第二話 義妹とお風呂場で
「ううう……なんかすげえ疲れた……」
リビングに戻った克生はぐったりと椅子に座る。
「くっ……いまだに手に感触が……そして生々しい光景が……」
克生も健全な男子、しかも生まれつきの完全記憶持ち。先ほどまでの出来事が目と頭に焼き付いて離れない。悶々とする克生だったが、着替えを持って行ってやらなければならないことを思い出す。
「クロエか……ドタバタしていて忘れていたけど、何と言うか――――すごい綺麗な子だったよな……」
モデル顔負けのスタイルもそうだが、クロエの日本人らしからぬアッシュグレーの髪とバイオレットの瞳はとても綺麗で印象的だった。先ほどの話から考えるとハーフかクオーターだろうかと克生は考えながらリュックを持って再び浴室へ向かう。
「クロエ、リュックここに置いておくからな!! バスタオルも好きに使ってくれ」
扉の向こうからクロエに声をかける克生だったが、浴室からは返事どころか反応すらない。聞こえてくるのはシャワーが流れる水音だけ。
「お、おい、クロエ!! 大丈夫か!!」
何度も声をかけるも反応が無い。嫌な予感がして焦る克生――――
「くそっ、悪いけど入るぞ――――」
よく考えれば自分で衣服を脱ぐことが出来ないほど弱っていたのだ。
なぜそんなことに気付かなかったのだと自らの判断の甘さを悔いる克生。
「クロエッ!!」
頼むから無事でいてくれ――――
扉の向こうでは――――クロエが床に横たわっていた。
「大丈夫か!?」
近づいてそっと抱き抱えてみると、すーすーと可愛い寝息が聞こえる。
「な、なんだよ……寝てるだけか……驚かせやがって――――ってうわっ!! やべえ……」
安心したのも束の間、クロエが全裸であることに気付いて慌てて目を逸らすがもう遅い。克生の記憶には彼女の生まれたままの姿がばっちり保存されてしまった。
「クロエが眠っていることがせめてもの救いか。大丈夫、俺は何も見ていない、見ちゃったけど言わなければノーカン……ということにしてくれ」
クロエに謝りながら手早くバスタオルで身体を拭く克生。
「く……なんで女の子の身体ってこんなに柔らかいんだっ!?」
意識しないようにすればするほど両手に感覚が集中してしまう。
「き、着替えは……勝手にリュックを漁るのは気が引けるし――――とりあえす俺のパジャマで良いか……」
克生の己との戦いは続くのであった。
「ふわあ……おはようございます……克生お兄さま」
翌日の朝、クロエがリビングに降りてきたのは11時を少し過ぎたところだった。
「おはようクロエ、もっとゆっくり寝てても良かったんだぞ?」
「ありがとうございます。おかげさまで久しぶりに熟睡出来ました」
「それは良かった。すぐに朝食温め直すから顔でも洗ってきてくれ」
平静を装いつつも――――クロエが男物の――――つまり自分のパジャマを着ている姿は刺激が強すぎた。なぜ平気なんだよと目を逸らしつつも、なんとなく嬉しくもある複雑な気分の克生である。
「わあ……朝食も克生お兄さまが作ったのですか?」
「作ったとかおおげさだな、シンプルに目玉焼きと味噌汁、トーストだよ」
来るとわかっていれば焼き魚くらい用意できたのにと少し残念に思いながらも、久しぶりの一人ではない食卓。克生の心に温かいものがこみあげてくる。
「それでは顔洗ってきますね」
「ああ、食後にコーヒーは飲むか?」
「是非、あ、出来ればブラックでお願いします」
「了解」
「ところで克生兄さま……」
「……なんだいクロエさん」
食卓に戻ってくると真剣な表情で克生を見つめるクロエ。
克生はおそらく昨夜のことを聞かれるのだろうなとビクビクしながら身構える。
「実は昨晩の記憶が曖昧でシャワーを浴びたところまでは辛うじて覚えているのですが――――気が付いたらベッドで寝ていたのです……あの後一体何があったのか……」
考え込むクロエだが、そんなことよりゆるゆるの胸元をもう少し気にして欲しいと心の中で叫ぶ克生。こんな状況では話に集中できないではないか――――と。
「な、何もないぞ!! お前がシャワー浴びながら寝てしまったから、俺がベッドに運んで寝かせただけだ、誓って変なことは何もしていないからな!!」
声量強めに説明した後、余計なことを言ってしまったと後悔する克生。
「へ? シャワーを浴びながら――――ということは――――ええええっ!?」
ようやく状況が呑み込めて真っ赤になるクロエ。昨日は疲労が極限に達していたのと、無事に辿り着けた喜びでテンションがおかしくなっていたが、冷静になってみれば、お姫様抱っこしてもらったり――――服を脱がしてもらったり――――相当恥ずかしいことをしていた自覚がある。
「あ、あの……見ました……よね?」
「あ、ああ……まあ……少しだけ。なるべく見ないようにしていたんだが……どうしても、な?」
何を見たのか確認する程野暮ではない。ここで見ていないと言い張ることも出来なくはないが、そもそもやましいことはしていないのだから正直に伝えるべきだろう。
「そ、そそそそう……ですか。そ、それで――――このパジャマ……なんですけど」
「あ、ああ……悪かったな、勝手にリュックを漁るわけにもいかなかったから、俺のパジャマで我慢してもらった。ちゃんと洗ってるから許してくれ」
「い、いえ……それは気にしていないというか……むしろお兄さまに包まれているみたいで嬉しかったんですが……その……着替えは克生お兄さまがしてくださったんですよね……?」
一層頬を赤らめるクロエ。
「ま、まあな、さすがに夏とはいえ全裸で寝かせるわけにもいかないし、あ、安心しろ、必要最低限しか触ってないから!!」
「必要最低限は触ったのですね……」
「うっ……それは不可抗力というか……」
「わ、わかってます。いきなり押しかけて迷惑をかけたのはこちらですし」
「そう言ってもらえると助かる。あ、昨日お前が着ていた服はついでに洗わせてもらったぞ。ちゃんと洗濯ネット使って分けて洗ったから大丈夫だと思う。その辺は母さんに叩きこまれているからな」
「ま、まさか……下着も?」
「ああ、万一替えのが無かったら困ると思って――――マズかったか?」
「あはは……いえ、大丈夫です。何と言うか――――いまさら些細なことですので……」
なぜか落ち込んでいるクロエにかける言葉が見つからない克生だったが、怒られることも覚悟していたので、内心ホッとするのであった。