第十二話 メイドのご奉仕と朝の挨拶
昨日、予約投稿間違えて二話重ねて更新してしまいました(;^_^A
「ふう……清川さんってすごい美人だから必要以上に緊張してしまった……」
風呂から出た後、テーブルに用意してあった冷たいフルーツ牛乳を飲んでホッと息を吐く克生。
クロエも焔も文句のつけようが無い美少女だが、清川は正統派の和風美女。その大人な雰囲気は妹たちには出せない魅力だった。
「でも――――メイドさんて本当にあんなことまでしてくれるんだな……異世界ファンタジー小説は正しかったのか……」
これまでの人生でメイドさんがいる生活をしたことが無いので、どういう距離感で接すれば良いのかわからない。克生にとってメイドとは、異世界ファンタジー小説に出てくるものであって、知識もその範囲に収まっている。
だから、先程のこともこんなものなのかもしれない、などと一人で勝手に納得して心の平穏を取り戻す。
さて、色々疲れたし早く仕事終わらせて寝るかと作業用のPCを準備していると――――
「失礼します。湯加減は大丈夫でしたか?」
ノックとともに清川がやってくる。
「ああ、清川さん、おかげさまで気持ち良く入浴出来ました。あれ? 清川さんも入浴されたんですか?」
ほのかに桜色に染まった肌、濡れた黒髪、先程までのメイド服もネグリジェ風のものに変わっている。その匂い立つような色香に思わず凝視してしまう克生。そしてその視線に気付いて妖艶な笑みを浮かべる清川。
「はい、克生さまにご奉仕するために身体を清めてまいりました」
「ふえっ!? ご、ご奉仕って――――」
「ふふふ、一体どんなご奉仕を想像されたのですか? お顔、真っ赤ですよ?」
「ご、ごめんなさい」
清川に指摘されてさらに真っ赤になってしまう克生。
「私は――――別に――――そういうご奉仕でも――――構わないのですが――――お仕事があるのですよね?」
克生の耳元でそっと囁く清川。
「そ、そうなんです!! お仕事あるので!!」
「ふふ、では急いで終わらせてしまいましょう。右手――――お借りしますね」
清川は両手で包み込むように克生の手を取る。その柔らかく温かい感触に克生の鼓動は自然早くなってしまう。
「手の酷使は腱鞘炎に繋がります。しっかり温めてマッサージすることで血流を促進させることが大切なのですよ」
「な、なるほど……俺、手を酷使する仕事だからとても助かります」
ご奉仕とはマッサージのことだったのかとあらためて勘違いを恥じる克生。
「それではマッサージさせていただきますが、口と胸、どちらが良いかお選びください」
「へ? あ、あの……手のマッサージをするんですよね?」
「はい、私が甘噛みすることで血流の活性化を促します。そして胸による加圧は、全身のどの部分を使うよりも最適なマッサージ効果をもたらします。どちらも私の体温でしっかりと温めて差し上げますのでご安心ください」
克生の思考が停止する。えっと――――何を言っているんだろう、このメイドさまは?
「ちなみに……他の方法はないのでしょうか?」
「ございません」
はっきりとそう答えた清川の瞳には嘘も迷いの色も存在しない。ただ仕える主のために最高の方法で奉仕することしか考えていない目だ。克生は自らの心を恥じた。
そして――――考え至る。
そうだ――――清川さんの想いに誠実に応えることこそ最大限の誠意なのではないか、と。
「清川さん――――」
「はい、克生さま」
「両方お願いします」
そこにはもはや迷いも戸惑いも存在していなかった。克生の瞳に宿るのは――――清川に対する信頼と誠意のみ。清川は思わず息を飲んで――――己の主を見つめる。
「克生さま、百点満点の回答です――――私の全身全霊を持ってご期待に応えさせていただきますね」
その晩――――克生の手は完全に回復したものの、色々な意味で仕事が手に付かなかった。
う……なんか苦しい気がする。
翌朝、克生は身体に違和感を覚えて目が覚める。
「おはようございます、お兄さま!」
そこには克生の身体に馬乗りになっている義妹、焔の姿があった。
「おはよう焔、そんな可愛い恰好してどうしたんだ?」
「えへへ、お兄さま専属メイドの焔です、なんちゃって。どうですか、似合います?」
明らかに特注とわかるメイド服は、焔の可愛らしさをこれ以上ないほど引き立てている。元々見目麗しい焔であれば何を着たとしても似合うだろうが、メイド姿の焔は抱きしめたくなる衝動が抑えきれないほど魅力的、つまり――――最高であった。
「最高に可愛い――――」
「ふえっ!?」
最愛の兄に熱っぽく見つめられて焔は真っ赤になって固まってしまう。
「あ、あの……えっと――――きゃあ」
あまりに動揺した焔は、慌てて立ち上がろうとしたが、体勢を崩して克生に覆いかぶさる形になってしまい、克生は焔を両腕で焔を抱きとめる。
「焔――――大丈夫か?」
「あああ、お、お兄さま、さすがにこれはマズい……いえ、マズくはないのですがはわわわ……」
「どうした顔が真っ赤だぞ? 熱でもあるんじゃないか」
焔のおでこに自らの額を当てる克生。その密着度は最高レベル、もはやキスをしているのと変わらない。
「はああああ!!! お、お願いお兄さま、私、もう我慢出来ない――――」
焔はたまらず克生の唇に自らの唇を押し当てる。
「……朝から何をしているんですか、克生お兄さま、焔?」
突然現れたクロエの声に、二人は密着したままピシりと固まる。
「く、クロエ!? こ、これは……だな、なんというか……その、朝の挨拶みたいな?」
「そ、そうですわクロエお姉さま、た、ただの朝の挨拶です!!」
「なるほど……そういうことでしたか。でしたら私も克生お兄さまに朝の挨拶をしなければ――――」
クロエは、克生の顎をくいと持ち上げて――――その唇に濃厚なキスをする。
「く、くくクロエお姉さまっ!? な、何をしているんですかっ!!」
「何って……ただの朝の挨拶です。我が家ではこれが普通でしたから――――」
勝ち誇ったように焔を見下ろすクロエ。
「な、ななな……お、お兄さま、もう一度挨拶です!! 先ほどのは寝ぼけていて覚えていませんの!!」
克生を奪い返してキスをする焔。
「お、お兄さま、私の初めてを差し上げられて嬉しいですわ」
「それは嬉しいんだけど……こんな状況で良かったのか?」
「逆です!! これこそ最高のシチュエーションですわ!! お気になさらず!!」
真っ赤になって照れる焔の言葉に、うんうんわかりますよと強く頷くブラコンクロエ。
「皆さま朝食の用意が出来ておりますが――――ずいぶんお楽しみのようですねお嬢様?」
「き、清川っ!? いつからそこに?」
「……最初からですが?」
「た、ただの朝の挨拶なんだから!! 何も恥ずかしいことはしてないのよ!!」
もはや言い逃れ出来そうにないので開き直る焔。
「なるほど……それは失礼いたしました」
清川はすっと克生に近づくとそのまま唇を重ねる。
「なっ!? 何してるのよ清川!!」
「ただの挨拶ですが?」
悪びれる様子もなく焔へ切り返す清川。
「ぐぬぬ……お兄さま、嫌なら嫌とはっきり申し上げた方がよろしいですわ」
「あら? お嫌でしたか克生さま?」
「い、いや……別に嫌じゃない……けど。ま、まあ……挨拶ならしないと逆に失礼だし良いんじゃないかな?」
こういうところ、克生は真面目だ。
「ふふふ、克生さまもこう仰っておりますので。それよりもせっかくの朝食が冷めてしまいますので、早くお着換えください。あ、克生さまは私がお手伝いいたしますのでご安心を」
「ちょっと、清川私の着替えはどうするのよ!!」
「もう高校生になられるのですし、そろそろご自分でお着換えになる練習をなさってください」
「それならお兄さまも同じじゃないのよ!!」
「克生さまはご自分のことはきちんとお出来になりますから。それに――――昨夜お嬢様の無茶振りのせいで手を痛めてらっしゃるのです」
「うっ……それは――――本当にごめんなさい」
さすがの焔もそう言われてしまえば引き下がるしかない。
「あ、あの……清川さん? 俺の手は別に――――」
大丈夫だと言おうとした克生の口を再び唇でふさぐ清川。
「克生さま、時間がございませんのでご協力願います」
「は、はい……よろしくお願いします」
「くっ……清川さん……恐ろしい方ですね……」
これは手強いとあらためて気を引き締めるクロエであった。




