第二十話 失踪の真実
「紗恋さん――――そろそろ聞かせてもらえますか? 父さんたちに何があったのか」
克生の覚醒の件で後回しになってしまったが、本来一番聞きたかったことだ。
そして――――あえて言葉にはしなかったが、ここにいる全員が両親たちの安否を知りたいと思っている。
紗恋は少し考えてから口を開く。
「先に結論から言うとね、冬人たちは異世界――――まあ……私たちにとってはこちらの世界が異世界なんだけど――――ようするに向こうの世界へ行ったのよ」
手紙の内容から薄々予想していたことだったが、紗恋の言葉によって確信に変わった。
「やはり父さんたちは異世界に……ということは生きているんですね!!」
ほぼ諦めていた克生にとっては希望の持てる情報だ。どうしても期待してしまう。
「無事で生きている――――と言えたら良いんだけど……正直わからないわ。もちろんそう簡単にやられるようなメンバーじゃないのはわかってるけど、本当なら長くても二週間もかからずに戻ってくる予定だったから……」
紗恋は余計な期待をさせないように言葉を選びながら克生の質問に答える。
「あの……紗恋さん、そもそもの話、ママたちはなぜ異世界に行ったんですか?」
質問したのはクロエ。
「もちろん救いに行ったのよ、向こうで大変なことが起こっているらしくてね……私も詳しいことはわからないのだけれど……ごめんねクロエちゃん」
「ということは……戻って来れないほど事態は深刻――――もしくは何かの事情で身動きが取れないのかもしれませんわね……」
焔の言う何らかの事情には、もちろん最悪のことも含まれている。せっかく行方がわかったと思ったのに、これでは以前と何も変わらない――――考えようによっては遠ざかったともいえる。
なまじ期待が生まれてしまった後だけに、暗いムードが場を支配してゆく。
「紗恋さん、冬人さま以外、つまり私たちの母は全員異世界人という認識で合ってますか?」
暗くなった空気を変えようと今度は清川が尋ねる。
克生とクロエはこの時初めて彼女の母親も行方不明になっているということに気付く。
「そうよ、クロエちゃんの母親クララは聖女と並び称される竜の巫女、焔ちゃんの母親は当代一の魔導士、深淵のレイカ、聖の母親は冬人のメイド長にしてS級アサシン、絶剣のヒカリ、全員単身で小国を滅ぼせる力の持ち主よ」
「「「そ、そうなんだ……」」」
なんか思っていたのと違う。クロエたちはどう反応すべきか微妙に困っている。
「あと少し気になったのですが、もしかして私たちの父親は冬人さまなのですか? もしそうなら義妹ではなく腹違いの妹ということになりますが……」
質問した清川だけでなく、全員がもしかしてと思ったこと。共に戦い冬人について異世界にまでやってきたのだ。普通に考えればその方がしっくりくる。
「えっとね……それ説明すると長くなるんだけど――――聖以外、父親は別にいるわ。でも冬人が父親だというのも間違いではない――――」
「ちょ、ちょっと待ってください!! それじゃあ私の父親は冬人さまなのですか!!」
たまらず清川が叫ぶ。
「そうよ、だから聖は克生くんの腹違いの妹ということになるわね」
「そ、そんな……」
珍しく冷静さを失くして狼狽える清川。
「聖が……俺の妹……?」
克生も突然のことに頭がついて行かない。
「あ、結婚や子どものことを気にしているなら大丈夫よ? 向こうの世界では近親婚は普通だし、遺伝的な問題も心配無いわ」
「そ、そうですか……それを聞いて安心しました。あの……克生さま?」
「うえっ!? な、何かな聖?」
考え事に没頭していて結婚云々は聞いていなかった克生。妹にたいしてどう振舞えば良いのかわからずに若干挙動不審になる。
「これからはお兄ちゃんと呼んだ方が良いでしょうか?」
「ぐはっ!?」
クールな清川に上目遣いでお兄ちゃんと呼ばれると破壊力が凄まじい。そこはかとなく背徳感を感じるのはなぜなのかと自問自答する克生。
「ひ、聖の好きなようにすれば良いさ」
「かしこまりました。好きにしますね」
楽しそうに微笑む清川を見て、羨ましそうにしているクロエと焔。
「くっ、まさか……一番妹から遠いと思っていた清川さんが……」
「でも、言われてみれば二人って雰囲気似てますわよね」
「たしかに……」
なんでもこなしてしまう才能は、勇者の血のなせる業なのかもしれないと納得する二人であった。
「それで紗恋さん、俺たちが異世界に行く方法ってあるんですか?」
真剣な表情で尋ねる克生。
「異世界へ行くには……私の知る限り冬人が持っているスキルを使う以外に方法は無いの、だから不可能って言うつもりだったんだけど……ちょっと事情が変わってしまったのよ。正直に言えば可能性だけはある、あくまで可能性だけどね」
「ほ、本当ですか!? 教えてください!!」
「うーん、克生くんが私に愛してるよ紗恋、と言いながらキスしてくれたら考えてあげても――――」
「愛してるよ、紗恋」
「ま、まま待って、こ、心の準備が――――ふわあっ!?」
間髪入れずにキスされて腰砕けになってしまう紗恋。
「ご、ごめんね……ちょっと天国に行ってしまったわ……」
クロエたちのジト目を浴びながら目を逸らす紗恋。
「えっと……異世界に行く方法だったわね、ずばり克生くんの持っているスキル『ゲート』よ。このスキルは本来使命を果たした勇者がその褒美として女神さまから与えられるものなの。ようするに元居た世界に帰るためのスキルね。なんで克生くんがこのスキルを持っているのかわからないけど……同じものだとすれば理論上は異世界にだって行けるはず、というわけ」
「そ、そうか……このスキルで……」
克生としては行けるものならすぐにでも飛んでいきたいと思っている。こうしている間にも――――と気が焦る。
「気持ちはわかるけど、喜ぶのは早いわよ? ゲートのようなぶっ飛んだスキルであれば発動条件があるはず。ステータスのスキルを強く意識してみて、詳細がわかるはずだから」
「わかりました、やってみます!!」
頭の中に浮かんだステータスの中からスキルの部分に意識を集中させる克生。
「あっ!! わかりました、えっと……発動条件は――――レベル5以上……え?」
克生の表情がみるみる絶望に染まる。
それもそのはず――――この世界ではレベルアップが出来ないのだから。
「よりによってその発動条件かあ……条件そのものはびっくりするぐらい緩いんだけど……ついてないというか……」
「そんな……何か方法は無いんですか、紗恋さん!!」
「スキルって女神さまが与えてくださるのですわよね? なら絶対に抜け道はあるはずですわ!!」
クロエと焔が諦めたくないと叫ぶ。
「レベルアップする方法はあるわよ……異世界生まれの人間……つまり私たちを殺すとか……ね?」
「紗恋さん……冗談でもそんなこと言わないでください」
「ごめん、今のは忘れて」
紗恋の悲しそうな顔を見て――――克生は強く言ってしまったことを後悔する。
「あの……他にもスキルがありましたよね? まずはそちらを確認するべきでは?」
清川の冷静な一言で我に返る克生。
「そうだった……ありがとう聖、ちょっと周りが見えなくなっていた」
他のスキルを確認しようと克生が集中し始めた瞬間――――
「克生さまにお客さまがいらっしゃいました」
鬼塚が丁寧に頭を下げながら部屋に入ってきた。
「お客さま? 俺に?」
克生が鳳凰院家にいることはごく一部の人間しか知らないはずだ。
そしてそのごく一部の人間はここに揃っている。
あ――――いや、一人だけいたなと克生は思い出す。
父からの手紙の最後に書いてあった名前――――魔璃華




