第三十二話 移動手段
「ところで紗恋さん、ダサラ大森林ってここから遠いんですか?」
「ええ……残念ながら遠いわね。たとえば馬車で行こうと思ったら一年はかかるわ。それも道中何事もなく順調だったと仮定しての話よ。なんてったって北の果てだからね」
シルヴァニア公国は、大陸の南部にある。ついてないわね、と天を仰ぐ紗恋。
「一年……ですか、そんなに時間はかけられないですよね……」
克生も厳しい表情になる。女神は冬人たちがいつ限界を迎えるとは明言してはいなかったが、心情的にもあまり時間はかけたくないというのが本音だ。
「紗恋姉さん、もっと早く移動できる方法は無いんですか? 飛行機みたいな?」
「ここは異世界よクロエ姉さま、魔法でなんとかすれば良いんですわ!! 転移とか飛行魔法とか!!」
クロエと焔は好き勝手なことを言うけれど、紗恋とてそんなことは当然理解している。
「残念だけどこの世界の移動手段はかなり限られているのよ。飛行機はもちろん飛行船すら存在しない。あと魔法だけど、転移魔法や飛行魔法は伝説級というか――――古代のロストマジックなの。存在を知っている人はごく一部、使える人はほとんど居ないわ。そして――――私が知る限り現役で使える人間は世界一の魔導士である深淵のレイカ、つまり焔ちゃんの母親だけってこと。正直なところ居るかわからない人間を探すくらいなら少しでも速い移動手段を探した方がマシね」
「少しでも速い移動手段……何かあてはあるんですか?」
「そうね……飛竜とか天馬とかグリフォンかしら。最短距離でショートカット出来るからやっぱり速いわよ。問題は飼い慣らされた個体は貴重でそのほとんどが国の騎士団に独占されていることかしら。どの国にとっても貴重な戦力だからまず貸してはもらえないでしょうね……」
「なら野生の魔物を捕まえれば良いんじゃないか?」
魔璃華が何を悩む必要があるんだという表情で提案する。
「野生の個体を捕まえても言うこと聞かない――――あ、そうか、魔璃華なら出来るわね」
「魔璃華なら出来るって――――どういう意味ですか、紗恋さん?」
「魔族はね、魔物と意思の疎通が出来るの。そして使役することが出来る。魔王の娘である魔璃華なら、きっと大丈夫!!」
というわけで――――一行は移動手段を確保するために近くの山へやってきた。飛行型の魔物の多くが山岳地帯に生息しているためだ。通常なら日帰り出来る距離ではないが、克生たちのステータスであれば全力で走ればあっという間に到着する。
「狙いは飛竜、もしくはグリフォンよ!! 全員が乗れた方が楽だしね」
飛竜やグリフォンなら大人五、六人乗せても問題なく飛ぶことが出来る。一応、魔璃華ほどの力の持ち主であれば複数同時に使役も可能だが、やはり使役に慣れていない状態では不安が残る。
「……全然居ないですね」
気合十分に探し始めた克生たちだったが、飛竜にしてもグリフォンにしても、スライムやゴブリンのようにそこら辺に歩いているような存在ではない。飛行型の魔物は営巣地を拠点に広範囲に縄張りを持つ。したがって居る所にはたくさんいるが、居ないところには全く居ない。
「よくわからないが飛んでるやつ捕まえたぞ」
魔璃華が連れて来たのは、人間でいえば中学生くらいのサイズの翼を持ったモフモフな魔物。顔は人間と猫の中間くらいな感じで大変可愛らしい。全身毛と羽毛で包まれており、足には立派な鈎爪がある。
イラスト / ウバ クロネさま
「あら、ハーピーじゃない!!」
これが……ハーピー? 紗恋の言葉に、思っていたのと違うと驚く克生や焔。
「うーん、試したことは無いけど、一応魔物だし……私たちを運べるかどうか試してみましょうか?」
実験開始。
結果としては――――人間を掴んだ状態では飛ぶ速度は馬車とあまり変わらなかった。しかもスタミナの問題で連続航続時間が短い。ショートカット出来る分と相殺してどっちもどっちといえるが、馬車なら中で休める分、長時間であれば馬車の方に軍配が上がるだろう。
なんとなく申し訳なさそうにしているハーピー。魔璃華は気にするなと頭を撫でて慰めている。
「それならハーピー三匹で一人を運べば良いんじゃないでしょうか?」
「なるほど、クロエ姉さまは天才ですわ!! ならばもっと捕まえましょう!!」
たしかに負担を減らせば速度も飛行時間も伸ばすことが出来るかもしれない。まあ……全員運ぶとなると十八匹のハーピーが必要になる計算になるから、かなり目立つことになりそうだが……。
「ハハハ!! 私に任せろ!! ハーピー軍団を創り上げてやろう!!」
クロエと焔、そして魔璃華がとても張り切っている。
「よし、俺も負けてられないな!!」
気合を入れる妹たちを見て克生もやる気を見せる。
「みんな気合入っているところ悪いんだけど、ハーピーは仲間を呼ぶ魔物よ。魔璃華、そのハーピーに仲間を呼んでもらえば良いんじゃないかしら?」
「なるほど!! わかった、頼んでみる」
ハーピーは、魔璃華の頼みを喜んで聞いてくれた。
結果として――――八匹のハーピーが集まった。どうやら、あまり大きい群れではなかったようだ。
ハーピーたちに事情を聴くと、リーダーの交代に伴って群れから追い出され、新天地を探しているところだったらしい。
「なるほどね、それなら群れの本体を狙いましょうか。通常ハーピーは数百匹くらいで群れをつくるから大漁が期待できるわ」
「ふふふ、紗恋姉さんってば悪い顔をしてますね」
「モフモフを侍らせて空の旅……素敵ですわ……!!」
「ふむ、たしかに交代制にすれば移動距離は飛躍的に伸ばせるな……」
皆がハーピーに夢中になっている中、一人だけ黙って聞いていた聖が口を開く――――
「あの……なんか言い出しにくい雰囲気だったのでアレなんですけど――――」
「ん? どうしたんだ聖? 気になったことがあれば遠慮なく言ってくれ。あ、ハーピーの名前ならみんなで公平に決めるから安心してくれ」
「あ……いえ、名前のことは心配していないのですが。えっと……ですね、ハーピーはもちろん、わざわざ飛竜やグリフォンを捕まえなくても、クロエさまが竜化して飛べば良いのでは?」
「「「「……あ……!!!!」」」」
夢のハーピー軍団計画は唐突に終わりを迎えたのであった。




