第十五話 義妹会議
鳳凰院家本邸には隠し部屋を含め無数の部屋があり、それを全て把握しているものはほとんどいない。
そんな本邸のある一室に――――クロエと焔は呼び出されていた。
「ようこそ私の城へ。お待ちしておりました」
「……私の城って、ここ清川の部屋じゃないわよね?」
涼やかに微笑んでいるメイド長にジト目を向ける焔。
「いえ、当主様より正式にいただいた私の部屋の一つですよお嬢さま」
「はあっ!? まさか他にもあるの? お母さまったら甘やかしすぎよ」
「まあまあ、それより清川さん、私たちに何の御用ですか?」
話が進まないのでクロエが割って入る。
「とにかく席についていただけますか? ああ、席は名前が置いてあるのでそちらへ」
着席を促す清川に渋々従う焔と、わざわざ名札を用意してあるんだと苦笑いするクロエ。
「それでは全員揃いましたので――――第一回義妹会議を開催したいと思います」
とりあえず清川に付き合って拍手する焔とクロエ。
「記念すべき第一回目の議題ですが――――ずばり克生さまに関してです」
「お、お兄さまですか!!」
「そ、それは一体っ!?」
興味無さそうにしていた二人だったが、克生の件となればわかりやすく食い付く。清川は口角を上げて言葉を続ける。
「一応確認させていただきますが――――お嬢さまもクロエさまも克生さまに好意――――もう少し踏み込んだ言い方をするならば、将来結婚したいくらい好き――――ということで間違いないでしょうか?」
「そ、そうね、その通りだわ」
「もちろんです。私はすでにプロポーズしてますし」
二人の答えに満足そうに頷く清川。
「それを踏まえたうえで申し上げますが、私も克生さまのことをお慕い申し上げております。そして――――その気になればすぐにでも克生さまと恋人になることが出来ると自負しております」
自信満々に宣言する清川に焦るクロエと焔、
「ちょっと待ちなさい!! そんなの許しませんわ」
「そ、そうですよ、そもそも清川さんは妹じゃないですよね?」
「おや? 男女の交際に関してお嬢様さまに制限される筋合いはありませんし、そもそも妹であることに何の関係が?」
冷たく言い放つ清川の正論に言葉に詰まる二人。
「そして――――お二人はたしかにルックスという武器がありますが――――致命的に女子力が欠けております」
焔もクロエも料理は全くできない――――というか家事全般致命的に出来ない。一方で清川は料理はもちろん家事全般こなす女子力オーバーキルの化け物だ。その上極上のルックスまで兼ね備えているとなれば二人でなくとも勝負にならない。
わかりやすく落ち込んでしまった二人を見て、優しく微笑む清川。
「――――ご安心ください。そうするつもりならばわざわざこんな会議など開催しません。 私は克生さまを独占するつもりはありません。あの方が幸せに暮らせるお手伝いがしたい、そしてそれを一番近くで見守りたい、そのためには貴女方の存在が必要不可欠なのだと理解しました」
「き、清川……」
「き、清川さん……」
「そしてそんな理想を実現するために私が考案したのが――――義妹ハーレム計画です」
「「ぎ、義妹ハーレム……計画!?」」
ごくりと息を飲む二人。
「はっきり申し上げて――――克生さまは間違いなくモテます。これまで彼女が居なかったことが奇跡に近いです。クロエさま、何か理由に心当たりは?」
「そ、そうですね……私が一緒に通うようになってからは婚約者と公にすることで守ってきましたが、たしかにモテていたのは間違いないですね。克生お兄さまは気付いていらっしゃらなかったようですが、非公式なファンクラブが存在していました。ただ、互いに抜け駆け禁止というか牽制しあっていたことで具体的な接触が無かったことが幸いしたのかもしれません。それに――――克生お兄さまは部活動をしておらず、授業が終わるとすぐに帰宅してしまいますし、休み時間は執筆作業に集中していて――――私ですら話しかけることが出来ないくらいの集中力というか迫力があったので……」
克生本人はモテているという自覚はまったく持っていない。そもそも誰からもアプローチされていなかったのだから当然だ。その原因の大半が克生自身の行動にあったのだが、それに気付けというのはいささか無理がある。
「なるほど、それなら納得です。しかし高等部に入れば状況は変わるでしょう。星彩学園の生徒は全員がエリート、遠慮なく仕掛けてくると思って間違いない。そんな毒牙から克生さまをお守りするための組織が義妹ハーレムというわけです」
「な、なるほど、三人で克生お兄さまを守るというわけですね」
クロエもモデルの仕事があるため、四六時中克生を守ることは出来ない。独り占め出来なくなるのは問題だが、不特定多数の相手に対して常に気を揉み続けるよりは、気心の知れた仲間同士協力し合った方がメリットは大きいと感じる。
「むう……たしかに清川の言う通りだわ」
焔からすれば、唯一勝っている財力という武器が克生には全く通用しないという問題がある。というか金で動く男などそもそも興味の対象外なのだが――――それを除いてもそもそも清川とクロエ相手に勝てる気がしないのだから、義妹ハーレム計画の恩恵を一番享受出来るのは自分だと聡明な焔は理解している。
後は感情的な部分だが、幼い頃から姉妹のように一緒に暮らしている清川、そして敬愛しているクロエならば許容範囲内だ。特に問題は感じなかった。
「お嬢さまもクロエさまも計画の意義をご理解いただけたようですね」
「はい、私はそれで問題ありません」
クロエが頷く。
「私もそれで構いませんわ。ただ――――清川、貴女は義妹じゃありませんよね?」
「問題ありません。冬人さまがお戻りになられたら養子にしていただきます。ですのでそれまでは名誉義妹としでもしておいてください」
「名誉義妹……ね、まあいいわ、それで行きましょう」
焔も問題無しと同意する。
「あ……忘れてましたが、もう一人いるんです。ただ――――義妹ではなくどちらかと言えば義姉ですけど」
クロエが慌てて手を挙げる。
「な、なんですって!? どこの馬の骨ですか!!」
「そういう大事なことは最初に言って欲しかったです、クロエさま」
「ごめんなさい……話についてゆくのに必死で。それでその人なんですけど、神宮寺紗恋――――克生お兄さまが信頼している数少ない大人で私の姉のような存在です。今は私のモデルの仕事でお世話になってますから無視するのは難しいかと」
「ああ!! もちろん知ってますわ!! っというかむしろお兄さまやクロエ姉さまと知り合いだったという方が驚きです」
「なるほど……あの方ですか。たしかに敵対するよりは協力関係を築いた方が得策ではありますね……私たちは所詮未成年ですから。義妹ハーレム顧問という肩書で参加していただく方向でいかがでしょうか?」
「私はそれで問題ないと思います。紗恋姉さまでしたら多分喜んで乗ってくるはず」
「むむむ……まあ仕方ないわね。私も昔から色々世話になってますし」
焔も渋々ながら了承する。
「ところで、せっかくですしコードネームを付けませんか?」
「コードネームってなんですか焔?」
「義妹会議メンバー同士だけに通じる呼び名ですわ!!」
「ふふ、お嬢さまにしては悪くないアイデアですね」
「ふふん、そうでしょう? 発案者の私がアルファ、クロエ姉さまがベータ、清川がガンマ――――」
「お待ちください!! それでしたら私がデルタ、神宮司紗恋さまがガンマということで」
「あら、ナンバースリーのガンマでなくてよろしいのですか清川?」
「ええ、ガンマは響きが可愛く無いので」
堂々とガンマを紗恋に押し付ける清川。クロエは訳がわからずポカーンとしている。
「あ……清川さん、そういえばこの件、克生お兄さまの同意は?」
「必要ないでしょう。ハーレムが嫌いな殿方など存在しませんから」
「それもそうですね」
「たしかに」
問題無しということであっさり義妹ハーレム計画は承認された。もちろん克生は知る由もないが。
その後、議題はより具体的な部分に移り、会議は夕食まで続いた。
克生「あれ? 皆、どこに行ったんだろう?」
鬼塚「皆さまでしたら重要な会議があるそうです」
克生「へえ……どんな会義なんですか?」
鬼塚「克生さまは知らない方がよろしいかと」
克生「そ、そうなんだ……うん、わかりました」




