第十四話 不公平は駄目なのです
「そ、それでクロエお姉さま――――一体どうすれば?」
願ってもない話に興味津々の焔。
「ふふ、落ち着きなさい。実は私ね、少し前までは焔とあまり変わらなかったのですよ」
「ええええっ!? 嘘ですよね……信じられないですわ」
クロエの胸をガン見する焔。
「でもね……克生お兄さまに毎日揉んでもらっていたら――――いつの間にかこんな風になってたのです」
恥ずかしそうに顔を赤らめるクロエ。
克生の名誉のために言っておくと、マッサージして欲しいという妹の懇願に真面目に応えただけで、あくまで健全なマッサージである。
「なっ!? あの都市伝説はやはり本当だったのですね……」
好きな人に揉んでもらうと大きくなる。それは古来より語り継がれる都市伝説ともいえる。
「少なくとも私には劇的な効果がありました。だから――――焔もやってみる可能性はあるんじゃないですか? 成長期の今なら効果も高そうですし」
「た、たしかに――――っていうか、クロエお姉さま、毎日お兄さまに揉んでもらっていたのですかっ!! ズルいです!!」
「あはは……まあ……これからは焔もやってもらえば良いんじゃないですか? 克生お兄さまは妹の頼みなら基本的に断らないですし」
「たしかに!!」
胸にコンプレックスを持つ焔にとって、それを認めるということはとても勇気が必要な行為、以前の彼女なら言い訳をして逃げていたことだろう。しかし――――今は愛する克生がいる。彼ならばどんな自分でも受け入れてもらえるという確信がある。
だが、現状に甘えるのではない。受け入れた上で一歩踏み出すのだ。焔は愛する兄、敬愛する姉に少しでも近づきたいと覚悟を決める。
「クロエお姉さま、私、やりますわ!!」
「ふふ、良い表情ね焔、行きましょう克生お兄さまのところへ!!」
「はい!!」
「お兄さま!!」
部屋に焔とクロエが戻ってくる。
「あ、お帰り焔、クロエ」
「お帰りなさいませ、お嬢さま、クロエさま」
「お兄さまにお願いがあるのですわ――――って、なんで清川の胸を触っているんですかっ!!」
部屋で密着している二人を見て固まる焔。
「あ、いや……なんか清川さんも制服の採寸をしてほしいって言うから手伝っていただけで――――」、
「そうなのです……最近胸回りがきつくて――――」
「くっ、また大きくなったのですか……羨ましい。そ、それよりお兄さま、私の胸を揉んでください!! 今すぐに!!」
「……は、はあっ!? い、いきなりどうした?」
「お嬢様……淑女たるものもう少し恥じらいというものをですね――――」
固まる克生と呆れる清川だが、焔は止まらない。
「クロエお姉さまが仰ったのです!! お兄さまに毎日胸を揉んでもらったから大きくなったって!!」
「へ? いや、そんなことしてないんだけど……クロエ?」
「あはは……あの~焔? 私、揉んでもらったとは言いましたけど、その……胸を揉んでもらったわけでは――――」
恥ずかしそうに目を逸らすクロエ。
「え……? あ、あああ……えっと……今のナシで!!」
盛大に自爆して真っ赤になる焔。
「わかった。聞かなかったことにしよう。それで? 焔はクロエみたいにマッサージして欲しいのか?」
「は、はい……是非ともお願いしたいのですわ」
「そうかわかった、でもさ、なぜそこまで胸のサイズにこだわるんだ?」
「それは――――私には何も無いから――――」
焔の表情に陰が差す。
「何も無いって……お前は何でも持っているじゃないか?」
鳳凰院家の一人娘として誰もが羨む人生――――望めば何でも手に入る財力を持っている。
「そんなの――――自分の力でも何でもない。私は――――自分の力で私自身が望む自分になりたいのですわ!!」
焔の真剣な眼差しに、克生は肩をすくめて小さく息を吐く。
「……わかったよ、それなら俺は焔のために全力で協力するまでだな」
「ほ、本当ですか!! ありがとうございますお兄さま!!」
かわいい妹に懇願されては断れるはずもない。それにクロエにだけして、焔にしないというのは兄として公平性に欠けるというものだ。
「でも――――本当に俺で良いのか?」
「他でもないお兄さまが良いのです!!」
「なるほど……そういうことなら克生さま、私もぜひお願いします!!」
「へ? なんで清川さんまで? 必要ないですよね、十分大きいですし服がきついって言ってたじゃないですか」
変なところで真面目な克生だが――――
「何を言っているのですか克生さま!! サイズの問題ではないのです!! 私がマッサージしてもらいたいからです!! 駄目……ですか?」
「あ……いや、別に駄目じゃないですけど……」
克生は押しに滅法弱いと清川はすでに本質を見抜いている。伊達にこの若さでメイド長を任せられているわけではないのだ。だからグイグイ攻める。
「克生お兄さま、私のことも忘れないでくださいね?」
「も、もちろんだクロエ」
大変なことになった――――このままでは酷使された手が腱鞘炎になってしまうかもしれないと心配する克生だったが、すぐにまあ……何とかなるだろうと切り替える。
真面目な性格の克生は手を抜くということを知らないが、同じくらい楽観的な思考の持ち主でもあるのだ。今のところ腱鞘炎どころか痛みを感じたことすら無いという経験の裏付けがあることも大きいのだけれど。
「清川さん、その時はまたよろしくお願いいたします!!」
「かしこまりました。どうやら定期的にケアする必要がありそうですね」
「ちょっと清川、何の話よ?」
「克生お兄さま? その話、詳しく」
妹たちが追及するが――――
「手の血流を良くするマッサージですよ、ね? 克生さま」
「あ、ああ、その通りだ」
「私、清川にマッサージしてもらったこと無いんだけど?」
「マッサージが必要なほど酷使してから出直してきてください」
美貌のメイド長はにっこりと微笑むと制服を発注するために部屋を出てゆくのだった。




