第十九話 ステータスの力
「そういえば元々克生お兄さまって、覚醒する前から力強いですよね? 私のことも軽々持ち上げてましたし」
「あ、それわかりますわ!! 私たち三人まとめて持ち上げてました!!」
克生のステータスの高さで盛り上がる妹たち。
「いや、それはクロエたちが軽いからだろ?」
「克生さま、いくら軽いといっても片手で女性を軽々運べる男性はそうはいませんよ?」
珍しく清川がツッコミを入れる。
「え……? そうなの? 普通だと思ってた……だって父さんなんて片手で車持ち上げてたし……」
「……なるほど、さすが勇者」
「もしかしてお兄さまの独特の感性って家庭環境にあったのでは?」
「もしかしなくてもそうでしょうね」
「あはは、冬人ならその気になれば片手でビルを消し飛ばすくらい出来るわよ。でも彼は元々この世界の人間だから基本的に常識人、克生くんの場合、どちらかというとエリカの影響が大きいと思うわよ?」
克生の父冬人は事情があってあまり家には居なかった。
よって克生を育てたのは基本的に母エリカ。異世界の王女にして聖女、しかもマイペースな性格である彼女によって克生の価値観は相当特殊なものになったのは間違いない。
「とりあえずステータスに関してはこんなところかしら。今の克生くんはこれまで以上に強くなっているのだから人目のある所では注意してね? それと喧嘩はしないとは思うけど、本気で殴ったら生身の人間なんて風船みたいに消し飛ぶから力加減が出来るように練習しておいた方が良いわ、わりと本気で」
怖いことをさらりと言う紗恋。
「わ、わかりました……すぐにやります!!」
さすがの克生もうっかり殺人とか洒落にならない。もちろん妹たちの身に危険が及ぶのなら力を使うことに躊躇いは無いが、いずれにしても力のコントロールは必要になってくる。
「体術なら鬼塚に頼みましょう。彼は空手、柔術、合気道の師範クラスですから」
「なるほど、それは助かる、よろしく頼むよ聖」
「かしこまりました克生さま、すぐに手配します」
「お待たせしました克生さま」
五秒くらいで鬼塚さんがやって来た。あ……いや、全然待ってないですと恐縮する克生。
「鬼塚、克生さまが力をコントロール出来るように体術を教えて欲しいのですが?」
「なるほど、かしこまりました。まずは現状を把握したいので好きにかかってきてくださいませ」
鬼塚がいつでもどうぞと自然体で克生に向き合う。
「鬼塚、それは危険なのでやめた方がいいです」
清川が待ったをかける。
「危険? 私は反撃したりしませんが?」
「いえ、危険なのは貴方です。一撃でも受ければ死ぬ可能性が高いですから」
鬼塚の眉がピクリと動く。
「ふむ、清川がそういうのならばやめておきましょう。ですが、それではどうなさいますか?」
「鬼塚から克生さまに攻撃をしてみてください、出来れば全力で」
「ちょ、ちょっと聖、鬼塚さんってめちゃくちゃ強いんだよね?」
「はい、オリンピック代表クラスの実力はありますが大丈夫です。香月さまはひたすら受けに徹していただければ。もちろん反撃は禁物です」
全然大丈夫だとは思えないが、たしかにステータスの数値を信じるのであれば……大丈夫……なのかもしれない、と克生は覚悟を決める。ステータスを信じたのではなく、あくまで清川の言葉と己の感覚を信じたのであるが。
「いつでもどうぞ」
克生もあくまで自然体だ。
見守るクロエと焔は怪我を心配して居ても立っても居られない。清川と紗恋は冷静に見守っている。
「……急所は外しますがそれなりに力は出しますので怪我は覚悟してください」
鬼塚は短く息を吐き出すと――――一気に間合いを詰める。
怪我をさせても構わないと言われたものの、さすがに主人相手に言葉通り受け取るわけにはいかない。それに素人相手に本気を出す必要があるとも思えない。鬼塚は様子見とばかりにフェイントから足払いを放つ。
足払いと言っても速度は維持しつつ威力を可能な限り抑えている、あくまで反応を見るだけなのだから十分。相手は何をされたのかわからずに倒れることになるだろう。
だが――――
(なっ!? か、かわした……だと!?)
偶然とは思えない、克生はたしかに鬼塚の動きを確認しながら避けていた。
ならば――――
そのまま空を切った足払いから回し蹴りへと切り替える。
(これも――――かわしますか!!)
間違いない、動きは素人同然なのに完全に見切られている。
驚異的な動体視力? 反射神経? そんなレベルではない――――鬼塚は身震いする。
こうして向かい合って初めてわかった――――克生の化け物じみた存在感――――こちらが攻めているのに追い詰められてゆくような――――
(本気で挑んでみたい)
にいっ、と口角が上がる。久し振りに感じる強者に挑む感覚、
鬼塚は一気に攻勢をかける――――もはや手加減無用の本気の打撃だ。克生は反撃を禁じられているのですべての比重を攻撃に置くことが出来る。
文字通り目にも止まらない連続技が繰り出される。
(はは……本当にすごいですね……当たる気がしません――――ですが)
フェイントを織り交ぜた必殺のコンボが克生を襲う、反応速度だけで対処できるものではない。
初めて克生が鬼塚の蹴りを受けた。
(ぐあっ!? な、なんだこれは……まるで分厚いゴムを蹴ったような……)
蹴りを受けた克生――――ではなく、吹き飛んだのは攻撃した方の鬼塚だった。
「だ、大丈夫ですか、鬼塚さん!!」
「大丈夫ですよ克生さま、これでも鍛えておりますので」
慌てて駆け寄る克生に微笑み返す鬼塚。
(反撃禁止で助かった……あの反応速度と身体能力で繰り出される攻撃……万一当たったら怪我ではすまないな……)
「清川の言う通りでしたね。たしかに克生さまが体術を身に付ければ護衛は必要なくなるでしょうな」
豪快に笑う鬼塚。これが敵であれば一大事だが、幸い克生は仕える主、何も問題はない。
「よろしくお願いします鬼塚さん!!」
頭を下げる克生に苦笑いしつつ、鬼塚は内心戦慄していた。
(一番恐ろしかったのは――――克生さまの適応力の高さだ。最初は完全に素人の動きだったのに、最後の方は私の動きを――――まるでトレースしたように正確に真似していた……一体どこまで強くなるおつもりかな)
すぐに教えることが無くなりそうだと鬼塚は早くも確信するのであった。
クロエ「速すぎて何もみえませんでした……」
焔「私もですわ……」
清川「私は武術を嗜んでおりますのである程度は」
紗恋「なかなか見ごたえがあったわね」




