第三話 義妹とベッドで
「克生お兄さま、これを――――」
クロエが差し出した手紙を受け取る克生。差出人は克生の父、冬人だった。
「これは……父さんが出した手紙か……読んでも構わないか?」
黙って頷くクロエ。素早く手紙に目を走らせると――――そこには母と共に自分の家に来るようにと書かれた父、冬人の言葉が書かれていた。
「なるほど……つまりクロエのお母さんと俺の父さんが再婚したってことだよな? だから一緒に暮らそうと――――」
「そう聞いてます」
「うーん、でも俺の父さんと母さんは離婚なんてしてないはずだけどな……その辺どうなってんだろ?」
今更ながら頭を抱える克生。
「ああ、そのことでしたら、重婚が許されている外国で結婚したと言ってましたね。私の母も克生お兄さまのお母さまとは本当の姉妹のように仲良しだったらしいですし」
「そ、そうなんだ……全然知らなかった。ところで外国ってどこなんだろ?」
「さあ……詳しいことは何も……」
克生自身両親のことはほとんど何も知らないので、クロエが知らないことを責める気にはとてもならない。
「うーん……もしかしたら行方不明の母さんたちの手掛かりになるかと思ったんだけど……」
「お役に立てずすみません……警察もお手上げだって言ってましたからね……」
克生の両親とクロエの母親は、車や電車に乗った形跡も飛行機や船による出国も確認出来なかった。
警察としては、意図的に行方をくらました、あるいは――――何かの事件に巻き込まれた可能性の両面から捜査を続けているものの進展はまったくない。
「もしかして克生兄さまのお父さまってどこかの国の工作員とか諜報員だったり?」
「そんな馬鹿な……と言いたいところだけど、我が父ながら謎が多い人なんだよな……そもそも仕事何してるのか知らないし」
「あはは……まあ……そういうことなので克生兄さま、これから末永くよろしくお願いしますね」
クロエが頭を下げるとゆるゆるな胸元が嫌でも目に入ってくる――――まあ……まったく嫌ではないのだが――――
「あ、ああ、よろしくなクロエ」
克生は平静を装いつつそっと目を逸らすのであった。
「……はあ……思った通り――――いいえ、想像以上に素敵なお兄さまで良かった」
クロエは克生から自由に使って良いと言われている部屋に戻ると、上気して赤くなった顔を枕に埋める。
幼い頃から兄に憧れていた。
顔すら憶えていない父親からは得られなかった父性を兄に求めていたのかもしれない。
しかし――――弟や妹ならともかく兄は後から生まれてくる可能性は無い。母が再婚すると聞いた時、当初強く反発したクロエだったが、義理の兄が出来ると知った瞬間手首がねじ切れるほどの掌返しを披露した。
「義理の兄とは至高の存在――――家族であり兄妹であり――――望むなら友にでも恋人にでもなれる。しかも――――同じ歳とか最高じゃないですか!! ともに学園生活を送れるかもしれないとかヤバいです」
母の再婚相手である冬人は恐ろしいほどのイケメンであるが、クロエが苦手なワイルド系イケメンだった。
「ハハハ、息子の克生は俺よりも母親似だな、王子さまっぽい優男だよクロエちゃん。写真見る?」
思いっきりどストライクだった――――。一瞬で恋に落ちた。
これを運命と呼ばずして何を運命と呼ぶのだろう?
クロエは心に決めた――――お兄さまのお嫁さんになると。
しかし、見た目は良くとも人柄は実際に会ってみなければわからない。
正直なところ極悪人のクズ野郎でなければ構わないと思っていた。惚れた弱みだ多少は目をつぶろうと。
だが――――実際に会った克生はとても優しかった。
会ったばかりの自分を妹として受け入れてくれて心から心配してくれた。
色々と――――その――――恥ずかしいことをされてしまったが――――少なくとも紳士的であろうとしてくれた。その気になればいくらでも――――何をされても仕方がない状況だったのに。
そして――――料理がめちゃくちゃ美味しかった。
料理がめちゃくちゃ美味しかった。大事なことだから二回言った。
駄目だ――――
好き
めっちゃ好き
止まらないこの想い
「よし、昨日はうっかり寝てしまいましたが――――今夜こそは!!」
クロエは夜中に部屋を抜け出す。
「……勝手に部屋に入ったりしたらマズいでしょうか?」
悩んだ末、一応ノックをしてみるが反応は無い。どうやら寝ているようだと判断して部屋の中に入る。
「ごめんなさい克生お兄さま……寝顔を見るだけですから」
兄の無防備な寝顔――――想像しただけで呼吸が乱れてしまう。
克生のベッドは、窓際にあって――――月明かりに照らされて――――クロエにはとても幻想的に映る。
「はうう……なんて可愛らしい寝顔……いつまででも眺めていられます……」
クロエはベッドに腰かけると、出来るだけ近くで見ようと顔を近づける。
「……今この瞬間――――この世界には私と克生お兄さまだけ――――」
もっと近くで感じたい。肌と肌が触れ合いそうになる指一本分の距離――――克生の寝息が耳元に当たってクロエは叫びそうになるのを懸命に堪える。
「はあ……はあ……き、キスしたいです……き、兄妹なんですから普通ですよね?」
誰に言い聞かせているのか、クロエは意を決して克生の唇に全神経を集中させる――――
と、その瞬間――――克生が寝返りを打って、巻き込まれるようにクロエは克生の抱き枕状態になってしまう。
(うにゃあああああ!?)
抜け出そうにも克生の両腕と両足でガッチリ抱きしめられてしまっているので不可能だ。そもそもクロエに脱出しようとする意志など微塵も無いのだが。
(これじゃあキスも出来ないし……克生お兄さまのお顔を眺めることも出来ないですけど……最高に幸せです……)
興奮しすぎて眠れないのが難点ではあるけれど、クロエは気にした様子もなくだらしなくニマニマしながら至福の時を過ごすのであった。
翌朝――――
「う、うーん……なんだかとても気持ちが良い目覚めだな……特にこの柔らかい感触ととてもいい匂いが――――って……え? く、クロエ!? な、なんで俺の布団にっ!?」
妹が布団に居ることもそうだが、しっかり背後から抱きしめてしまっている状況に克生は軽くパニックに陥る。
「……すー……すー」
しかしクロエはそんな克生の動揺など知らぬ様子で気持ち良さそうに寝息を立てている。
「お、落ち着け……まずは状況を確認だ。まずは右手だが――――右の膨らみをガッチリホールドしているな――――しかもクロエのパジャマの中にインしていると――――うわあああっ!! ひ、左手は――――左の膨らみをガッチリキープ、まあ、バランスを考えたらそうなるよな――――って違うだろ!? マズいマズい……とにかく手を外さなければ……だが――――下手に動かすと刺激でクロエを起こしてしまう可能性が――――」
「……起きてますよ?」
「うわああああっ!!!」
ぱっちり目を開いたクロエと目が合って叫び声を上げる克生。
「うふふ、おはようございます克生お兄さま」
「く、クロエ、お、おはよう……?」
「あはは、なんで疑問形なんですか? あれ……克生お兄さま……あの……その……て、手が……」
「ご、ごごごごゴメン!! ワザとじゃないんだ!!」
慌てて手をどかそうとする克生だったが、クロエはガッチリ押さえて離さない。
「もう……克生お兄さまってば、私を強引にベッドに連れ込んで――――一晩中あんなことやこんなことまで――――もしかして憶えてないんですか!?」
ニマニマ楽しそうに克生を見つめるクロエだったが、もちろん余裕などあるはずもなく――――今にも気を失いそうなほど真っ赤になって震えている。
「ええええっ!? ご、ごめっ、全然憶えてないんだけどっ!?」
だが――――そんなクロエの様子に気付くほど、今の克生に余裕など存在しない。頼みの絶対記憶も寝ている時には役に立たない。
「気にしないでください克生お兄さま、兄妹なのですから一緒に寝るのは当然です。ですが――――一晩中寝かせてくださらなかったので、私はもう少し寝かせていただきますね……ふわぁ……おやすみなさい」
「あ、ああ……おやすみクロエ……」
朝食に降りてきたクロエが謝るまで――――
「出会って早々、妹に手を出してしまった……」
――――克生は自己嫌悪で落ち込む羽目になるのであった。