紗恋さん、俺たちも一緒に魔法教えてもらって良いですか?」
当然、魔法に興味あるのは焔だけでない。克生たちも魔法には興味津々だ。
「もちろんよ。あなたたちならかなりに期待出来そうだしね」
魔法を学ぶことは誰でも出来るが、発動するにはスキル同様魔法に対する適性が必要だ。
だが――――ここにいるメンバーは、勇者と聖女の息子である克生、世界一の魔導士の娘である焔はもちろんのこと、種族的に魔法適性が高い竜人族のクロエと魔族の魔璃華、聖の母は暗殺術を得意とするが、身体強化系や隠密系の魔法を得意としていた――――さらには勇者である冬人の娘だ。
魔法を使うための申し子のようなサラブレッドばかり。
大空を駆けるクロエの背の上で――――文字通り、移動教室が開催される。
ちなみに――――紗恋がこれまで魔法を教えて来なかったのは、魔法に頼らない最低限の戦い方を身に着けさせるためであるが、克生、聖、魔璃華の三人ははっきり言って戦闘の天才、焔とクロエも死の砂漠の戦いぶりを見る限りすでに十分なレベルに到達している。
(まったく……自信無くしちゃうわね……)
戦闘向きな種族ではないハイエルフでありながら戦姫と恐れられた紗恋から見ても、彼らの成長の速度は異常。
(でも――――魔法も同じようにいくとは思わないことね――――いや、なんか負けフラグにしかならないような気がするわ……)
この世界で最高峰の四つの魔法属性適性に加え、種族固有魔法である精霊魔法も行使する紗恋は内心苦笑いする。
「それじゃあ……まずは適性を調べることから始めてみましょうか」
紗恋が取り出したのは、六面体の透明な結晶――――魔結晶だ。
この結晶に魔力を流すと、適性のある属性特有の色に面が変化する。
つまり――――火、水、風、土、光、闇、六面体が魔法六属性を表しているのだ。
「おおっ!! カラフルで綺麗だな……」
「お兄さま、私も同じ色になりました!!」
「さすがだな焔」
「いえ、お兄さまに比べれば私など」
「……全部の面で色が変化していますね。これは魔法全属性適性ということで良いのですか?」
「ふふふ、私も同じだぞ聖」
『克生お兄さま!! 私の魔結晶はどうなってますか?』
クロエは飛行中なので自分の魔結晶がどうなっているのか見ることが出来ない。
「大丈夫だよ、クロエ。お前も皆と同じだ」
(……なるほど、これも女神の加護の力なのでしょうね。チートにも程がある――――いや、それだけ世界喰いが脅威だということでしょうか……)
紗恋は内心呆れながらも改めて気を引き締める。
これから自分たちが相手にすることになるのは、世界そのものを喰らい尽くす化け物だ。いくら強くなっても届かないほどの。
常識は捨てなければならない。想像の枠を壊しその先へ行かなければならないのだと。




