第三十一話 決着と目的地
賊が襲撃する場合、追い立てと待ち伏せを役割分担することがある。ある意味ライオンの狩りに似ているが、ある程度規模が大きい集団となれば標的を確実に仕留めるために伏兵を置くのは定石。
紗恋が懸念したのは、彼女たちがうっかり賊を殺してしまうことであって、妹たちの戦闘力に関しては心配したからではない。実戦が初めてということもあり、動きは固いが、余程のことが無ければ怪我をすることはないと判断している。
だから――――手は出さない。ステータスの上昇によって強くはなるが、実戦経験というものは何事にも代えがたいものであると理解しているからだ。
そういう意味では、魔物よりも賊で良かったと紗恋は考えている。力加減というか手加減を学ぶにはうってつけの相手と言えるだろう。最悪失敗したとしても――――心に傷は残るかもしれないが罪悪感は少なくて済むという意味でも。
「念のため確認するけど、馬車の中の人とお友だちで遊んでいるだけってことは無いよね?」
一方の克生はといえば、賊の中に突っ込みながら確認する真面目さを発揮していた。
「ああ? なんだテメエは、死ね!!」
問答無用で斬りかかってくる賊。
克生は女神の加護のおかげで言葉がわかるの便利だなと感動しつつ、賊を悪者認定する。
「遅いですよ」
今の克生にとっては、賊の剣技など止まっているように感じてしまう。おそらくそのまま避けずに受けても折れるのは賊の剣の方だろう。しかし貴重な実戦での経験、真面目な克生が無駄にするはずもない。
あくまでも基本に忠実に、実戦の中だからこそ試しておきたい技や動きの確認に余念がない。賊の方はまさか自分たちが練習相手にされているとは微塵も思ってはいないだろう。
「がはっ!?」
あっという間に最後の一人を倒して賊の制圧は完了。
「こっちは大丈夫よ~!!」
振り向けば、業者台に乗った紗恋が克生に向かって手を振っている。どうやら無事馬車を保護出来たようだ。
野太い悲鳴――――いや、断末魔の声が聞こえてくる。
「近づかないで!!」
「おりゃああ!!!」
「……所詮、この程度ですか」
「歯ぁ食いしばれ!! おらあああ!!!」
賊の伏兵たちは……妹たちにボッコボコにされていた。
「手加減……しているんだよな?」
あまりの惨状に思わずすっと目を逸らす克生であった。
「危ないところを助けていただき感謝いたします!! 私はカラカル商会の会頭をしておりますパンサと申します」
深く頭を下げているのは、シンプルだが質の良い生地だとわかる服を着た商人風の男。年齢は二十代くらいに見えるが、ここはエルフの国、見た目では年齢はわからない。
「うん、知ってましたわ!! やはり大手商会の会頭ですわよね!!」
「やっぱりこうこなくっちゃな!!」
「あ、あの……?」
盛り上がる克生と焔に困惑する会頭のパンサ。
「えっと、彼らのことは気にしないでもらえると助かるわ。それよりもカラカル商会といえば公都でも有数の大手商会じゃない。ジャガは元気?」
「先代のことをご存じでしたか。はい、それはもう……重責から解放された途端、旅行三昧で滅多に戻って来られません……」
「あはは……貴方も大変ね。それより以前はこんなところに賊なんて出なかったはずなんだけど?」
「そうですね……この辺りもすっかり治安が悪くなってしまいました。サレンさまがいらっしゃった頃が懐かしい……」
「そ、そんなことよりちょっとパンサに相談があるのだけれど」
慌てて話を逸らす紗恋。ちなみに幻影魔法を使っているのでサレンだとはバレていない。
「いやあ、本当に良いの? こんなにしてもらっちゃって?」
「いえいえ、命の恩人ですからね、他にも困ったことがあれば何でも言ってください」
御礼という形で現金、武器などの装備をしっかりと揃える紗恋。
「……御礼なのにここまで厚かましい人、初めて見ました……」
クロエが呆れた表情で苦笑いしている。
「まあまあ、紗恋さんも私たちのためにやってくれているんですわ」
「お嬢さまの言う通りです。時短という意味で極めて有効かと」
焔と聖はわりと好意的に受け取っている。たしかに聖の言う通り、今の克生たちには悠長に金を稼いでいる時間は無い。一刻も早くレベルを上げ、冬人たちのところへ向かう必要がある。
「しかし兄上、まさか賊がお金になるとは思いませんでした。さすが異世界」
「ああ、懸賞金が貰えたのは助かったけど、賊の取り締まりが賞金目当ての冒険者任せなのは不安だよな……」
なんでも予算不足で衛兵の規模を縮小した影響で、カバーできない部分の治安維持は冒険者や自警団に委ねられている状態なのだとか。そのため、盗みや無銭飲食、喧嘩、その他決して軽いとは言えない犯罪まで取り締まることが出来ず、事実上放置されてしまっているらしい。
そして――――その噂を聞きつけた近隣の犯罪組織が続々とやってきて水を得た魚のように跋扈している。自力で護衛を雇えるものはまだ良いが、そうでない者にとっては日々の暮らしすら安心できない。街の空気がどこか淀んでいるように感じるのは決して無関係ではないだろう。
克生たちも何とかしてあげたい気持ちはあるものの、賊や犯罪組織を多少潰したところで根本的な解決には繋がらない。結局のところ、これはどこまでいっても為政者の仕事なのだ。何より当の紗恋が何も言わないのだから、それ以上は踏み込まない――――少なくとも今のところは。
「ところでパンサ、勇者さまの噂は知っていますか?」
紗恋は早々に本題へと切り込む。
勇者一行がこの世界のどこにいるのかわからない以上、最初にすべきことは彼らの情報を集めること。
「はい、勇者さま御一行は、ダサラ大森林へ向かったそうですね」
「ダサラ大森林……ですか。戻って来たという情報は?」
「少なくとも私の知る範囲ではそういった話は聞いておりませんが……なにぶん距離がありますからね」
たしかにタイムラグは相当あるだろうが、少なくとも行き先が早々に分かったのは大きな収穫だ。
状況を考えれば、冬人たちが移動している可能性は低いと克生たちは考えている。もし、そんな余裕があるのならば、ゲートを使って戻ってくることくらい出来たはずだからだ。
それが出来ないほど――――つまりは、世界喰いを抑えるのに手一杯であると考えられる。
目的地は決まった。
パンサと別れ、克生たちは北の果て――――ダサラ大森林へ向かう。




