第百十話 最後の戦いへ
広大なダサラ大森林。もし観るものがここに居れば、この世の終わりかと勘違いする程の爆発が連続で起こり天にまで届くような火柱が上がる。
「次の『増殖』まで……残り十秒、行けるか?」
「いや、行けるわけないでしょ? あと何本残ってると思ってるのよ!!」
「……だよね、ごめん……言ってみたかっただけ」
克生たちと勇者一行メンバーは、ひたすら『世界喰い』の若木を狩りまくっていた。
最初は一日で三本がやっとだったが、今日はすでに十本目を倒すことに成功している。確実に成長している実感はあるのだが……
「『増殖』来ます!! 全員退避!!!』
全体の数から見れば焼け石に水、しかも――――
「くそ、今回の方が多いのかよ」
『世界喰い』も成長しているらしく、前回の時よりも『実』は大きく数も多い。『実』の大きさがそのまま『若木』の強さに比例するかはわからないが、その可能性はおそらく高い。
つまり――――前回増殖した『若木』を大半残した状態で更に強化された『若木』が大幅に増えるということ。振出しに戻るどころではない、状況は悪化の一途を辿っていることになる。
「まあ……想定通りですからね、焦らず行きましょう」
克生はいたって冷静に撃ち出される『実』の行方を見つめる。
前回と違って、今回の『実』はダサラ大森林の辺縁部にまで到達している。ということは、次回は間違いなくダサラ大森林を抜けてその周辺域にまで『世界喰い』の増殖が及んでしまう。そうなってしまったら――――被害は甚大なものとなるだろう。すでに避難通告を周辺地域に送ってはあるが、どこまで効果があるかは未知数だ。移動する手段や余力のある者ばかりではないのだから。
「そうですよね……私たちに出来ることをやるしかないです!!」
クロエはぎゅっと力を込める。
「あと少しですわ!! 私たちが『若木』を倒せるようになれば効率は一気に上がるのですから」
「私が――――の間違いではないですかお嬢さま? 私はすでに倒せるようになりましたので」
「くっ、本当のことを言うなんて卑怯ですわ聖!!」
「ははは、あまり焔をいじめてやるな聖。それよりこっちももう少しのところまで来たぞ」
「クーちゃんを戦力に出来そうなのですか?」
「ああ、明日にも実戦投入出来るかもしれない」
魔璃華が大切に育ててきた『世界喰い』のクーちゃんは、続々と合流する同胞を吸収して今やすっかり立派な姿に育っている。人語を解し自由に移動することも出来るのだが――――
『ママ、パパはどこ?』
「おおクーちゃん、兄上ならば女神さまのところで修行だ」
『ええ~、私もパパとイチャイチャしたいのに!!』
翡翠のような美しい髪とエメラルド色の瞳を持つその姿は、まるで森の精霊、女神のようで――――知らなければ彼女が『世界喰い』だと信じる者はいなかっただろう。
なぜこのような姿に進化したのか? おそらくは育ての親である魔璃華や克生の影響を強く受けたこと、そして何より――――どうすれば強くなれるのかを追求した結果なのだろう。実際、克生の『英雄スキル』による強化も出来ているのだから。
「クーちゃんはパパが大好きなのね」
『うん、そうだよサレン!!』
「でも明日は大丈夫? 同胞を倒さなければならないのでしょう?」
『大丈夫、私は『説得』するだけだから』
クーちゃんはあくまで『説得』するだけだ。一部でも説得に応じれば相手は弱体化し、クーちゃんはより強化される。『世界喰い』のことは『世界喰い』に聞くのが一番なわけで、実戦投入は戦況を変える切り札として大いに期待されているのだ。
「よし、これで最後だ!!」
最初はその数故に苦戦していた克生たちだったが、妹たちや紗恋、そして母親たちが『若木』を倒せるようになってからは一気に討伐速度が上がり――――クーちゃんが凄まじい戦果を挙げ続けたことで戦況は一変した。
「はあ……俺の存在意義が揺らいでいるんだが……」
冬人はそうぼやくが――――
「勇者さまは『ゲート』で大活躍じゃないですか!!」
「うん、ゲートが無ければ無理だったです」
ミルキーナやハクアの言う通り、広範囲に散らばった『若木』を倒せたのは冬人の『ゲート』が無ければ不可能だった。
「まあ……そうなんだけどな、お前たちもそろそろ『若木』倒せそうだし、それにあの剣聖娘だってもう倒せるようになったって言ってたぞ? 仕方ないとはいえなかなか心に来るものがある」
「私が何か?」
無事聖剣を受け取ったサラは、正式に『剣聖』となり、今や『若木』を単独で倒せるまでに急成長している。むろんサラを含めて克生の創った装備や魔道具によって底上げされているからこそなのだが、今はとにかく人手が足りない。居残り組を鍛える案も検討されたが、克生の負担が重すぎるということで、当初の方針、少数精鋭で戦いに臨んでいる。
その結果、次の『増殖』まで一日残して討伐を完了することが出来たのだ。
だが――――一定の達成感に喜びつつも皆に安堵の表情は無い。
「あれは……明らかにヤバいよな」
冬人が『本体』を見つめてため息をつく。
「そうですね……アレはおそらく克生ちゃん以外には手が出せない」
エリカは心配そうに我が子を見つめる。
克生たちが成長している間、『本体』もまた成長していたのだ。黒い刃のような葉、黒光りする光沢のある樹皮は明らかに硬そうで、どくどくと脈打っているどす黒い根が『本体』周辺一帯の地表に張り巡らされている。もはや難攻不落の要塞のようで、接近することすら難しい。しかも――――実りつつある『実』のサイズ、数ともに当初の数倍、こんなものが撃ち出されたら――――世界は半壊するのではないだろうか?
「倒すなら今しかないですね」
克生の言う通り『本体』を倒すなら今は好機だ。もっと時間をかけるべきかもしれないが、その間に世界が荒廃してしまう。
ならば今勝負をかける。『実』にリソースを注いでいる今が一番弱体化しているはずなのだ。
そして――――『本体』を倒しきるには切り札を使うことになる。
「間違いなく融合を使うことになる。行けるか?」
「もちろんです克生お兄さま!」
「今なら星も斬れる――――ですわお兄さま」
「この時のために準備してきたのです。大丈夫ですよお兄ちゃん」
「滾ってきた、やってやろう兄上!!」
すべてはこの時のために――――最後の戦いが始まろうとしていた。




